表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おちんちんを取り戻せ  作者: 別次 孝
19/39

人間牧場長 センヨヨ その1

 すこし前の、話である。




 ――短い魔生でしたねえ。


 しみじみと、センヨヨは感じていた。

 いま、自分の首には、短剣が突きつけられている。相手がその気になれば、すぐにその首をき切ることができてしまうだろう。


 もちろん、センヨヨは、まだ死にたくはない。だが、この状況では、まず抵抗もできない。

 センヨヨだって身を守るべく、それなりに防禦をしていた、つもりだった。

 このやかたの外側や室内に、メイドのシク姉妹のぶんも含めれば、四重もの防禦結界を張っていたのである。それが、この侵入者にあっさりと突破されてしまっている。


 不意を突かれたのは認めるが、それにしても、相手の実力が尋常ではない。

 こんな相手に、今さらどうこうできると思うほど、センヨヨは阿呆あほうではない。

 ならばせめて、と考えたのは、人間牧場の住人たちだけでも助けてもらえないか、ということだった。

 というのも、いま自身に短剣を向けている存在が、どうも魔族とは思えなかったからだ。


『あなた、人間でしょう、ちがいますかあ』

 センヨヨは、できるだけ優しく、落ち着いた口調でたずねてみる。


 返事が、ない。


 沈黙だけが流れる。


 なんだか不思議な空気だった。どうも、短剣を持った相手の方がむしろ困っている、という、そんな感じの雰囲気なのである。

 動きが止まった室内に変化があったのは、ふたりの少女が飛び込んできたときだった。


「マスター!」

「いま、お助けします!」

 ふたりの少女が、ほぼ同時に叫ぶ。


 センヨヨはすぐに命令を出した。

『ふたりとも、近寄ってはいけませんよう。部屋に入らないでくださいねえ』


 ふたりの男装メイドは、短剣を向けられた主人の姿を見て、部屋の入り口で急停止した。

 そのシク姉妹は、ともに負傷しているように見えた。当然、ここにいる、この短剣の持ち主によって負わされたものだろう。


 シク姉妹はそれなりの腕前だが、センヨヨほどではない。センヨヨ自身が勝てない以上、はっきりいって、ふたりのメイドがかなう相手ではない。返り討ちにあうのは、目に見えている。 

 センヨヨにしてみれば、妹のように育ってきたシク姉妹を、そう簡単に死なせたくはない。自分の安全よりも、メイドたちの無事を優先して、センヨヨはふたりを遠ざけようとした。


「メ……シ……」

 不意に、短剣を持った存在が、声を出した。


『はい?』


「メシ……ミズ……」


『おなかがすいている、と?』


「メシ……ヨコセ……カユ……ウマ……」


『はあ、なるほど』


 このときになってようやく、センヨヨは短剣の持ち主が女の子なのだと気づいた。

 それが、センヨヨと、この変わった双剣の少女との出会いだった。


 センヨヨは、考えていた。

 どうも、目の前の短剣の少女のことが、よくわからない。


 魔族の特徴がないので、まずまちがいなく、人間だろうと思われる。

 センヨヨはすでに何回も人間界に調査にいっているし、牧場に何十人もの人間を飼っているので、はっきりいって人間には相当詳しいつもりだし、実際にそうだという確信がある。

 ところが左手の短剣が、明らかに魔力とおぼしき黒い光を放っているのだ。

 ただ、そのことは、まあ許せる範囲のことだ。というのも、メイドのシク姉妹も、純粋な人間なのに魔術が使えるからだ。


 ――本当におかしいのは、もう一本の短剣が、白く光っていることですねえ。


 しみじみとして、センヨヨは首をひねった。

 普通の人間は、聖法が使えるが、魔術は使うことができない。

 魔術が使えるシク姉妹については、人間であるのに聖法が使えない。

 すなわち人間というのは、どちらか片方しか使えないようなのである。


 なので魔術だけ、聖法だけ、ということなら、まだ理解ができる。そのふたつを同時にあつかうなどというのは、常軌を逸しているように思えるのだ。

 魔族も含めて、そんな存在は聞いたことがない。センヨヨが管理している人間牧場にも、もちろんそのような事例はない。


 ――もしかしたら、人間と魔族のハーフ、なのでしょうかあ。


 シク姉妹が持ってきた人間用の食事を、短剣の少女はガツガツと食べている。センヨヨは慎重に観察してみたが、やっぱり、人間にしか見えない。

 それにそもそも、魔族と人間のハーフに関する資料が、ない。実在するという証拠もない。それこそ伝説や神話の世界にしか、魔人のハーフは存在していないのである。


 ――推測を検討するだけの材料が、足りないですねえ。


 ちいさく首を振ってその考えをひとまず横に置くと、つぎに、センヨヨはこれからのことを考えはじめた。


 センヨヨは、いま現在、ロープでぐるぐる巻きにされている。人間界の言葉でいうところの、『スマーキ』にされているのだ。

 つまり、センヨヨ自身は人質になっているわけである。すなわちこの短剣の少女は、


 ・センヨヨがこのやかたのトップであること。

 ・その身柄を押さえておけば有利になること。


 ということを、正確に把握しているようである。だから、知能には問題がないのであろう。ただそうすると、まともに言葉が話せない、というのが、どうも不思議で仕方ない。


 現に、食事を終えて一息ついた様子の少女は、センヨヨの方を、ときおり困った様子で見つめている。


 ――さて、どうしましょうかねえ。


 センヨヨは、そう内心でつぶやきながらも、自分の顔がにやけてしまうのがわかった。

 それはセンヨヨの悪癖ともいうべきものであって、死への恐怖よりも、知的好奇心の方がまさってしまっていたのである。


 とりあえず現状として、シク姉妹を除いては、自室に誰も近づけないようにしている。

 そのシク姉妹に関しては、ある意味で諦めている。

 このふたりのメイドは、どうもセンヨヨに心酔しているようなところがあって、たぶん自分が死ねば殉死するだろうし、どうせ止めても聞かないだろうから、このさい自分の知的欲求をみたす賭けに、とことんつきあってもらうことにしたのだ。


 センヨヨは、シク姉妹に命じて、人間用の本を持ってこさせた。

 それはむかし、自分自身が人間の言葉を覚えるときに使った、まさにちいさな子ども向けの本であった。


 もともとは、センヨヨの亡父が集めた本のうちのひとつである。亡父は、魔界の中で人間研究の第一人者といってよい存在であった。人間を捕獲し、牧場をつくり、その文化や生態を詳しく研究していたのである。

 ただ、娘であるセンヨヨと決定的に異なるのは、父親の方は、魔王の命令で人間を打倒するべく、敵を知るために研究をしていたのに、娘の方は人間そのものに興味を持って研究をしていた点だった。


 はてさて、スマキ状態のセンヨヨが、なんとか首を動かしてその本をさし示すと、短剣の少女は状況をすぐに理解した様子だった。


 ――やはり、知能は悪くないですねえ。


 センヨヨがさらに満足したのは、短剣の少女がスマキを崩し、センヨヨの片手を解放してくれたことだった。おかげで、左手で本のあちこちをさし示して、これこれと説明することができるようになったのだ。


 かくして、センヨヨが教師になっての、言語の練習がはじまった。


 ――この短剣の少女は、本質的には敵ではないですよう。


 すっかり楽天的になったセンヨヨは、言語を教えることに熱中した。

 言葉がまともに話せるようになれば、このやかたにカチコミをかけてきた理由もわかろうというものだし、魔術と聖法が同時に使える謎の理由も、聞き出せようというものである。

 室外で待機しているシク姉妹は困惑しているようであるが、もうすこし我慢してもらうしかない。そのうち、彼女たちも、この少女がそれほど有害ではないとわかってくれるだろう。


 とまれかくまれ、ひと通りの言語練習が終わった。

 センヨヨが判断したところ、言語の発音自体には、特に問題なさそうである。口や舌、のどには別段の異常がない、ということだ。


 そこでセンヨヨが考えたのは、失語症の可能性である。

 すなわち、話そうとしても話せない、以前は話せたのに話せない、そういう症状ではないか、とうたがったのだ。

 なにぶん魔族と人間はしょっちゅう戦争をしているから、頭部に損傷をおって、そのような状態になってしまった魔族や人間を、しばしば目にしているのである。


 ところが、少女の状態は、そういう症状とも異なっているらしい。脳には異常がないようだし、精神的なものが原因でもないようなのだ。

 センヨヨはますます楽しくなってきてしまい、笑みを隠すのに、かなり苦労することになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ