公国騎士団 副団長クロミィ その1
騎士たるもの、己の個人的な感情を表に出さないよう、努めなければならぬ。
それは、わかっている。
わかっているが、この女は別だ。
ミサキ=ウマガイ。
ありとあらゆる意味で、我慢ならないやつである。
村長代理のアレグーという青年と、そのミサキが言い争っている。
「ミサキ、となり村まで同行してくれる、という約束だったじゃないか」
「いや、おねーさんはいーんだけどさ、この女騎士がうっとーしいからなー」
「鬱陶しい? クロミィさまが? この方は、騎士団のなかでも優れた人として有名だぞ?」
「いや、前にケンカ売られたからさー、それでちょっとしたトラブルになってねー」
そこでとうとう我慢ができずに、クロミィは口をはさんでしまった。
「ふざけるな! ケンカを売ってきたのはそっちだろう!」
こともあろうにこのミサキという女、クロミィの主君である公女さまをひとめ見て、
『きれいなおっぱいだね。もみたいなー、いや、もみしだきたいなー』
などと抜かしたのだ。
不敬罪すれすれの暴言である。
怒りのあまりに一騎打ちをその場で挑み、そして、逆に返り討ちにされた。
周囲に見物人がいなかったのが幸いである。いや、もっというと、見物人がいないところで勝負したい、とミサキが提案したのだ。くやしいことこの上ないが、ふたりの実力差を正確に把握していたにちがいない。
「公女さまの悪口は言ってないでしょ、ね? おっぱい褒めただけじゃん。
おんなどうしなのに まじになっちゃって どうするの」
右手の白い短剣一本で圧勝したミサキのセリフが、これである。
いま思い出しても、腹がたつ。
クロミィは千騎長の身分にあるので、青い顔をした部下の百騎長が、上司たる彼女をなだめにきた。知らず知らずのうちに、クロミィは剣に手をかけていたらしい。
「わかっている!」
声とともに怒りの感情を吐き捨てると、クロミィはわずかに自分を取りもどした。
「ミサキ=ウマガイの実力であれば、仟魔長にも勝てるだろう。それは、不本意だが承知している。佰魔長も含めて、何匹倒した?」
「仟魔長一匹、佰魔長十匹、すべてミサキが倒しましてございます」
アレグーと名のる、村長代理の若者が答える。
それを聞いても、クロミィは驚かなかった。性格はともかく、ミサキの実力はわかっているつもりだった。あれから随分と剣の稽古に励んだのに、それでも勝てないだろうな、というのが自分でもわかるから、余計にミサキに対して腹が立つのだが。
「それならば、人間界に侵入した一個大隊、千匹余の魔族は、部隊長も兵士も含めて、すべて一掃されたことになる。自分たちは、国都へ軍を返すことになるだろう」
そこにアレグーという青年が、おそるおそるといった感じで訊いてきた。
「あの、失礼ですが……ミサキは、その、騎士なのですか?」
「なぜ、そんなことを?」
クロミィは、自分でも口調が冷たいのがわかった。
「いや、彼女はすごい腕前なので……」
「ミサキは騎士ではないし、その腕をどこで身に付けたのかについては、こちらが聞きたいくらいだ」
「ちょっといーかな、ね?」
見るからにむかつくにこにこ顔で、あの女が話に割りこんできた。
「この公国、五千人しか兵士さんいないんでしょ? いまここに二千人くらいいるよね? こんなに兵を動かして、国都の守りは大丈夫なのかな、ね?」
「おまえが心配することではない」
力いっぱい吐き捨てる。だが、すぐに大人気ない、と気づいた。村人たちの不安そうな顔を見て、最低限のフォローをする。
「もう、近場にいた補充兵の動員はかけている。現在、公国の兵士は一万人態勢だ」
「おそれながらクロミィさま、何かあったのですか?」
「すまないが、機密事項だ。話せない」
「およ? 何かあったのに、クロミィちゃんはここに居ていいのかな? 公女さまの親衛隊長としての任務は、どうなってるのかな、ね?」
どうして妙なところで勘がよいのだろう。本当に腹が立つやつである。
「あ、なんかやらかしたんだー。きっと、クビになったんだねー。そうでしょ、ね?」
「ちがう!」
舌打ちを必死にこらえながら、しかたなくクロミィは説明した。
「……公女さまは、父たる公爵閣下と一緒におられる。閣下の親衛隊がお護りしているので、私がおそばに居なくともよいのだ」
「つまり、父娘がどうしても一緒にいなくてはいけないだけの、すごい理由があるんでしょ、ね?」
クロミィは沈黙で応じた。さすがにこれ以上は、口が裂けても言えない。
『公女さまが、魔族に襲われかけた』などいう事実が噂にでもなれば、国をひっくり返すような騒ぎになるのはまちがいなかったからだ。
ミサキも、それ以上は追及してこなかった。口にしたのは別のことである。
「ところで、この村の人たちを任せてもいーかな、ね? さすがにこの人数だと、おねーさんひとりで護衛は厳しいよねー」
「わかっている。元より、この者たちが住んでいた村には行くつもりでいたからな」
「あの、クロミィさま? それは村人たちが村に戻るために、護衛してくださる、ということなのですか?」
アレグーという青年が訊いてくる。
「諸君たちがそうしたいのであれば、そうすることもできる。ただ何より、仟魔長と佰魔長の屍体を確認せねばならないのだ。任務を考えれば、自分自身の目で状況を把握し、公爵閣下に報告せねばならない」
沈黙が返ってきたので、クロミィはすこし口調を柔らかくした。
「アレグーとやら、別に貴公が嘘をついているとは思わない。気を悪くせぬようにな。だが、『ひとりの少女が魔族の部隊長をすべて倒しました』といっても、普通の人間はまず信じまい。必要であれば、仟魔長や佰魔長の屍体の一部を持ちかえることで、事実を証明する必要があるのだ」
「あ、いえ、お気づかいありがとうございます。俺が……いや、私が心配しているのは、村人たちにどう説明しようかと、そういうことです。みんな怯えて混乱しているので、村に戻るといっても、すぐには納得しないかもしれませんので……」
「そうか、わかった。だが、とにかく、このまま進むのは良くない。この先のウーソ村は、人間と魔族の屍体が、それこそ山と積まれており、ひどい惨状である。絶対に見ない方がよいだろう」
どうやらアレグーという青年の話を聞くに、この村人たちは緊急的に避難してきたらしい。
となり村に行くのをやめる以上、ろくな準備もないので、ひとまず村に引き返し、そこで改めて今後のことを考える、ということですぐに意見はまとまったようだ。
問題となるのは、むかつく女の処遇であるが……。
「魔族の女子じゃあ! 魔族の一味が、まだ村に残っておるぞえ!」
ご年配の男性が、不意をついて錯乱ぎみに叫びはじめたので、クロミィは思わずぎょっとして剣に手をかけてしまった。
「いったいどうした。何があったのだ」
クロミィの問いかけに、村長代理だというアレグーが、困った顔で答えた。
「あの老人が、本来の村長です。その、仟魔長たちが村を襲った際に、村長は昏倒してしまい、そのあとの事情をよく知らないもので……今になって意識が戻ったようですが、きっと、なにか誤解しているのでしょう」
「だが、ミサキのことを『魔族の女子』だと称するのは、尋常ではないな」
「それは、クロミィさまもご存じでしょうが、ミサキは魔術も使えるので……」
「……!? 初耳だぞ」
クロミィは、動揺を隠すことができなかった。人間が魔術を使えるなど、聞いたことがない。自分がミサキと一騎打ちをしたときは、右手の白い聖剣だけだったはずだ。
「アレグーとやら、貴公、冗談ではないのだろうな。どういうことか、事情を説明してもらおうか」
返事をしたのは、ミサキの方だった。
「いやーん、ばれちゃった、てへぺろっ☆」
いわく、
この二本の短剣は、聖剣と魔剣である。
魔術が使えるのは、短剣が持つ力のせいであるらしい。
そしてこの短剣は呪われた装備なので、外すことができない。
詳しい理屈や事情は、剣の持ち主であった双子の妹でないとわからない。
「ふざけるなっ」
クロミィは、思わず吐き捨ててしまった。へらへら顔で説明されて、そんなことをすぐに信じられるわけがない。
「ともかく、その、魔術が使えるとやらの、左腰の短剣を抜いてみせろ」
「オッケーだよー。ところで、この短剣を見てくれ。こいつをどう思う?」
あっさりと抜いた左手の剣からは、むくむくと黒い魔力が立ちこめていた。
「すごく……黒いです……。そんな、莫迦な! おい、アレグー!」
「は、はい?」
「さきの戦闘でも、この魔術を?」
「ええ、まあ。ミサキは使っていましたが……」
「人間が魔術など、論外だっ」
緊張を隠さずに、厳しい声でクロミィは宣言した。
「このミサキという女を、国都に連行する。もちろん、その二本の短剣は、没収だ」




