聖法剣士ミサキちゃん その3
『近場にいた補充兵の動員はかけている。現在、公国の兵士は一万人態勢だ』
たしか、クロミィのやつがそんなことを言っていたっけ。
イミィグーン公国軍の常備兵が五千人、ということは、おそらく公国の総人口は二十万人くらいだろう、と予想される。
この世界の軍隊は、国によって差があるとはいえ、常備軍の動員率が、だいたい二パーセントから三パーセントだと思っていい。なので兵士一万人態勢は、動員率五パーセントくらいに当たるはずで、この公国にとって、結構な負担になってるはずだ。
たぶん、この国の限界兵力は二万人くらいになるのかな?
俺の前世の……いや、厳密にはその言いかたはおかしいし、不吉だな。
ううんと、以前の地球での記憶が間違いでなければ、第二次世界大戦中の旧日本軍が、動員率十数パーセントだったはず。だから、十パーセントが限界、という考え方は、そうおかしくはないだろう。
ちなみに、これはあくまでも人間界の話である。魔界はもっとやばいのだ。あすこは男も女も老いも若きも、ほぼ全員が戦闘に参加する。冗談抜きで、サイヤ人みたいな戦闘民族といっても過言ではない。
『動員率、常時二十パーセントは軽く超えてますねえ』
というのが、ヨヨちゃんの意見だった。戦時にはそれこそ、七十から八十パーセントはいくのではないだろうか。やばすぎであるが、まあヨヨちゃんがウソをつくとも思えないし、色んな情報に詳しいやつだから、きっと信頼できる値なんだろうな。
うーん、そのヨヨちゃんは、いまごろどうしてるかなあ、たまに顔を見たくなるんだけど。元気してるかな~。
などと、過去に逃避しててもしょうがない。
なんとかして、この国都の中に入らないといけないのだ。
まあ、俺はいい。この女体が廃スペックで疲れ知らずだし、そもそも旅なれてる。
ただ、ケイコちゃんはそうでもない。知らない道を歩きつづけるというのは、はじめての経験だったろう。
いや、俺は言ったんだぜ?
「歩くの大変でしょ? おねーさんがおぶってあげるから、ほら、こっちにおいでー」
ところがケイコちゃんは思うところがあるらしく、かたくなに自分の足で歩くと言って聞かない。もちろん、俺の中身が、心のおちんちんを持つ男なのだ、とばれたからではない。
幼女は幼女なりに、これからの修行とか、新生活のこととかを考えて、なにか思うところがあったようなのである。両親を失っていらい、ひとりで生きる覚悟をしてたのかもね。
さて、ケイコちゃんは、十歳の割にいささか体がちっちゃい。当然、歩幅もちっちゃい。
結果として、到着に時間がかかった。俺ひとりなら、ぶっ通し歩き続け、それこそ一日かそこらで着いただろうが、数日かかってしまっている。食料と水が不足しなかったのは幸運だったが、連日の野宿はかなりこたえたのだろう。
体力のある俺と、何日も夜を一緒に過ごしたせいで、幼女はへとへとに疲れてしまっていた。
……いま、いやらしい想像をしたひとは、廊下で立っていなさい。
立つって言っても下半身のことじゃねーぞ。
やべぇな。油断すると、話がすぐ下品になるぞ。
真面目な話が長続きしねぇ。困ったもんだ。
そんなこんなで、心も体もお疲れ気味のケイコちゃん、顔色はあまりよろしくない。この子だけでも中に入れてもらえんかね。
ど ーすっかなー、と思いつつ、ダメもとで警備してた門番に作り笑顔を向けたら、なんとビックリ、クロミィのやつがすでに帰還しているとのこと。
あいつ、どれだけ強行軍したんだよ!
戦闘直後の軍隊を率いてるうえに、あの村で魔族の検死もしてたはずだろ? どんだけ頑張ったんだ。ご丁寧なことに、門番に幼女のことまで伝言してあったようで、おかげでクロミィとケイコちゃんの名前をだしたら、すんなり中に入れてもらえたけどさ。
いやしかし、気がきくね、クロミィ。女として悪くはない。
やっぱ惜しいなー。これももうちょっと女性っぽかったら、気のきく面倒見のいいお姉さんとして尊敬してやったのに。
おっとり系もしっかり系も両方いける、姉萌えの俺にはたまらんぞ。
とりあえず、ケイコちゃんをどこかで休ませることにした。
聖輝石をさっさと両替してから、どこかの宿屋に……とも思ったが、ケイコちゃんの年齢と体調を考慮して、宗教施設にむかった。まあ外見といい、構成員といい、教会みたいなものだと思ってくれ。
そんなわけで、静かな裏通りにある公都の教会にやって来たのだ。
ふと見ると、花壇でひとりの若い女が水やりをしていた。
ウホッ! いいシスター……。
そう思っていると、突然そのシスターは俺の見ている前で、修道服のホックをはずしはじめたら嬉しいのに……!
バチあたりとか言うなよ。無宗教が多い日本人の発想なんてそんなもんさ。修道服なんてコスプレ衣装の一種みたいなもんだね。
で、俺はその『いいシスター』にこれこれと事情を説明し、ケイコちゃんを少々あずかってもらい、休ませることにした。その若いシスターのひとは、俺の話をさっくりと信じてくれたようだ。もちろん、お布施と称していくばくかのお金を渡すのは忘れなかったぜ。
さて、困ったなあ。本当だったらクロミィと顔を合わせずにばっくれたいのだが、そういうわけにもいかないだろうな。行ってケイコちゃんのこれからを相談しないといけない。
クロミィをからかうのは楽しいのだが、魔力を使うのがばれた以上、なんやかやと素性を探られるのは避けたい。自分でもわからん魔剣や聖剣について、くわしく聞かれでも困る。だからといって、このままケイコちゃんを放置するほど、俺は鬼畜道を極めてはいない。
しかたねぇなあ、と覚悟を決めた瞬間、左腰の魔剣が振動をはじめた。
うん? こんな街中、それも国都の中で魔族の反応があるだと?
しかもかなりの振動である。
これは大物がいるか、もしくは小物が多数いるか、そういうレベルだ。正直いって、肝が冷えたね。魔族が国都に侵入してきたのか、と俺は一瞬考えたのだ。あいつら容赦がないので、マジで文字通り、人間の赤い血の雨が降るかもしれない。
俺は慎重に周囲を観察したが、警報代わりの鐘の音もしないし、戦場特有の空気も感じない。あれだけの警戒態勢だったのだから、知らないうちに侵入された、ということはあるまい。
さりとて、スパイみたいなものを潜入させて、秘密工作をするような手段は、魔族の連中はしない。基本的には力押しのごり押しが専門の連中なのである。
おっかしーなー、いよいよ魔剣が壊れたのかな?
そう首をひねった俺の視界に、ふたりのバーテンダーが飛び込んできた。
正確にいうと、バーテンダーじゃない。バーテンダーのような服装をした何かである。もっというとその正体を俺は知っていて、答えはメイドである。なんというか、男装のメイドなのだ。そいつらかなりの美形で、顔はいいから、女のくせにイケメンに見える。
なにを言っているのか分からないかもしれない。
ううんと、そうだなあ。たとえていうなら、そのバーテンダー、外見は、『龍虎の拳』とか『KOF』とかに出てた、キングっていうキャラに近いかな。
もっというと、『龍虎の拳』のときの方に、イメージがより近い。衣装が白黒だからだ。なんだかマニアックな解説ですまん。
で、話を戻すと、こんななりでも、このふたりはメイドなので、当然すぐ近くに主人がいるわけだ。
俺は廃スペックを生かして完全に気配を消すと、その主人に後ろから接近した。
「巨乳を持った奴が相手なら、パイタッチを使わざるを得ない」
おどそかに宣言して、主人のおおきな胸を、背後から、しっかりと鷲掴みにする。
そんな俺の様子に気づいて、ひっ、とか、きゃっ、とか反応したのはふたりのメイドの方で、掴まれている当の本人は、微動だにしないまま、静かに口をひらいた。
「振り向くまでもないですねえ。ミサキでしょう? まっ昼間っからこんなことをするのは、ひとりしか居ませんよう」
自分を取りもどしたメイドたちが、主人(の胸)を守るべく臨戦態勢に入ろうとするのを、主人が静かにとめた。
「この警戒態勢で、騒ぎを起こしてはいけませんよう」
「ですが……」
男装メイドAが言う。
「そうだ! 俺の言う通りにしろっ、騒ぎになったら困るのは、お前たちの方だろう!」
「な、なんて卑劣な……」
男装メイドBが厳しい視線を向けてくる。
「ぬぁんだその目は~? 目が弟に似ているぅ~」
「ミサキ、あなた弟いないはずですよう」
その主人が、どこまでも冷静に、のんびりとした口調で続ける。
「そろそろ離してくださいよう、他のひとが見ていますからねえ」
「うーん、しょーがないな、久しぶりに弾力も堪能したし、これくらいで勘弁しようかなー」
名残惜しく手を離した俺に向かって、その主人がゆっくりと振りかえった。
ゆったりとしたローブでも隠しきれない、見事なまでの巨乳がふたつ。
褐色の肌をした顔はフードのようなもので隠れて見えにくいが、これには理由がある。
顔を隠していると言うよりも、ツノとキバを隠しているのだ。
すなわち、こいつがヨヨちゃん、正式名はセンヨヨだ。
センヨヨは、魔界にある、人間牧場の主である。
もちろん、生粋でバリバリの魔族だ。
年齢は二十歳を過ぎたくらいかな? 俺の女体よりちょいと年上だろう。
魔族特有の紫色の肌は、化粧と術で褐色にごまかしているが、さすがにツノやキバは隠しきれない。それでも男の魔族に比べれば目だたないから(動物の羊やヤギみたいなもんで、メスの方が角や牙はちっちゃいのだ)、髪型や衣装でなんとかしてるみたいだ。
で、なんでそこまでしてるのかっていうと、このヨヨちゃん、こうして人間に変装しては、ちょくちょく人間界に遊びに来ているのだ。
「勉強に来ているのであって、遊びではないですよう」
「おおう、どしたの急に。話に入ってくるからビックリだよ」
「まあ、ワタシもビックリはしていますねえ。街に入ったはいいものの、出ようとしたらこの警戒態勢ですからねえ。出られずに困っていたところですよう」
俺は持っている荷物をちらり、と見た。
「また、本を買いに? あんたも好きねぇ」
「当然のことですよう」
ヨヨちゃんは、人間界の本を愛読してて、魔族のくせに人間を研究の対象としてる。
別に、軍事的に利用するために、とかそういう理由ではない。呆れたことに、自分の趣味で、人間研究をしてるのだ。
まあそれで俺も助けられたのだから、文句を言う気はさらさらないけどね。




