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「正義の味方」の軌跡

 松霧町(まつぎりちょう)には、ヒーローがいた。


 弱きを助け、強気をくじく。

 その言葉通りの男になろうと、邁進する少年がいたのだ。


 年老いた女性がいるなら、行き先までおぶり。

 引ったくりを見つければ、何はさておき飛び出して行き。

 強盗が出たなら、危険を省みず立ち向かう。


 そんな、まるで漫画やアニメの中にしかいないようなヒーローが、何もない小さな町に実在していた。


 さらに、彼の傍には優秀な頭脳を持つ恋人がいた。


 彼女はヒーローとして正義を全うする少年に恋い焦がれ、ひたむきに彼に尽くしていた。

 より凶悪な敵に立ち向かうための装備を、自らの能力を持って生み出して行ったのだ。


 度重なる戦いに傷付けば、親身になって看病した。敵わないと知ってなお、困難に立ち向かおうとする恋人のため、機械の体まで作り出してしまうこともあった。


 そんな彼女の気持ちは、ヒーローを目指す少年の想いを惹き付け、二人はますます固い絆で結ばれていった。


 少女の作り出す機械の鎧を以って、悪を裁きつづける少年。

 やがて彼は、自分が戦うべき敵の存在が、「外の世界にいるのだ」と悟ってしまう。


 少年は恋人の制止を振り切り、世界中の戦場に旅立ったのだ。


 己の欲望のため、人々に戦争を強制し、私腹を肥やす政治家や、資産家。

 そういった種類の人間を、少年は次々に「退治」していった。

 それが正義なのだと、誰よりも確信して。


 血に染められた彼の拳に震える恋人を見ても、少年は止まらなかった。


 戦場の渦中に飛び込んでは、銃を持つ人間を一人残らず叩き潰し、同じ年頃の兵士さえ手に掛けていく。

 自分の行いに悲しむ恋人の涙さえ、この時の彼には「正義のヒーローへの感涙」としか映らなかった。


 やがて彼は、武器を持たない人間にさえ手を上げるようになっていた。


 自分を悪と罵る者。

 自分を正義と認めない者。


 その全ての存在を「悪」と断じる少年は、彼らを決して許さなかったのだ。

 汚れなき正義の証だった、純白の鎧。それはもう、彼自身の「正義」故に真紅へと染め上げられていた。


 多くの人々が彼の「正義」のために犠牲となり、数えきれないほどの血と涙が流された。


 親を殺された者。妻子や、周囲の友人達まで皆殺しにされた者。血の池ができるまで、罪なき人々さえ命を奪われたのだ。

 そして、残された者達は怒りと憎しみだけを背に少年に挑む。だが、その涙と怒りさえ、彼の「正義」は「悪」としか見なかった。

 結果、復讐さえ許されないほどに人々は蹂躙され、反撃を企てた者達は次々に鴉の餌にされた……。


 何を間違えたのか。どこから間違えたのか。

 いつしか変わり果てていた恋人の姿に、少女は泣き叫ぶことしかできずにいた。


 だが、少年は彼女の想いに気づくことなく、「正義」のために恐るべき提案をした。


 更なる「巨悪」を倒すため、自分と同じ力で、共闘する相棒を欲したのだ。


 しかも彼が指名したのは、少女にとっての唯一の肉親だった、彼女の妹。

 幼さゆえ、何も知らずに少年をヒーローだと信じ込んでいた妹は、姉の気持ちに気づかないまま、彼の誘いに乗ってしまった。


 もはや狂気の域に達していた、少年の「ヒーロー」への熱意は、恋人を恐怖により従わせる強制力と化していたのだ。

 そして彼に逆らうことができないまま、少女は最愛の妹に、恐るべき力を授けてしまう。


 その結果、何も恐れるものがなくなった少年は、恋人の妹を引き連れ、「粛正」を行ってしまった。


 彼が標的としていた軍人のみならず、罪なき人々までが、ヒーローだったはずの少年に焼き払われる姿。


 その光景を目の当たりにし、自分もそれと同じ存在だという現実を突き付けられた妹は――心を壊し、生きた人形となった。


 天真爛漫だった妹の変わり果てた姿に、ますます苦しめられる少女。そんな姉妹をよそに、少年は自らの正義を為せる力に酔いしれていた。


 ――だが、その時は長くは続かなかった。


 彼の行う「正義」を恐れた日本政府は、「凶悪なテロリスト」として、彼を排除せんと動きはじめたのだ。

 「正義」を行ってきた自分を祝福するべきだ、と思っていた政府に攻撃され、少年はさすがに戸惑いを隠せなかった。


 世界から見た少年の姿は、誰もが認める「悪鬼」だったのだ。


 この事実に怒り、認めようとしない彼は、自分が「正義」であり、政府こそ「悪」だと信じて疑わなかった。

 それゆえ、精神的に半死状態だった恋人の妹まで連れ出して、日本政府との全面戦争に打って出ようとしていた。


 しかし、もはや少年に勝ち目はなかった。


 機動隊の物量に押される上、戦意のない妹は、戦いに参加しようともしない。

 どれだけ強くても、たった一人で勝てる戦争などありえないのだ。


 敢え無く惨敗を喫した少年は、傷付いた体を引きずり、表舞台から姿を消してしまう。

 その恋人と妹も、彼に付き従う形で世間から姿を消した。今の彼に抗う力など、ないのだから。


 一方、日本政府としても、彼らが消えていったのは好都合だった。

 「世界中の紛争に介入し、殺戮を重ねていた日本人」の存在を認めれば、国際社会に深刻な支障をきたしかねないからだ。

 「正義」を行う少年らが姿を消すとともに、政府も彼らの存在は記録から抹消してしまった。今では、政府の要人ですら彼らのことは知られていない。


 ――そうして、松霧町から誕生した「ヒーロー志望」の少年が姿を消してから、十年の時が過ぎた。



 悲劇の再来が迫ろうとしていることに、誰ひとりとして気づかないまま……。




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