人間牧場長 センヨヨ その7
センヨヨの視線の先、ミサキは落ち着いている、ように見える。本当にそうだとよいのだが、事態の深刻さに気づいていないのではないか、という不安はぬぐいきれない。
『……ミサキ、この牧場を三日後に出立してくださいねえ』
「うぅんと、あれ? たしか四日後に、バトル開始じゃあねぇのか?」
『わざと一日前に出てしまえば、相手の虚をつくことができますよう』
「もぅ、ヨヨちゃんったら、策士なんだからぁ。お・ちゃ・め・さ・ん!」
『たしか、マジメになるという約束ですよう』
「いや、だからマジだって。前向きに明るく振る舞ってるだけだっつぅの。深刻に考えこんでも、鬱になるだけで、特にメリットはないじゃんかさぁ」
『ならよいのですがあ……シククア、シクシヨ!』
なんでございましょう、とあらわれたふたりのメイドに、主人は指示を出した。
『ミサキに、聖輝石と魔闇石の作り方を教えてあげてください、早急にですよう。そのあと、相手を刺激しない程度に、牧場の周囲を偵察してきてくださいねえ』
「「……かしこまりました」」
そろって、なにか言いたそうな顔をしていたが、ふたりはおとなしく頭をさげてみせた。
「『周囲の偵察』? つぅことは、相手――えぇと、シギ、だっけか――の部隊は、こっちを包囲してるわけ?」
『まあ、当然そうでしょうねえ。ミサキを捕まえたいわけですからあ』
「ぶち殺す、じゃなくて、捕まえる、なんだ」
『そのあたりの話は、色々と作業しながら話をしましょうかあ。時間がないですからねえ』
*******
「『受け流し』や『弾き』のときと一緒です。おそらく、聖輝石や魔闇石を作った経験があると思われます」
というのが、シク姉妹の意見だった。すぐに作成方法をモノにしたミサキを残して、ふたりは偵察のために外へと出て行く。
聖輝石を作るため、用意された小石や金属のかけらを、白く光る聖剣でコツコツとたたきながら、ミサキが目だけをセンヨヨに向けてきた。
「さっき、むっちり女を立ち聞きしてたかぎりでは、魔王っていうやつが、俺を生け捕りにしたい、と考えてるわけなんだろ?」
『そのようですねえ。魔王陛下が、ミサキの殺害よりも捕縛を重視しておられるのは、まちがいないでしょうねえ。そもそも、魔王城からここまで無事に逃げてこられた、という事実自体が、その証拠になると思いますよう』
「本気でやってたら、俺はとっくに殺されてた、と?」
『別にミサキが弱いとはいいませんが、魔王陛下や親衛隊はお強いですから、その可能性は高いでしょうねえ。ましてあなた、「受け流し」や「弾き」も使えなかったし、記憶もなかったのでしょう? それでは厳しすぎますよう。ところでさっきも話題に出ましたが、そのあたりの経緯を、詳しく聞かせてもらえますかあ』
結論からいって、センヨヨの想像以上に、すごい経緯だった。
――気がついたときには魔王城で魔王陛下とご対面、そこを短剣二本だけで強引に突破、水や食料は魔王軍の野営地をおそって入手、そのたびに戦闘になる。道に迷って遭遇戦がおこったり、追手によって襲撃されたりして、ほとんど満足に休息も取れないまま魔界を走り抜ける。そのさなかに、牧場にいた人間たちの姿を目にして、その同族意識から、ほとんど無意識にこの館に乗り込んでくる――
ひ弱なはずの人間の少女なのに、よくもまあ、五体満足で生きていたものだと思うが……その理由のひとつは、まちがいなく、ミサキのポテンシャルの高さであろう。
センヨヨは目の前の光景を見て、ほとほとあきれてしまった。
机のうえには、すでに聖輝石がもりもりと積まれている。センヨヨは、今日一日でいいところ十数個できれば、と考えていたのに、すでにその二倍以上はあるのだ。
『……ミサキ、疲れませんかあ? 聖力が尽きてきたりしませんかあ』
「え? まだ、始めたばっかじゃん」
『なら、よいのですよう』
と応じながら、センヨヨはからだを机から遠ざけた。魔族であるセンヨヨが聖輝石にうっかり接触すると、その聖力により、やけどのようなケガを負ってしまうので、注意が必要なのだ。
ふと気になって、今度はミサキに魔闇石をつくってもらった。聖剣の代わりに、魔剣を使って、素材に魔力をこめるだけなのだが……。
『ミサキ、魔闇石をさわっても、なんともないですかあ……ないですよねえ、そうですよねえ』
「どしたのヨヨちゃん、ひとりで納得しちゃってさぁ。つぅか、いま俺が自分で魔闇石を作ったんだから、なんともあるわけないじゃんか」
一般的に、というか常識として、魔族は聖輝石をさわれない。逆に、人間は魔闇石をさわれない。理由は前述のとおり、ヤケド状のケガを負ってしまうからだ。ところが目の前のミサキは、できあがった聖輝石と魔闇石でお手玉をしているのだ。いったいなんなのだ、こいつは。
――本当は、じっくりと、ミサキのことを研究したいのですよう。
思わず指をくわえそうになって、センヨヨは慌てて顔から手を離した。不思議そうな視線を向けてくるミサキを見てせきばらいをひとつすると、センヨヨは話題を変えた。
『ここから出るときの話ですがねえ。なにも、戦って勝つ必要はないのですよう。とにかく突破して、人間界までたどりついてしまえばよいのですから、そのつもりでどうぞですよう』
「国境……じゃなくて、その、なんだ……界境を越えて、魔軍がしつこく追ってくる、っつぅ可能性は?」
『さすがにそれは、簡単にはできませんよう。ヘタをすると、魔族と人間の全面戦争の原因になりかねませんからねえ。すくなくとも、魔王陛下の許可がないと、勝手に界境を越えての進軍はできないのですよう』
ふぅん、とミサキがあいづちをうった直後に、シク姉妹が帰ってきた。
「報告いたします。包囲しているシギの軍は、およそ三千、といったところです」
『……思っていたより、多いですねえ』
「多いのか、三千匹って」
『ああ、そうですねえ。ミサキには、部隊長のことを、ちゃんと説明していなかったですものねえ。いいですかあ、魔軍三千匹というのは――
その戦力を人間の軍隊に換算すると、そのまま三千人相当、にはならないのだ。
というのは、仟魔長は千匹分、佰魔長は百匹分、什魔長は十匹分のちからを持っているからである。
魔軍三千匹ならば、
仟魔長が三匹いる……千×三匹=三千人の戦力に相当
佰魔長が三十匹いる……百×三十匹=三千人の戦力に相当
什魔長が三百匹いる………十×三百匹=三千人の戦力に相当
残りの一般兵がおよそ二千七百匹いる………一×二千七百匹=二千七百人の戦力に相当
トータル……およそ一万二千人の戦力に相当
――というふうに考えられるのですよう。つまり、魔軍三千匹と戦うとするなら、人間たちは一万二千人の軍隊を用意して、はじめて互角になるのですよう』
「マ ジ す か ? 一騎当千にもほどがあるだろ。たしかにそう考えれば、思ってたより多いよなぁ。……あれ? もしかして、万魔長のシギ本人とやらも来てたら、もっとヤバくねぇか?」
『プラス一万ですから、トータル、二万二千人相当の戦力ということですねえ。ついでに言っておくと、シギの部隊は魔軍のなかでも精鋭なので、五割増し、といったところですねえ』
二万二千人の一.五倍……およそ三万三千人の戦力に相当
「ガチじゃねえか、どぅすんのさ」
『まあ、全軍がこっちに来ないように、ちょっと手は打ちましたけどねえ。ワタシの麾下の軍を、陽動で動かすつもりですよう』
「もぅ、ヨヨちゃんったら素敵! 俺と結婚しようぜ!」
『だから、マジメになりなさいと……』
「あの、よろしいでしょうか?」
たまりかねた様子で、シククアが口をはさんできた。シクシヨがあとを続ける。
「斬糸の防禦結界のほうは、いかがいたしましょうか。いまはいつもどおり四重に張ってありますが、数を増やしたほうがよいでしょうか?」
センヨヨが、静かに首をふった。
『必要以上にシギを刺激したくないので、いつもと同じ数のままで結構ですよう』
「承知いたしました。では、これから結界に魔力を流しこんできます」
「あれ? たしか人間って、魔術は使えないんじゃあなかったっけか?」
『人間界で育った人間は、普通はそうですねえ』
「っつーことは、こいつら、人間じゃあないんじゃね?」
「「お前にだけは、言われたくないですっ!」」
ふたりのメイドがカリカリしながら去ったあとで、ミサキが小声で訊いてきた。
「なあ……俺も、魔術使えるんだろ? もしかしてさぁ……魔界育ちなのか?」
『わかりませんねえ』
センヨヨはすぐに答えた。
『前にも話しましたが、魔術と聖法を同時に使える「存在」を、ワタシは初めて目にしましたのでねえ。まあ、だからこそ……魔王陛下が、ミサキの生け捕りを望んでおられるのかも、しれません』
「生け捕りにしての拘束触手プレイが、なんか重要な意味を持つとでも?」
『だから、わからないのですよう。ワタシは人間研究の専門家、のつもりです。魔族の研究はしていないのですよう。なので陛下が、ワタシの知らない何か、をご存じであらせられるのかもしれないのですよう』
「なんだか、めんどくせぇなぁ。腹減ってきちまったよ」
すでに机の上には、聖輝石だけでなく、魔闇石の小山もできている。そのひとつをさわってみたが、なかなか上質な魔闇石である。質といい、量といい、この短時間の成果としては十分であろう。
『……そうですねえ、お昼時ですし、すこし、休憩にしましょうかあ』
「今日も、俺はメシづくりを手伝うのか?」
『いや、余裕がないので、ミサキは聖輝石と魔闇石を作るのに専念してくださいよう』
実はこの数日、ミサキにも食事のしたくを手伝ってもらっていた。もちろん、手が足りないからではなくて、研究の一環としてである。
ミサキは女として、色々と無頓着であるのだ。
髪型や服装や化粧に、ほとんど興味がない。容姿が可愛いのにもったいない、と言ったら、あまり嬉しそうな顔をしなかった。
どうやら、料理も裁縫もできないようだし、ずっと剣術の修行のみをやっていたのだろうか……と、思っていたのだが、鍋や包丁を使わせてみたら、そこそこ使いなれた手さばきである。裁縫も、かなり手慣れた感じの針さばきである。
ひととおりできてしまうことに、当の本人が不思議そうな顔をしているが、そんな顔でこちらを見られても、センヨヨのほうが困ってしまう。
頭は忘れていても、体が覚えている。そういう状態であるのは、まちがいなさそうである。
もしかして、元来の女っぽい人格も忘れてしまい、男っぽくなってしまっているのかもしれない。
仮説はいくつか立てられるが、検証の時間がない。
その時間を奪ってしまったシギに対して、いささか忌々(いまいま)しさを感じている。だが、そのシギに追われなければ、ミサキはここに逃げ込んではこなかったであろう。つまり、研究の機会自体が与えられなかった、ということになる。
いまとなっては考えてもしかたのないことなので、センヨヨはミサキの逃亡に全力を尽くすことにした。
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ここは、万魔長シギの軍団の司令部である。
『人間牧場への攻撃は、三日後におこなう』
指揮官であるシギの宣言を聞いて、副官であるシーゼは困惑した。
『あの、シギさま……あたしがセンヨヨと約束したのは、四日後なのですが……』
『忘れたのか? オレは三日しか待てないと、はじめに話しておいたはずだ』
『そ、それは承知していますが、あたしにもメンツが……あぁん!』
いきなり胸をわしづかみにされて、シーゼが喜び半分の悲鳴をあげる。
『オレの命令は絶対だ。オレは陛下以外の指示は聞かない。三日後だ、いいな。そのように、部隊長たちに指示を出しておけ』
『あぁ……か、かしこまりました……んんっ!』
シギが、シーゼのからだを強引に引き寄せた。
気がつけば、その7まで到達。
ぐだりすぎだと反省。話が進んでいない。
会話劇を減らしたほうがよさげかも、しれない。




