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着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー  作者: オリーブドラブ
第三話 束の間の休息
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逡巡と懺悔と独善と


 肉の焼ける音と共に、夜空以上に暗い煙りが天に向かい、その副産物たる香りが俺達の嗅覚をくすぐってくる。

 そして、先行きの不安な道を照らすように閃く、闇夜に浮かぶ星々を見上げながら、肉と野菜の味を噛み締める。

 決戦前夜のバーベキューとして、これ以上のシチュエーションはそうそうないだろう。


 ――にも関わらず、内心では、それほど盛り上がっていない俺がいる。周りが金網の奥で噴き上がる火を囲み、和気藹々と過ごしているというのに、俺の胸中はどこか穏やかではない。

 別にバーベキューが楽しくないわけではないし、俺も一緒になって騒いでいるのには違いない。ただ、心の奥底で燻っているもやもやが、収まらない……というだけだ。


 そして、それが始まったのは――


「……」

「龍太? ……どしたんや? 瀧上さんのことばっか見よるみたいやけど……」

「ん? ――いやまぁ、あの人なかなかこっちに来ないなー……ってさ」


 ――彼が放つ殺気を肌に感じた、あの瞬間からだった。


 その感覚を俺に植え付けた張本人は今、心ここに在らず、といった表情で海辺に佇み、ここではない何処かを静かに見つめている。

 俺達の輪の中から大きくはずれた場所に立つその姿は、まるで別世界の人間であるかのような異質さを放っていた。その手に握られている串の存在が、どうしようもなく不自然なくらいに。


 ――彼が伊葉さんの背へと突き刺していた、あの眼光。人間があんな威圧を出せるのか――と、おののいてしまうほど、瀧上さんの放っていた殺気というものは、どこか違う次元の存在のようにすら感じられた。

 一瞬でも気を抜けば……いや、気を抜こうが抜くまいが、あの眼に見据えられたら、たちまちあの気迫に呑まれてしまうことだろう。俺の精神など、何秒「持つ」のだろうか。


「瀧上さん? あ、確かに全然こっちで食べとらんなぁ――って、まさか龍太ッ!? あんた、あんたまさかっ……!?」

「なんで意地でもそっちへ繋げようとすんの!?」

 ……まぁ、そんなことを今考えたところで、意味はないんだけどな。それに、辛気臭い面でバーベキューだなんてバチが当たるにも程がある。

 それに、串に刺さった肉と野菜を食ってる以上、あんな調子でもバーベキューに参加している意識はあるのだろう。お代わりを貰いに来た時にでも言葉を交わせば、四郷のように上手く行くかも知れない。


 そんな淡い期待を言い訳にして、俺は彼の存在を頭から離すかのように、救芽井達の輪の中へと帰還する。

「……さて。おっ、これ肉でかいじゃん! いっただきぃっ!」

「龍太君ダメよ! ちゃんと野菜も食べないと、食物繊維が不足しちゃう!」

「そうざます! 明日は大切な日なのですから、体調管理にも気を遣って下さいまし!」

「何を言うか! バーベキューとは欲望を巡る骨肉のサバイバル! そんな正論が力の世界で通用するとでも――ってあれ?」

「はふはふ! ふははは、バカめ! はふはふ、貴様の狙いは、はふはふ、ワガハイが喰らってやったわ! はふはふ!」

「……いや、熱いんだったら無理すんなよ」

 俺の手を掴んで制止を試みる救芽井達や、出来立てアツアツの串を突っ込んで熱に苦悶する茂さん。相変わらず騒々しくはあるが、どことなく愉快な気持ちにさせてくれる空間が、ここにはある。


「……美味しい……」

「だろう? なにせ、矢村先生が直々に焼かれたお肉ですからなぁっ!」

「もっ――もぉ龍太ぁっ! 褒めても何も出んけんなっ!」

「あら、これ肉たっぷりじゃなーい! 頂きっ!」

「あ、あー! それ、龍太の分に焼いた奴やのにぃぃっ!」

「お肉の味が愛情ごと染み込むわぁ〜……。あなた、いいお嫁さんになれるわよっ」

「えっ!? そ、そやろか……。え、えへへ〜、それほどでもあるんやけどぉ〜!」

「……矢村さん、おだてに弱すぎ……」

 そんな中に、今は四郷もいる。相変わらず口数は少ないが、こうしてみんなの中へ溶け込んで言葉を交わしている光景など、昨日までは想像も付かない状況だ。

 ――そう、彼女だって、こんなに変われたんだ。あの人だって、話せば何か、掴めるかも知れない。


「瀧上のことが気になるかね? 一煉寺君」

「あ、伊葉さん」


 ふと、俺の胸中を見透かしたような声が聞こえて来る。口調は穏やかだが、振り返った先に見える表情は、どこか曇りを含んでいるように見えた。

「……あの人、ずっとこっちに来ないんですよ。なんていうか、壁を作ってるっていうか……」

「そうだろうな。今の彼は、そういう男だ」

「『今』は……?」

「ああ。君は、昔の彼によく似ているのだよ。故に頼もしく――そして、恐ろしい」

 重々しく呟かれるその一言は、様々な感情がないまぜになったかのような、複雑な声色を湛えていた。


 懐かしむ気持ち、哀しむ気持ち、そして何かを恐れる気持ち。それが何から来るものなのかも、何処へ向けられているのかも俺は知らない。……が、瀧上さんに関わっていることだけは、恐らく間違いないのだろう。


「……龍太君、聞きたいことがある。君は『絶対に正しいこと』が何か、知っているか?」

「えっ……?」


 その時、伊葉さんと瀧上さんの関わりについて思案に暮れていたところへ、彼はやけに漠然とした質問を投げ込んできた。


 ……「絶対に正しいこと」……? なんだってんだ、急に……?


 表情を伺えば、それがいかに真剣な質問であるかはすぐにわかる。バーベキューやってる最中にブッ込むような話題ではない気もするが。


「うー……ん……。『人の命を救うこと』、かな? ホラ、俺が所属してることになってる救芽井エレクトロニクスって、そういうコトのための機械を作るのが仕事なんだし。それに、俺がかじってる少林寺拳法にも『不殺活人』って概念がある」

「なるほど。では、例えばの話だが……君が『人命救助』がモットーの救芽井エレクトロニクスに、正式に身を置いた人間であるとしよう。目の前で助けを求めている人間が『大勢の人間を危めた大罪人』であったとして、もし『助ければ同じことを繰り返す』と解りきっていたとしたら……迷いなく助けられるか?」

「な、なんですか、それ?」

「いいから答えてくれ。君の率直な意見を知りたい」


 俺が思うところを述べた途端、次はやけに限定的なシチュエーションを持ってこられてしまった。大勢の人間を危めた大罪人……? 何の話なんだよ、コレ……?


 ――しかし、「助ければ同じことを繰り返す」……か。もし助けたとして、それで本当に誰かが犠牲になるとしたら……?


 ……いや、着鎧甲冑は『人を助けるために』作られた技術だ。それに、人を『活かす』ことは少林寺拳法の教えにもある。


 ――「人を救うため」に在る救芽井エレクトロニクスに付いていながら、「不殺活人」を目指した少林寺拳法に帰依していながら、それらを捨てる真似なんて、許されるはずがない!


「――助けますよ。……きっと、迷ったり、悩んだりはするかも知れません。それでも、見捨てる方向には進めないでしょうね。そうするには、取れるはずもなくて――取る気も起きない、誰かさん達の許可が要りますから」


 家族みんなで描いた夢のために、敵うはずのない敵へ挑もうとしていた――生真面目で、融通が利かなくて、頭がいい癖にいつもがむしゃらで……それでいてひたむきで、一生懸命な少女。

 俺を守るためとか言いながら、一人で勝手に鍛えてたり、俺にベタベタに甘かったり、俺のためとか言って道院に引きずり出したり……。そして、挙げ句の果てにいきなり厳しくなったりして――今ある俺を、ずっと傍で育ててくれていた、一番の家族。


 その二人の顔がふと過ぎった瞬間、気がつけば俺はそう答えていた。これ以外の答えは、いくら考えても見つからなかっただろう。

 直感に過ぎないし、何の根拠もないけど……そうとしか思えなかった。


「……そうか」

 それを真正面から受け取った伊葉さんは、納得したような残念なような顔をする。

 もし、見捨てるべきだというのが大人の選択だとするなら、俺の子供染みた直感回答など、大ハズレもいいとこなのだろうか。


「ちなみに、私が用意していた回答はこうだ。――『わからない』」

「え……!?」


 ――だが、彼が望んでいた正解の正体は、俺の回答でも俺が予想する大人の回答でもなかった。……何の意味も持たない、空白が答えだったのだ。

 ……どういう、ことなんだ……?


 俺がその意味を問おうと口を開くよりも速く、彼はこちらを静かに見据えて、語りはじめる。

「助けるか、助けないか。どちらにもメリットはあり、デメリットもある。助ければ再発のリスクは抱えるが、背負う使命は全うされる。助けなければ使命に背くが、再発の可能性は完全に消え去る」

「使命って……。助けようって選択は、俺が決めたことです。別にそんな大層なモンじゃ――」

「同じことだ。動機が救芽井家の信条や少林寺の教えに基づく『使命』であろうと、君自身の『意志』であろうと、行為自体の内容は変わらないだろう。助けるという行為に至る動機には、意味はない。見返り目当てであろうと、実益として人の助けになれば礼は得られるように、な」

 経験を積んだ大人というのは、こうまでドライな存在なのだろうか。俺の主張を「意味がない」と一蹴すると、何も言われなかったかのように話を再開してしまう。

 これだけ冷たい言い草だというのに、口調そのものは穏やかさを崩していない。些細なことかも知れないが、俺にはそれが不気味に感じられてならなかった。

 ――俺の知らない「世界」が、彼の中で広がっているように見えたから。


「――君は二つの選択の中で、助ける道を選んだ。それで不幸になる人間が出る可能性を考えずに、だ」

「そ、それは……」

「だが、それを悪い決断だとまで言うつもりはない。自分の味方が抱える想いや、自分という存在を成す概念を守ろうとする。その信念は素晴らしいものだ。だが、それは一方で危険なリスクを生む、もろ刃の刃であることを忘れてはならない」


 そう語りながら、伊葉さんは未だに串を持ったまま、遠くに立っている瀧上さんへと視線を送る。その眼差しには、瀧上さんと同様に、この世界とは違う場所を見ているかのような、手の届かない何かへの、儚さのような色があった。

「曖昧にせず、何かをはっきりと選ぶのは良いことだ。だが、それは全てのメリット、デメリットを把握した上で悩み抜き、最後の最後で結論を出す場合に限る。君のような若さに溢れた者が、いくら全てを見極めようとしても、どこかで必ず『粗』が出るだろう。その結果として生まれる悲劇を、人は『独善』と呼ぶのだ。君がその答えを決めるには、いささか早すぎる」

「……だから、『わからない』のが正解だと……?」


「その通り。若いうちから決めた答えを後生大事に引きずり、何が正しいかで悩む道を放棄した人間に正義はない。無論、正義を持たないのは私も同様だ。人が一生の内で、『何が正しいか』による『悩み』と『決断』を、天寿を全うする瞬間まで永遠に繰り返す。それが、私の信じる『正義の味方』の姿なのだからな」


「……正義の、味方……」


 夜空を見上げ、絞り出すような声で呟く彼の姿は、まるで星々に向けて懺悔しているかのように見えた。


 ――そして、そんな彼が最後に口にした単語を、俺は無意識のうちに復唱していたのだった。



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