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着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー  作者: オリーブドラブ
第三話 束の間の休息
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閉ざされた世界、開かれた蓋

 所長さんの部屋だという、一室の入口。この研究所に数多くある個室の中でも、その扉が放つ異質さは別格であった。

 特に見た目が他と違うわけでも、入口そのものが変わった場所にあるわけでもない。少なくとも扉だけを見れば、普通の部屋と何も変わらないのだ。

 なのに、これほど周囲の部屋と比べての違和感を強く感じてしまうのは、恐らく「ここが所長さんの部屋」だと俺が意識しているから、なのだろう。


 初めて会った時に感じた、凍り付くような雰囲気。それを覆い隠すかのような、朗らかな人柄。そして、海へ行く前に僅かに見えた――得体の知れない「疲弊」の影。

 普通の人間にはない「何か」を常に内包しているかのようだった彼女が、この先にいる。その事実が、何の変哲もない個室の奥に存在しているという現状が、たまらなく不自然なのだ。

 もし、ここが所長さんの部屋と知らなければ、俺は何も気にすることなく、この場を通り過ぎていただろう。だが「知ってしまった」からには、そんなことはもはや不可能。

 「この部屋にいる」という事実だけで、その入口ごと異質な雰囲気に巻き込んでしまう彼女に、俺はこれから一対一で対面することになるわけだ。

 ……ビビってなんか、いられない。さぁ、聞かせてもらおうじゃないか。話ってヤツを、さ。


 緊張ゆえか小刻みに震えていた息を、短い深呼吸で整え――

「所長さん、一煉寺だけど」

 ――意を決し、扉の奥へと声を掛ける。


 ……だが、返事は来ない。今か今かと待ち続けても、彼女が扉から姿を現す気配は訪れなかった。

「……?」

 聞こえていないのか、と勘繰った俺は、それからも何度か、同じ要領で呼び掛け続けた。しかし、どれだけ繰り返しても、重く閉ざされているかのように立ち塞がる扉は、開く気配を見せない。

「いない、のか? だけど、指定された時間と部屋は間違ってないはずなんだよな……」

 俺は寝間着のポケットから、バーベキューの後に所長さんから渡されていた、一枚の小さな紙を取り出す。それには、彼女の部屋番号と待ち合わせの時間が書かれていた。

 これによれば、場所と時間は間違いないはず。しかし、現状として彼女が現れる様子はない。


 ――すっぽかし? 居留守? それとも本人が忘れてる?

 俺は頭に浮かぶ原因の数々に促されるかのように、一歩前へと進み出る。もし彼女の頭に、約束の時間に会う意思がないのなら、この自動ドアは鍵が掛かっていて開かないはずだ。トイレにでも行ってるだけかも知れないけど。


「……あれ?」

 だが、牢獄の入口のように重々しく感じられていた自動ドアは、思いの外あっさりと開かれてしまった。肩透かしもいいとこじゃないか……。

 扉の先は部屋の電気が付いておらず、今が夜だということも相まって、かなり暗い。だが、机を照らす電灯や何かしらの電気器具の光は出ていたため、あながち真っ暗というわけでもなかった。


「……」

 普通なら、ここで所長さんが戻るまで待つべきなんだろうけど……どういうわけか、俺はそのまま部屋の奥へと吸い込まれるかのように、足を前へ運んでいた。

 ――ここにある、という気がしてしまったからだ。四郷姉妹を取り巻いていた、謎の全てが。


 まず目についたのは、様々な書類のようなものが散乱している机。どのプリントやノートにも、何やら小難しい文章がびっしりと書き込まれており、中には人型の解剖図みたいなものまである。

 机の上に取り付けられていた小さな電灯の光を頼りに、俺はそうした書類らしきものを次々と拾い上げ、流し読みを試みた。

 ――怖いもの見たさなのだろうか。「恐怖」と「好奇心」が入り混じったかのような感情に揺さぶられた俺の動悸と行動は、いくら制御しようと理性に訴えても、留まる気配がない。


 パラパラと何枚もの書類をめくり、気になる文章だけに目を留めていく。ほんの数秒間に過ぎない筈の時間の中で、何時間も疑問に思い続けていた「世界」を、俺は垣間見ているのだ。

 「戦闘データ」、「四肢断裂」、「死傷者七千」、「国際問題」、「改造被験体第二号」……たった十秒かそこらの間に、俺は何を見てしまったのだろう。どの単語にも繋がりがあるようには思えず、しかしこうして一つの部屋の中に纏められている以上、必ず何かしらの関連はあるわけで……。


「……ッ!?」

 その時、手に取ってみた中での最後の一枚に、俺は思わず目を奪われてしまう。なんだ……この他とは違う大きさのプリント。――いや、これは……設計図、なのか?


 無意識のうちに息を呑み、それとほぼ同時に俺はその紙を、机の上に大きく広げる。


 そこに描かれていたのは……人型の、何かだった。


「な、なんだ……これ?」

 他の書類とは明らかに違う。さっき見た人型の解剖図みたいなのとも、まるで違う作り込みだ。どうやら機械の身体の設計図らしいが……配線の一本一本まで、やたら詳しく書き込まれている。


 しかも等身大の「新人類の身体」とは、サイズが余りにも違い過ぎていた。

 ――「全長十メートル」なんて書いてるけど……正気なのか!?


 具体的にどういうモノを作り出すための書類なのかはわからない。けど……なんなんだろう。とてつもなく……ヤバいものを見ているような、そんな気がしてならない。


 ふと、その設計図の見出し部分に目が移る。

 「新人類の巨鎧体(ヤークトパンタン)」と書かれたその文字を目の当たりにした瞬間、俺は本能的にその設計図を畳むと、机から数歩離れた。


 ……ダメだ。なんでかわからないけど、これ以上見ていたら、気が変になりそうだ。理屈じゃない、本能に響くような不気味さが――俺を引き離させたんだろうか。


 部屋自体の薄暗さもあってか、ますますこの辺りが気味の悪い空間に思えてきてしまう。俺はそんな不快感から逃れようとしたのか、奥の方で妖しく点滅する電子器具のランプらしき光に興味を移した。

 部屋の電気が消えている中で、まるで独立して機能が生きているかのように光り続ける、緑色の光点。

 その発光に誘われるかのように、俺はそこへ向かって静かに歩み寄る。


 そして、そこへたどり着くまでもう少し――というところで、俺の目に光点とは別の存在が留まる。

 緑色の発光に照らされたためか、これだけの暗さの中でもハッキリと存在を認識できる物体があった……写真立てだ。


「これは……」

 とにかく別の何かに興味を移して、不安を削ぎたかった。そういう気持ちもあってか、俺はそこへ向けてまっすぐに手を伸ばす。

 暗闇の中に生まれる感触。その先からこちらの視界へ写り込んだものは――十五歳くらいと十二歳くらいの少女達が、海を背景に笑い合う姿だった。


 二人とも仲睦まじく抱き合い、満面の笑みでカメラにピースサインを向けている。両者は白いワンピースを着て青みが掛かった髪の色を持っており、背景もあって涼しげな印象を漂わせていた。

 片方は見たこともないポニーテールの美少女だが……もう一方のサイドテールの娘は、多分――俺の知ってる娘だ。

 彼女の――四郷の友達なのか?


 写真に写っている四郷らしき眼鏡を掛けた少女は、今の姿からは想像も付かないような、心から幸せそうな笑顔を浮かべている。隣に立つ少女にも、よく懐いてるようだ。

 ……少なくとも、彼女にもこういう時代があった、ということなのだろう。気掛かりなのは、何が彼女をここまで変えてしまったのか、だ。

 その起点はどこにあるのか。それを探ろうと、この写真が撮られた時――まだ彼女が元気だった時は何時なのかと、俺は写真の下部へと視線を落とし――


「!?」


 ――凍り付く。


 二〇十六年八月十日。この写真が撮られたのは、今から十三年も前のことだったのだ。

 普通に考えれば、有り得ない。なぜ俺よりずいぶん年下くらいの四郷が、この頃と変わりない容姿なんだ!? 二〇十六年ってことは……俺がまだ四歳かそこらの時じゃないか!


 しかも、その隣にマジックで書かれていた文字が、さらに衝撃的に俺の認識を覆す。

 日付の傍に書かれている「あゆみ」「あゆこ」という文字を覆う、相合い傘。それが意味するものを悟った瞬間、四郷の隣にいるポニーテールの少女が誰なのか、俺は理解せざるを得なかった。

 そして、その見解が正しければ――この日付にも、多少は納得がいく。


 だが、この写真の意味そのものは理解していても、理性はその事実を受け止めることに抵抗の意を表している。

 ……当たり前だ。所長さんはこんなに若いのに、四郷が今と変わらない姿だなんて、計算が合わないにも程がある。この写真が事実であるなら、四郷は今頃所長さんと大差ないボイン姉ちゃんであってもいいはずなのに。


 ――そんな悠長なことを考えていられるだけ、俺はまだ冷静なのだろう。

 静かに写真立てを元の場所に戻し、俺はその場で思案に暮れる。四郷は、所長さんは一体……?


「あら、レディの部屋に無断で上がり込む紳士とは斬新ね」

「いっ!?」


 その時だった。


 この研究所と四郷姉妹の「見えない部分」を象徴付けるかのように、ほぼ全域に渡り暗闇に支配されていたこの空間が、無機質な光によって照らし出されてしまった。

 反射的に閉じられた瞳が、徐々に明順応を終えて開かれ――挑発的な眼差しの所長さんが、俺の眼前に現れる。

「しょ、所長さん!?」

「部屋に来なさい、とは言ったけど、何から何まで好きにしていいとまでは言ってないわよ。しょうがない子ねぇ、そんなにお姉さんのことが我慢できなかったの?」

 シャワー上がりなのか、バスタオル一枚という異様な格好。その姿に、俺は慌てて視線を逸らした。一方、向こうは俺が勝手に入ったことに怒る様子を見せず、むしろ鬼の首を取ったかのように、不敵な笑みを浮かべていた。


「なななな、なんでそんな格好!? シャワーって個室にあるんじゃあ……!?」

「うふ、相変わらずかわいいわね。電子制御室ってとこにもシャワーがあって、そっちの方を使ってきたのよ」

「……電子、制御室? そんなところで何を――」

「ま、それは後で話すわ」

 こちらにゆっくりと歩み寄る彼女は、写真に写るポニーテールの少女とは、比にならない妖艶さを全身から匂わせている。だが、その目元や髪の色、艶やかな唇には――確かに、面影のようなものも伺えた。

 最低限の面積しか持たない、桃色の布。その端から覗いている、成熟した肌で形成された渓谷と、流れるようなラインを描く脚。そしてシャンプーの扇情的な香りと、彼女の唇、胸、肢体を撫でるように伝う滴が、俺の意識を誘っているようだった。

 そんな彼女は俺の傍らを通り過ぎると――その奥にある緑色のランプに向けて、指を伸ばしていた。


「……なっ!?」

 そこで俺は、自分のすぐ傍に存在していた、棺桶のような形状の機械を目の当たりにする。

 頑丈に鉄の蓋で覆われているかのように、無骨な作りになっていたソレは、どうやらさっきまで俺が見ていたランプらしき光に通じる器具だったらしい。所長さんは緑ランプの近くにある何らかのボタンを操作すると、スッとその場から離れてしまった。


 ――何かに絶望しているかのような、暗い表情を浮かべて。


 そして――その顔色に俺が眉をひそめるより早く、鉄の棺桶に変化が訪れた。

 ゴウンゴウン、という重々しい機械音が部屋中に響き渡り、その鋼鉄の蓋が……二つに割れようとしていたのだ。さながら、封印から開かれる扉のように。

「これは、一体……?」

「すぐにわかるわよ。受け止めるには、時間が掛かるでしょうけど」

 その音が止み、この部屋が再び静寂に包まれる瞬間。それは、この黒鉄の扉が完全に開かれた時を意味していた。


 そして、その中に閉ざされていた存在に、俺が驚愕して目を見開いた瞬間――


「さて、ここまで見たからには話は全部聞いてもらわなくちゃね」


 彼女は口を開き――


「まずは単刀直入に言っておくわ」


 ――豊満な胸を寄せ上げるように、腕を組み――


「明日のコンペティション……あなたには、必ず勝って欲しいのよ」


 ――商売敵の人間として、有り得ないことを口にしていた。



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