村人アレグー その1
ここはイミィグーン公国の僻地にある、人間たちの村である。
主な産業が農業と牧畜しかない、のどかで小さな集落だ。
ある日のこと、ひとりの少女が、外部からやってきた。
初めにそれに気づいたのは、村に住んでいるアレグーという青年だった。
「こんにちは」
少女に話しかけられ、アレグーはひとめ見てドキリとした。
まず、目鼻立ちの整った、かなりの美少女である。
そして、村の娘とちがって、どこか華やかで垢ぬけている。
さらに、不思議と中性的でボーイッシュな雰囲気をただよわせている。
美人というよりは可愛い感じ、それでいて勝気な感じのするポニーテール。
淡い金色の髪に、緑色の瞳が良く似合っている。
「おねーさん、ひとを探してるんだけど」
その少女が、かろやかに言う。
「え? ああ……それなら……村長に訊いたほうが……」
アレグーはドキマギして、情けないことに返事がしどろもどろになった。
「案内してもらえるかな、ね?」
少女が、唇の両端を持ち上げて、猫のようにムニュッ、と笑みを浮かべる。
(なんてラブリーなんだ!)
アレグーは、自分の心がぐらり、と揺れるのが、はっきりとわかった。
もちろん即座にOKしたアレグーが案内すると、村長は、その少女の来訪をあまり歓迎していないように見えた。
「ここは何も無い、田舎の村じゃ。人探しに来るような場所では無かろうよ」
村長が投げやりな口調で言う。
そもそも、よそ者に好意を抱いていないのだろう。
「うーんと、大きな街を探して、見つからなかったから、ここに来たんだよー。それに何となく、この辺りに居そうな気がしたから。双子の勘でね」
「ふたご、じゃと?」
「そ。だから、ね?」
そう言って、少女が自分の顔を指さす。
「この顔に、見覚えないかな? 双子の妹だから、おねーさんにクリソツのハズなんだけど」
「……残念じゃが、見覚えは無いのお。この村には、旅の商人のほかに、訪れる者はおらぬ」
「ふーん、そっか」
少女は、特に残念そうな様子も見せない。
「ところで今日はもう遅いから、この村に泊まってってもいいかな、ね? 最近は野宿ばかりだったから、ふかふかのベッドが恋しいかなー。あ、ちゃんとお礼はするよ?」
「好きにするがよかろうよ」
村長は、勝手にしろと言わんばかりの声音だった。
まだうら若い女の子なのだから、もう少し優しく応対してもいいのに、とアレグーは思う。
少女のことが気になっていたアレグーは、旅の商人たちが利用する宿屋への案内を、自分から買って出た。
「きみ、ひとりで、旅を?」
「うん、そーだよ。ここ半年くらいかなー」
少女が、明るくハキハキと答えると、にっこりと笑ってみせた。
やっぱりいい子だな、とアレグーは内心でうなずいていた。
昔、兵役で公国の首都に行ったときにも、同じように、垢ぬけて華やかな少女たちには会ったことがある。
だが、その都会っ子たちは、アレグーのことを露骨に田舎者としてあつかい、さんざん莫迦にして笑いものにしたのだ。
その公開羞恥プレイのことを、アレグーは一生忘れないだろう。
「おねーさんの顔に何かついてるのかな、ね?」
いつの間にか、少女の整った顔立ちを、凝視してしまっていたらしい。
(仕方ないじゃないか、すっごい可愛いんだもの)
それでも誤魔化すため、強引に話題をそらす。
「いや、その……変わった剣だと思って……見ていたんだ」
これは、全くの出まかせではない。
たしかに妙な剣を帯びているのだ。
非力な女の子だから、長剣でなく短剣なのは、不思議ではない。
奇妙なのは、同じような剣を、左腰と右腰に一本ずつ帯びていること。
そして、その二本の剣が、ロープで結ばれていることだった。
「なぜ、剣を繋げているの?」
「もともと、こーゆー剣なんだよ」
答えになっていない。
それでも、アレグーは兵役期間を満了している補充兵の身分なので、それなりに武具に関する知識はある、つもりであるから、慎重に観察することにした。
二本の剣は、手で握る柄の部分の先端に、金属製の環がついている。その金環は指の二、三本が入りそうな大きさで、かなり頑丈に作られているようだった。
まあ、そこまではいい。『異国の剣だから、変わった装飾がついている』で説明がつく。
よく分からないのは、金環にロープが結ばれていることで、そのロープは背中側を通って、反対側の剣の金環にも結ばれている。なので、剣の柄と柄とがロープで繋がれているのだ。
ロープは地面をこすらない程度にたるんでいるから、そこそこ遊びはあるのだろうが、剣を振るうときに邪魔になるのではないか、と他人事ながらアレグーは心配になった。
そもそも、剣をつなぐメリットが理解できない。
不意に、双剣の少女が立ちどまる。
剣のことを考えていたアレグーも、慌ててとなりにならんだ。
「急にどうかしたんですか……」
「お母さん」
子どもの声がする。声のする方には、眠そうな目をした、ちいさな女の子がいる。その小さな手は、双剣の少女のスカートを握りしめていた。
「お母さん」
もういちど、女の子が言う。
「およ? おねーさんは、キミのおかーさんじゃないよ?」
「あ、いいんです、気にしないでください、いつものことなんです」
不思議そうな顔をする双剣の少女に、アレグーは説明した。
この子どもは、ケイコという名の、十歳の女の子であること。
この子の両親は、半年前にふたりとも魔族に殺されてしまったこと。
それ以来、この子は道ゆく女性を母親と勘違いして、しがみついてくること。
「それはちょっと、ちがうんじゃないのかな、ね?」
というのが、双剣の少女の言い分だった。
「もっとちっちゃいならともかく、十歳だよ? 母親のこと、もうわかってるでしょーに」
そうつぶやくと、双剣の少女は、十歳の女の子を、そっと抱きしめた。
「おかーさんじゃないけど、ぎゅうっとしてあげるから。ケイコちゃん、安心して、ね?」
そのまましばらくすると、やがて女の子のほうが、少女のスカートから手を放した。
その子に手を振った去り際に、双剣の少女がささやく。
「愛情に飢えてるんだね、きっと」
うなずきながら、アレグーは眩しそうに少女を見つめていた。
(なんて優しい少女なんだ。外見だけでなく、内面も美しい)
アレグーは、我慢が出来なくなって、とうとう訊いた。
「あの……よろしければ、お名前、教えてもらってもいいですか」
名前を訊くだけなのに、背中は汗ダラダラだった。これは不純な動機のナンパではない、と自分に言い訳をしながら。
「おねーさんの名前は、ミサキだよ」
アレグーの内心を知ってか知らずか、少女はあっけらかんとして答えた。