公国騎士団 副団長クロミィ その2
「おい、くされアマ。死にてぇのか?」
突然の口調に、クロミィは、呆然として目の前の少女の顔を見た。
さっきまでのミサキとは、声も口調も別人だった。
その視線と表情に、すさまじいまでの威圧感がある。強いて言えば、それは仟魔長や佰魔長のそれに近い。
「『国都に連行』? 『短剣を没収』? 好き勝手言いやがって。てめえ、女だからって、俺が手加減するとでも思ってたのか。殺すぞ?」
クロミィの背筋を、冷たいものが流れ落ちていく。震えそうになる唇を、懸命に動かした。
「な……なにを言っている、魔術を使う人間を見つけた以上、これは当然の処置……」
「うるせぇよ」
ひっ、と思わず悲鳴をあげそうになり、騎士としての誇りにかけて、それを必死にこらえた。
ミサキは左手の短剣の金環に指を入れ、くるくると黒い魔剣を回しはじめる。
「人間の軍は、魔族よりも指揮系統が重視されてるはずだ。アタマはってる女騎士を殺せば、残った軍はガタガタだろ?」
そのミサキの言葉を聞いて、部下の何人かが上司のクロミィを守るべく、前に壁を作ろうとする。
「おいおい、おもしれぇじゃねえか。そんな腕で俺の相手をするつもりかよ。よし、死にてぇやつは前に出な。俺は仟魔長にだって余裕で勝てるんだぜ? 人間の千人や二千人、どうってことねぇよ。ドゥンドゥンやろうじゃねぇか。文句ねぇだろ?」
部下たちとミサキの間に、ピリピリとした空気が張り詰めはじめる。
突如として起こったミサキの変貌に、クロミィはただ困惑していた。それでも、直感的に厳しい勝負になる、というのは理解できた。
二千人の正規兵がいるから、さすがにミサキひとりに負けることはないと思われる。だが、公国全体で動員率をあげているこの火急のときに、こんなところで余計な死傷者を出したくない。そもそも、最終的に勝てたとしても、クロミィ自身が無事であるという保証がない。
別に、クロミィは騎士として死を恐れるわけではない。ただ、公女さまの親衛隊長という重責を、途中で投げ出したくないだけである。
騎士としての、自分の信念を重視すべきか。
親衛隊長としての、公的な任務を優先すべきか。
それでもあえて前に出ようとしたところで、向こうの方が先に引いてくれた。
「……なーんてことには、したくないでしょ、ね? 命は投げ捨てるものではない(キリッ)」
そうつぶやくミサキの左側に、黒い円が空中に浮かんでいる。濃度の高い魔力を空中で固定させているのだ、と理解して、クロミィの心は芯から冷えた。
魔力の強さとそのコントロール能力が、まともではない。これでは本当に、二千人相手でもミサキが勝ってしまうかもしれない。
「ミサキ、急にどうしたんだ。クロミィさまも、落ち着いてください。ミサキは、すでに三度も村の危機を救ってくれているのです。絶対に敵や魔族ではありません」
アレグーという青年が仲裁してくれたのは、まさに渡りに船だった。
「貴公がそう言うなら、事を荒立てるのはやめにしよう」
もったいぶって、おおきくうなずいてみせる。背中の冷や汗には気づかれなかったようだ。
やれやれ、と胸を撫でおろしたところで、村長だという老人が、ふたたび喚き声をあげた。
「なんということじゃ! そちは騎士でありながら、この魔族の女子を放置すると言うのかのっ」
(いま、丸くおさまりかけていたのに……)
我慢できずに、クロミィは嘆息をもらしてしまった。イラッとしたのはクロミィだけではなかったようである。ミサキのほうも、またスイッチが入っていた。
「ああん? だとコラ。なぶり殺しにするぞ、このクソジジイ」
「んがっ、んぐっ……」
「てめぇをぶち殺しても、アレグーが立派に村長をやってくれるさ。だいたい魔族を見てすぐに気絶して、てめぇは何もしてねぇじゃねぇか、ああ? 事あるごとに俺を魔族呼ばわりしやがって、今度よけいなことを言うと口を縫いあわすぞ」
泣く寸前の表情をした村長が、クロミィに懇願してきた。
「騎士さま、魔族の女子が本性を見せ始めております、お助けを……」
それに何か答える前に、悲劇は起こった。
臨月に近い大きなお腹の女性が、剣を振りあげると、その平の部分で、したたかに村長を殴りつけたのだ。
村長はくるくると回転して、悲鳴と鼻血をまき散らしながら、吹っ飛んでいく。
クロミィもミサキも目を丸くしてしまい、一瞬、反応が遅れた。
すでに身動きしない村長へ、二撃目の体勢にはいったところで、ようやくアレグーと村人たちが、その妊婦を両側から抱きとめた。
「とめないでください。この村長のせいなんです。村長がミサキさんを追い出さなければ、主人は仟魔長に殺されずに済んだんですっ」
「やめろ! 人殺しになるつもりか、お腹に子どもがいるのだろう」
アレグーが、必死に説得している。
「いいんです。村長を殺して、わたしも死にます。そうすれば、家族みんなであの世で暮らせますから。お願いです、この夫の形見の剣で、村長にとどめを刺させてくださいっ」
「亡くなったご主人は、そんなことを望んでいない。生まれてくる子どもには、罪は無いんだ!」
見物役にまわっていたミサキが、一方的に宣言した。
「これは、完全にクロミィちゃんの責任だねー」
「え? じ、自分のせいなのか?」
「さっさと村長の口封じをしておけば、妊婦さんに無駄な暴力をふるわせずに済んだのになー」
「いや、これは不慮の事故であって……」
「あーあ。クロミィちゃんのせいだー。わーるいんだ、わるいんだ、せーんせーに、いってやろー」
クロミィは困り果てた。正直なところ、こういうノリは苦手である。気まじめな性格が災いして、気のきいた切り返しやユーモアが思いつかないのだ。
追い打ちをかけたのは、十歳くらいのちいさな女の子が、クロミィを指さして、
「このおんなのひとが、わるいひとなんだね」
と、おごそかに宣言したことだった。
女の子の純真なまなざしを受けて、クロミィは大いにたじろいだ。
「ミサキおねえちゃん、このわるいひとを、やっつけてくれるよね?」
「うーん、どーしよっかなー」
ミサキは、どこまでも楽しそうである。
「あ、そうだ。ケイコちゃん、おねーさんと一緒に逃げようか。ちょっとやっつけたといっても、万魔長のシギは、まだ九千匹くらいの兵力を持ってるからねー。本気を出せば、こんなちっちゃな公国は、すぐに潰れちゃうかもしれないもん」
ミサキが、意味ありげな視線をクロミィに向けてくる。
「クロミィちゃん、あんたもバリバリに対象のなんだけどねー。二十歳前後なんて、まさにシギの狙い通りのメスじゃないのかな、ね?」
「メス? どういう意味だ?」
アレグーから事情を説明されて、クロミィは、自分の顔が蒼白になるのがわかった。
――魔族による、人間の女性の受胎実験。
身の毛がよだち、胃液がこみあげてくる。無意識のうちに、手で下腹部を押さえていた。
「もしかしたら、シギ本人が来るかもね。さすがのおねーさんも、万魔長との戦闘は避けたいかな―。じゃあ、おねーさん、この子連れて逃げるから。あとよろしくー」
「待てっ!」
呼びとめたのは、クロミィの、女としての本能だったかもしれない。
ひどい言い方かもしれないが、うるさい村長がふたたび昏倒してくれたのは、幸運だった。
アレグーを含めた村人たちは、総じてミサキに好意的で、その意見を尊重する形でミサキの魔術を不問に付すことにしたのだ。
村人たちに説得され、やむを得ず、ということになれば、騎士としての面目も立つ。
あとは、村人たちを村まで護衛するだけであるが……。
「ケイコという女の子の処遇のことを、ご相談したいのですが」
というのが、アレグーという青年の言い分だった。
すなわち、
田舎の村では、魔族を穢れているものとして考えていること。
ケイコの両親が魔族に殺されたのは、ふたりが穢れていたせいだと思われていること。
生き残ったケイコも、忌み嫌われてしまっていること。
これらの理由から、ケイコが村に残っても、あまりよいことはないと思われる。今でも親戚の家をたらいまわしにされているようであるし、将来の縁談なども厳しい状況になることは、容易に想像がつく。
「話はわかった。だが、貴公はなぜ、自分にそれを訊く? 村で処理すべき事案だと思うが」
「それが、ミサキが言うには、ケイコには聖法の才能があるようなのです。公国のお役に立てるのではないかと思われます。国都で修業を積ませることはできないですか」
クロミィが直接、女の子に話をしてみると、その眠そうな目がおおきく見開かれた。
「聖法の修行をすると、おねえちゃんの、おやくに立てるの?」
驚くほど純粋な目が、クロミィを見つめている。
ミサキのためでなく、公国のために頑張ってくれ、という本音は、とても口にすることができなかった。
「そうだな。きっと努力しだいで、強くなれるだろう」
「じゃあ、国都に、行く。おねえちゃんの言う通りにする」
「わかった。自分が、しかるべきところを紹介しよう」
そう了承したものの、クロミィの心は穏やかではなかった。嫌われ者の女の子が村から追い出されるのを、手伝っただけではないか、という後味の悪さがある。
アレグーという青年も、若いのに残酷なことをするな、と思ったのは、どうやら間違いであるとすぐにわかった。
「クロミィさま、ご迷惑でなければ、私にも紹介してくださいませんか。私も村を出て、国都でもう一度、しっかりと修業を積みたいのです」
仲間や妹を守れない無力感は、もう二度と味わいたくない。もっと、強くなりたい。
そう熱弁を振るう青年を見て、満足そうにクロミィはうなずいた。
「わかった。ケイコと貴公のことは、この自分が責任を持とう。貴公は腕が治り、村が落ち着いたら、国都へ自分を訪ねて来るとよかろう」
クロミィは、軍に合図を出した。
村人たちの護送と、魔族の部隊長の屍体確認のため、村へと出発するのである。




