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おちんちんを取り戻せ  作者: 別次 孝
23/39

人間牧場長 センヨヨ その5

 シク姉妹に用意してもらった水を飲みほして、センヨヨはひといきついた。

 メイドふたりの方は、蒼白な顔をしたままである。


『ううんと、まあ、無事にすんで、なによりでしたねえ』


「……マスターは、ご存じ、だったのですね?」


『まあ、そうですねえ』


「なぜ、先に教えてくださらなかったのですか……」


『ワタシにも、確信がなかったのですよう』

 ふたりを座らせて、自分と同じように水を飲むように指示したあとで、センヨヨは続けた。

『ワタシも、人質にされていたとき、ミサキの寝ている隙に逃げ出そうとしましてねえ。で、あんな状態になったわけですよう。ただ、それも一回きりのことで、それが本当に起こった現象だったのか、寝たふりをしていたミサキが冗談でやったことなのか、区別がつきませんでしたからねえ』


「……その、失礼ですが、マスターは研究や実験がお好きですので、再度、夜中に試してみようとは思われなかったのですか?」


『シククア、あなた、さっきの経験をもう一度してみたいですかあ?』


 その質問に答えたのは、妹の方である。

「いえ、もう二度と、あんな不気味な感覚は経験したくはありません。まるで死神にあったような気がします」


『ふむ、死神ですかあ。悪くないですねえ。会ったことはありませんが、死神はあんな感じなのかもしれませんねえ』


「マスター、やはりあれは、ミサキの冗談ではないのですね?」


『まあ、そうでしょうねえ』


「〈オーバーロードシステム〉というのは、なんのことですか?」

 シククアが訊く。


『わかりませんねえ』


「〈お姉ちゃん〉というのは、誰のことですか?」

 シクシヨが訊く。


『それも、わかりませんねえ』


「「では、どの部分で冗談ではない、と判断されたのでしょうか?」」


『それは、証拠があるからですよう』


 すこし落ち着いてきたのか、シク姉妹の表情がいつものものに戻りつつある。姉妹は不思議そうな顔を見合わせて、主人に質問をぶつけてきた。

「「あの、証拠、とおっしゃいますと?」」


『わからないのですかあ。ミサキは、どちらの短剣を抜きましたかあ?』


「どちら? 左右の、ですか? 左腰の短剣を抜いたはずですが……」


『色は何色でしたかあ?』


「白かったので、もちろん聖剣の方で……あっ!」

 息をんだ姉のあとを、

「左側は、魔剣のはずなのに黒ではなかった……つまり、色が逆になっている、ということですか?」

 同じような表情の妹が続けた。


『ぎゃく? 逆、ですか……ううん、そういう発想もあるかもしれませんねえ。ただミサキ本人が言うには、色は左右で決まっていて、自分の意思で変更はできない、ということでしたよう』


「では、どういうことなのでしょうか」


『判断のしようがありませんねえ。そもそも、左右で短剣の色がちがう、という事実自体がおかしいですからねえ。前にも言いましたが、魔術と聖法をひとりで同時に使える存在は、人魔を問わず、ミサキ以外にはワタシは知りませんよう』


「ミサキは寝ているあいだ、短剣の色が左右逆になる、という可能性は?」


『……もういちど闇討ちをしかけて、右の短剣の色を確認してみますかあ? ついでに、〈オーバーロードシステム〉や、〈お姉ちゃん〉のことも訊いてみますかあ?』


 シク姉妹が、すごい速さで首を左右にぶんぶんと振ってみせる。センヨヨはおおきくうなずいて、

『わたしだって、もう嫌ですよう』

 と断言した。


 つまり、これ以上は深入りしないという宣言が、センヨヨによって、おごそかになされたのである。

 シク姉妹は、どこか安堵に近い表情を浮かべていた。さすがに、ミサキをどうこうしようとは、もう言い出さないだろう。それはセンヨヨにとっても満足すべきことであった。


『彼女、厳密な意味で、人間ではない可能性が高いですねえ。いまのわたしの手には余りますよう』


 そんなセンヨヨのつぶやきに、シク姉妹は、ふたり同時におおきくうなずいた。


 *******


 その、翌日のことである。

 朝食の席に、センヨヨはいた。昨日や一昨日と同じように、ミサキも同じ席にいる。まあ、いちおうは客人扱いしているので、食事はやかたの主人であるセンヨヨと同席しているのだ。


 シク姉妹は、給仕のために壁際に待機している。センヨヨの食事は亡父と比べると非常に質素なので、給仕の手間をかけるほどのこともないのだが、そこはメイドとしてのプライドがあるらしく、姉妹は正装のまま微動だにしない。

 ちなみにメイドであるのにスカートでなくズボンを着用しているのは、前述のとおり主人の警護役も兼ねているからである。


「つぅことはさあ、お父さんが生きてたころは、このふたりもスカートはいてたわけ?」


『まあ、そうなりますねえ』


「いまも、はかせりゃいいじゃん。こんなバーテンみたいな恰好、萌え要素が足りねぇよな」


『モエ? どういう要素かは知りませんが、スカートが戦闘時には不便なのは事実ですよう』


「いや、だからさ、戦闘のときに派手に動いて、パンチラするのが萌えにつながるわけさ」


『そのモエとやらがやっぱり意味不明ですが、不思議と詳しく聞きたい気持ちが湧いてきませんねえ。聞かなかったことにしましょうかねえ』


「そうか、この世界には萌え文化はねぇのか……ところで、ヨヨちゃんはスカートはいてるじゃん。ヨヨちゃんも、このあいだふつぅに戦ってたよな?」


『そりゃあ、ワタシは戦闘が専門ではないですからねえ』


「え? そうなの? ……あ、でも、言われてみるとそんな感じもするな。ヨヨちゃんおっとりしてるからなあ」


『まあ、そういうことは、よく言われますからねえ。自分では、割とキビキビしているつもりなのですよう』 


「ふぅん。ところで、ゆうべ、なにかあったのか?」


 センヨヨの視界のすみで、シク姉妹が、ビクリと反応するのが見えた。幸いなことに、姉妹はミサキの背中側にいるので、不審には思われなかったようだ。

 センヨヨは顔面筋肉を総動員して、完璧な微笑を浮かべてみせた。


『ワタシは熟睡していて、特になにも知りませんねえ』


「本当に、そうなのか?」


『……ふたりは、なにか知っていますかあ』


「……いえ、なにも。われら姉妹も、お休みをいただいておりましたので――」


 姉のシククアが言い終える前に、ミサキが口をはさんできた。

「あれ? たしか姉妹のどっちかが、シギ警戒のために不寝番ねずばんをして、かならず片方が起きてるんじゃあなかったのか? ヨヨちゃん、そう言ってたじゃん」


「――!!」


 シク姉妹が息を呑むのを、さりげなく視界のすみでとらえながら、センヨヨは穏やかな口調で言う。

『昨日はふたり同時に休ませたのですよう。シギの軍勢も来ないようですし、いつまでも片方が不寝番ねずばんでは、ふたりの疲労も気になりますからねえ』


「そぅなんだ。でも、おかしいなぁ。たしかゆうべ、誰か来たと思うんだけどなあ」


『そうなのですかあ?』


「あれ、ヨヨちゃんじゃないのか? もしかして実は、いよいよ俺んとこに夜這いに来たとか?」


『「ヨバイ」というのは、どっちの意味ですかあ?』


「どっちの意味って、どういう意味?」


『いいですかあ、「ヨバイ」というのは、「よばひ」という字を当てるのですよう。元をたどると、「呼ばう」という表現が「呼ばひ」になり、「よばひ」になったのですねえ。だから「ヨバイ」は、本来は求婚する、という意味なのですが、最近ではちがう意味の、寝ている相手のところに忍び込む、というスケベエなニュアンスで使われることが多くなり……』


 作戦成功。

 センヨヨのくどくどとした説明を聞いて、ミサキは


「あ、もういいから、もうじゅうぶんだから」

 と、自分から話題を打ち切った。


 主従三人が内心で安堵したのを知ってか知らずか――たぶん知らないだろうが、ミサキは食べることに集中しはじめた。まあ、見事な食べっぷりである。正直、お上品とはいえない、男っぽい食べ方だ。ミサキは土台が可愛い系の美人さんなので、余計のにそのギャップが気になる。

 ただ、以前に男性器の話をして錯乱を起こして以来、そっち系の話題を禁忌にしている以上、男っぽいとかどうとか、そんなことを口にして、余計な刺激を与えべきではないと思っている。

 ましてや、昨日の今日であるのだ。とにかく刺激はしたくない。したくはないが、確認はしたい。いきなり爆発して大暴れしない、という安心がほしいのである。だから、センヨヨはあえて訊いてみた。


『ところで、ミサキ。あなた、妹はいるのですかあ?』


 壁際のシク姉妹が、瞬時に硬直するのがわかった。これは、ある意味で賭けに近い。危ない賭けだと思っていたのだが、ミサキはあっさりと答えた。


「うんにゃ、妹はいねぇよ。もっと言うと、兄妹自体がいねぇ。俺、ひとりっ子なんだよね」


『それは不思議ですねえ。ワタシのことを「スマーキ」にしていたときの話ですが、あなた、寝言で妹がどうとか言っていましたよう』


 もちろん、大ウソである。

 そのような事実はございません。


「ええ? それはおかしいなぁ。悪友とちがって、俺は姉萌えなんだよね。妹には興味ないんだけどなぁ」


『そうですかあ。まあ、ミサキがまだカタコトだったときのことなので、ワタシの聞きまちがいかもしれませんねえ。ちなみに、「悪友」というのは?』


「なんつぅか、真正のド変態なんだけど……ああ、ヨヨちゃんは詳しく知らなくていい。あいつの悪い病気がうつると困るし」


『そうですかあ、じゃあそういうことでえ』


「ところでヨヨちゃん、そんなにジャム塗って大丈夫? パンじゃなくて、ジャム食ってるみたいじゃんか」


 *******


「いきなり妹の話題を振るので、どうしようかと思いました……」


 シク姉妹が、そろって泣く寸前の表情である。

 気丈に振る舞っていても、まだ十六歳。子どもっぽいところが残っているのだ。センヨヨは軽く肩をすくめると、お茶を口に含む。


『ワタシだって、気が気ではなかったですよう。途中から、食べている物の、味がまったくわかりませんでしたからねえ』 

 センヨヨは、もういちどお茶を飲んだ。まだ、ノドにジャムのかたまりが引っかかっているような気がする。

『とにかく、ゆうべの件は大丈夫ですよう。ミサキ本人もほとんど覚えていないようですからねえ。』


「あのう、これから、どうするのですか……」


『それはもちろん、ミサキを教育しますよう。ワタシが座学ざがくを担当するので、ふたりは実習をお願いしますねえ』


「え? ちょ、ちょっと待ってください。ミサキをこれ以上強くするおつもりですかっ」


『もう、じゅうぶんに強いですよう。無秩序に、狂戦士のごとく暴れられるくらいなら、ちゃんとセルフコントロールができるよう、自制の技術を教えてあげるべきですよう。制御できないよりは、手加減ができる方がマシなはずですからねえ』


「マスターが……そう、おっしゃるなら……そうしますが……」


 センヨヨはふたりのメイドを安心させるため、穏やかに笑ってみせた。

『本質的な部分で、ミサキには暴力的な素養はない、と思っていますよう。心配しないで、武芸の指導にあたってくださいねえ。それから、聖輝石セフカベン魔闇石マジンドーの作り方も教えてあげてください。魔力も聖力も、かなりの量を持っているようなので、きっと有効に利用できるはずですよう』


「「……了解、いたしました」」


 最終的には、ふたりは納得したようだった。

 センヨヨとしても、いまの自分の判断が最適だという自信がそれなりにあったので、シク姉妹が従ってくれたことに安堵した。もちろん主従の関係なので、強制的に命令すれば指示とおりにしてくれるのだが、そういう形にはしたくなかったのである。


 ところが、ミサキを指導するべく出て行ったはずのふたりが、緊張した顔つきですぐに戻ってきた。


「マスター、たったいま、あのシギの副官がこのやかたにやってきました。マスターへの面会を求めています」


『とうとう来ましたか。……一難去ってまた一難、ですねえ』

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