公国騎士団 副団長クロミィ その3
公国軍は、村人たちを護衛して、無事に村へと到着した。
直後、その指揮を副将にまかせて、クロミィは魔族の部隊長らの屍体検分をおこなった。
「たしかに、魔術で攻撃された傷も、見受けられるが……」
(……魔族どうしの仲間割れの結果、ではないのか?)
クロミィは、いささか困惑した。
たしかに、ミサキが黒い魔剣を抜くのはこの目で見たし、魔力をあやつるのもハッキリと確認した。
だとしても、あらためて冷静に考えてみれば、『人間が魔術を使う』というのは、やはり不思議な話なのである。にわかには、信じがたいのだ。
実は今までにも、『魔術を使える』と自称する人間は、それなりに存在した。
ただ現実には、そのほとんどすべてが、虚言であった。
「大事なお孫さんが、ご病気だとお聞きしました。
どんな名医でも治せないとか……。
ですが、この私の秘奥義である、魔術なら治せますぞ!
ただし、それ相応の代金はいただきますがね、フヒヒ……。
もちろん、ごくまれに失敗することもあります。
医学には、残念ながら百パーセントはありませんからなぁ。
では、治療を始めましょう。その病気を治す魔術はこれだ!
ん!? まちがったかな……」
つまるところ、人間の魔術というのは、詐欺師の常套手段である。
もったいぶって黒っぽい霧を出してみせては、魔術と称して金をせびるのだ。
それらは、調べればすぐに嘘であるとわかるレベルのものでしかなかった。実際に魔術が使えた人間など、ただのひとりもいなかったのである。
結果として、「魔術が使える」と称する人間は、問答無用で罪人として扱われた。以前に集団で魔術を研究していた連中には、騒乱罪が適用されたことすらあり、重罪が課せられたのだ。
クロミィは騎士であり、治安を維持する義務がある。できれば、ミサキのことも捕まえて取り調べたい、というのが、本音である。
だが何といっても、向こうの方が、圧倒的に実力が上であり、どうも手が出しにくい。
それに、『ミサキに一騎打ちで負けた腹いせで、嫌がらせとしてやっている』と思われるのも心外である。
誰もそんなことを気にしないかもしれないが、クロミィ自身が納得できないのだ。こういうところは、自分でも潔癖性だと思うし、融通がきかないと思う。それでも、直す気はない。
(やはり、ミサキを放置することはできないな)
そう決意したとき、すでにミサキの姿はなかった。
村長代理であるアレグーが、
「もう、村を出てしまいましたが……」
と、ひどく残念そうな口調で言う。
クロミィが慌てて追及すると、
「あの女の子、ケイコを連れていきました。修業先のことを考えれば、国都に向かったのではないでしょうか」
という返事がかえってくる。
クロミィは、自分の顔色が悪くなるのがわかった。ミサキは魔術を使える上に、公女さまの胸を揉みたい、などと抜かす女なのである。さすがにミサキが無節操に暴れるとは思わないが、自分の不在時に、国都で野放しにしたくはない。
休憩もそこそこに、クロミィは慌てて軍を返した。最低限の処理ののち、強行軍で国都に向かう。
実はこの作業は、かなりきつい。
というのも、まずクロミィは、まだ若く、軍の指揮の経験があまりない。
しかも千騎長だから、普段は千人の兵士しか率いていないのに、今は倍の二千人の兵を抱えている。
ようやく国都にたどりついた時にはヘロヘロになり、人気のいないところで、クロミィはへたりこんでしまった。
「ご苦労だったな」
不意に声をかけられて、クロミィは飛び上がりそうになった。
直属の上司である騎士団長の姿を確認して、疲れた体にムチを打って、敬礼の姿勢をとる。
「無理をするな。楽にしろ」
「ですが、わたくしは騎士として――」
「動員をかけ、兵力を増強しているこの状況で、倒れられると困る。これは命令だ、休め」
「……では、お言葉に甘えます」
「座ったままでよい。報告してもらおうか」
騎士団長であるエキザーベは、四十代の男性である。そのご自慢のヒゲをなでながら、副団長クロミィの状況説明を聞くと、
「ふむ、侵入した魔軍は壊滅したか。ひと安心だな。壊滅したウーソ村は残念だったが、被害がそれだけで済んだのは、不幸中の幸いかもしれん」
と、静かな口調で応じた。
クロミィは、つとめて感情的にならないよう、口調に注意してたずねた。
「ミサキという女のことは、いかがいたしましょうか」
「どうも、信じがたい話だ。差別するつもりはないが、田舎村の連中は、どうも迷信臭いというか、考え方が古いというか、いたずらに頑固というか……それに、思い込みが激しいところもある。誤報や勘違いの可能性が、高いのではないのか?」
「おそれながら、魔術らしきものを使うのは、自分も見ました。確認しないうちに逃げられたのは、痛恨の極みです」
「それで、そのミサキという女が、この公都に来る、と?」
クロミィはおおきくうなずいてみせたが、騎士団長エキザーベは、ヒゲを軽くひとなでしただけで、特別な反応を示さなかった。なんとも言えないもどかしさを感じたクロミィは、少し迷ったあげく、意を決して訊いた。
「今さらこんな質問をして申しわけないのですが、お訊きします。魔術を使える人間というのは、本当に存在するのでしょうか」
「いないわけではないな」
あっさりと返されて、クロミィは椅子ごと飛び跳ねそうになった。動転するというのは、騎士としてあまりよろしい行為ではないので、あわてて姿勢を直す。
それを見て見ぬふりをしながら、エキザーベが話を続けた。
「噂では、魔族たちが住む魔界に、『人間牧場』なる場所があるらしいのだ。そこでは、人間が家畜のように飼われている、と聞く」
「……か、家畜?」
その単語で、クロミィは、先日の『魔族による、人間の女性の受胎実験』の話を思い出した。ふたたび、口もとに酸っぱいものがこみあげてくる。
そんなクロミィの様子を一瞥して、エキザーベが抑えた口調で説明する。
「『人間牧場』で飼われているのは、魔族との戦争で捕虜になってしまった人間が大半のようだが、他にも、魔界に迷い込んだ人間も含まれているらしい」
「『迷い込んだ』というのは、どういうことでしょうか」
「まあ、人間界で重い罪を犯してしまい、死刑になるくらいならいっそ魔界へ逃げる、という人間もいるな。それに子どもなどが、遠出して遊んでいるうちに、道に迷ってうっかり魔界に入りこんでしまう、そんなこともあるだろう」
「そういった人間たちが、その……『飼われている』というのですか」
「あくまでも噂だ。その詳細は、誰も知らない。ただ、もうひとつ気になる噂がある。すなわち、『魔界で生まれ育った人間の中には、魔術を使える者がいるらしい』というものだ」
仮定の話だが、と前置きして、エキザーベが続けた。
「そのミサキ=ウマガイなる少女は、『人間牧場』出身ではないのか? 仟魔長に勝つ実力を持っているというのも、魔界出身であるとすれば、説明がつくだろう」
クロミィは、非礼にならないよう、ちいさく首を振った。
「ですがミサキは、聖法が使えるのです。それも、かなり高位の実力です」
「断言したな。なぜ、それが分かるのだ?」
するどく突っ込まれてしまい、クロミィは、一騎打ちで惨敗したことを正直に白状させられた。
てっきりエキザーベに怒られると思っていたのだが、上司である騎士団長は、奇妙な沈黙でそれに応えた。
その無言にクロミィが耐えきれなくなるころ、エキザーベが、静かすぎる口調で言う。
「……であれば、その事実を再度確認すべきだ。ミサキにどれほどの聖力があり、使いこなせるのか、をな。もちろん、魔術の件も気になる。今のところは、少なくとも敵ではないのだろう?」
「たしかに敵ではないですが、とても味方とは言えません」
「それで十分だ。必要があれば賓客としてもてなし、調査させてもよい」
クロミィがその言葉の意味を理解するのに、かなりの時間が必要だった。
「ひ……賓客、ですか? あの、ミサキを? おそれながら、ひどく品のない女なのですよっ」
「品がなくとも、公国の民を助けてくれたのだろう。敵ではないし、腕は立つ。それで十分ではないのか」
このイミィグーン公国は、魔界に近く、魔族との戦闘も多い辺境の小国である。
それゆえ、伝統的に、素性の良さよりも実力を重視する傾向にある。クロミィもその事実は理解しているつもりだったが、それもいささか度を過ぎているように思われた。
「まさか、これからも戦闘が続くのでしょうか。下品でも、傭兵として強い者が必要だ、と?」
騎士団長のエキザーベは、しばしの間、無言でヒゲをもてあそんでいた。ようやく口を開いた時、聞きとるのが難しいくらいの小声になっていた。
「ここだけの話だがな……万魔長のシギが、全軍を率いて、この公国に攻め込んでくるかもしれないのだ。正直、勝算はあまり高くない。お前は不満かもしれないが、自分はそのミサキという少女に、そこそこ期待をしているのだ」
驚愕しているクロミィを見て、エキザーベは、ほろ苦く笑った。




