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着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー  作者: オリーブドラブ
第二話 久水家にて、ひと悶着あり
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紅白戦開幕

 屋敷の裏手には、庭園に包まれた広大なヘリポートがあり、その手前にはアスファルトの広場がある。

 五十メートル四方に広がったこのスペースは、元々ヘリで運んできた物質を置いておく「荷物置き場」としての役割があったらしい。俺をそこまで案内してくれた一人のメイドが、丁寧に教えてくれた。


「茂様と梢様のご両親は今、療養のため京都にご隠居されております。本家もそこにあるのですが、お二方はこの辺りに長期滞在したいと言って聞かないのです」

「妹の方はともかくとして……お兄様方の理由は簡単に察しがつくな」

 決闘場まで連れてってくれた後も、メイドはいろいろと久水家についての情報をくれた。……茂さんとしては、ただ救芽井に会いたかったから、この町に近付こうとしたってとこなんだろうなぁ……。

 メイドによると、この屋敷のデザインも茂さんの趣味によるものらしい。別荘とは言え、「趣味」の感覚で家を建てられる久水家の財力を前にしても、大して驚きがないのは、多分……いや、間違いなく救芽井のせいだろう。


 その救芽井といえば、今は俺の後ろで矢村と一緒についてきている。

「茂さん、私の前で龍太君に随分なこと言うじゃない……。後で覚えてなさいよ」

「龍太がアタシのために、あんなに……。ふらぐって言うんちゃう? これっ!」

 ――何やら物騒なコトを呟きながら。言ってることのヤバさなら、矢村様も負けてはおられぬようですが。


「ところで一煉寺。あなた勝算はありますの? お兄様は財力のみに依存せず、着鎧甲冑を使った格闘技術の強さを以って、『救済の龍勇者』の資格を勝ち取った猛者ですのよ」

「……救芽井さんや一煉寺さんを除けば、着鎧甲冑の所有者としては最年少……」

 ただ事ではないオーラを放っている、後ろの方をチラ見している間に、今度は前に立っている久水と四郷が声を掛けて来た。どうやら、茂さんも茂さんで、結構な実力派らしい?


「勝算なんてあるわけないだろ。ほとんど初対面なんだから、計算のしようがないって」

「あらあら、あんな啖呵を切った割には、随分と弱気ですこと」

「目測が立たないってだけだよ。簡単に負けるつもりはない」

「……そう、ざますか」

 ――そう。俺は茂さんがどれほどの強さなのかは知らない。こっちが非売品の特注モノで臨める分、俺の方が有利ではあるかも知れないが、それでも必ず勝てる保証にはならない。

 もし向こうが古我知さんを遥かに超える実力だったなら、恐らくただでは済まなくなるだろう。だからといって、怖じけづくわけにもいかない。

 事実、今しがた久水が言ったように、俺はおもいっきし啖呵を切ってしまった。ここまで来たからには、最後まで抵抗しまくる他あるまい。


「ついに来たな、一煉寺龍太。覚悟が出来たなら、ここへ来いッ!」


 しばらくは広場の中央で、俺達を待ち受けていた茂さんだったが、俺が女性陣と喋ってばっかなのが気に食わなかったのか、声を張り上げて挑発してきた。その叫びと共に、彼の脇を固めていた使用人達が、蜘蛛の子を散らすように離れて行く。

 俺は案内してくれたメイドを含む、全員に「それじゃ、行ってくる」と言い残すと、アスファルトで固められた戦場へと踏み込んでいく。

「龍太君、負けないで! もし負けたら、こ、子作りの刑だからね!」

「ホントやで! 負けたら既成事実の刑やからな!」

「な、な、な、なんざますか!? そのハレンチな刑はッ!」

 ……不穏なエールを背に受けて。


 茂さんは俺が近づいてくると、口元を吊り上げて「腕輪型着鎧装置」を構えた。俺もそれに続くように、赤い腕輪を巻いた手首を、唇に寄せる。

「ついにこの時が来たな! 貴様が不当に得てきたもの、全て奪い返してくれる!」

「……あんたから、何かを奪った覚えはない。悪いけど、『守らせて』もらうよ」

 そしてお互いの視線を交わし、同時に身構え――


「準備はよろしいですね? では、チャクガイカッチュウゥゥウッ、レディィィファイィッ!」


 ――セバスチャンの、見かけによらない超ハイテンションな掛け声と共に、いよいよ試合が始まった。


 開幕と同時に、茂さんは「着鎧甲冑ッ!」と叫びながらこちらに突進してくる。白い光の帯に包まれたツルツル王子が、あっという間に俺の視界を埋め尽くそうとしていた。


 ……ち、思ってたよりずっと速い!

「――着鎧甲冑!」

 俺は茂さんより一瞬遅れて、「腕輪型着鎧装置」に音声を入力する。程なくして、真紅の腕輪から同色の帯が飛び出し、俺の体に絡み付いて来る。

 だが、それを待っていたら先制攻撃を受けてしまう。既に茂さんは着鎧を終え、「G型」特有の非殺傷電磁警棒を構えていた。


 彼の得物を持つ右手が水平に振られた瞬間、俺は咄嗟に身を屈めるように腰を落とすと、電磁警棒の一閃を潜るように前方へ転がる。


 そこから受け身をとるように体勢を整えた頃には、既に俺は「救済の超機龍」に着鎧していた。お互い、これでようやく土俵に上がったようだな。

 赤いヒーローと白いヒーロー。まさしく紅白戦である。

「存外に素早いな。それも『救済の超機龍』の賜物か」

 背後に回られたと悟り、一瞬で体の向きを切り返す茂さん。どうやら、かなりスピードに長けた人らしい。

 彼が発した一言に、救芽井は「なんであなたがそれを!?」と驚きの声を上げていた。そのことについても、後でじっくり聞かせてもらわないとな。

「ふん、まぁそんなところ……うぷっ!」

 そして、避けたのが俺の実力だと認めようとしない茂さんに対し、「そんなところだ」と肯定しようとした時。俺のハラワタに詰まりきった食物が、悲鳴を上げた。


「……ふふん、強がってはいても、やはり体は正直だったようだな」

「――うえっぷ。そこだけ切り取ったら、なんかエロ同人みたいだな」

「ほざけハレンチ庶民がッ!」

 ある程度は予想されていた「胃もたれ」に思わず片膝をついた俺だが、相手のペースに飲まれないために敢えて軽口を叩く。

 そんな態度が気に食わなかったらしく、茂さんは声を荒げて襲い掛かってきた。やめて! 俺に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいにっ!


 ――などとふざけていられる分、俺にはまだ余裕があるらしい。俺は吐き気と戦いながら、電磁警棒を持つ手首を払って攻撃をいなし、間合いを取った。

「うえ、気持ちわりぃ……。やっぱ食後って運動するもんじゃねぇなぁ……」

「ならばさっさと降参するがいい!」

 戦う前から大量のメシを盛る、という姑息な手段について、救芽井や矢村からヤジを飛ばされているせいか、茂さんもかなりムカムカしてるらしい。逆恨みもいいとこだけど。

 弓のように引き絞られた肘から、真っ直ぐに突き出される電磁警棒の先端を水平にかわし、俺は再び距離をとった。今の状態で反撃なんかしたら、反動で戻しかねない……。しばらくは逃げ回って、消化を待つしかないだろう。


「貴様……なぜ電磁警棒を使わない? その腰にある武器は、何のためにある?」

「使う気がないからさ。『チャンバラごっこ』は俺の趣味じゃないからね」

「なんだと……!」

「それでも腰に提げてるのは、まぁ俗に言うハンデって奴だ。使いもしないアイテムをぶら下げて戦えば、多少はあんたにとって有利だろ? うぷっ」

 コンディションを崩して弱らせているはずなのに、攻撃が当たらないことに苛立ちを隠せずにいる茂さんに対し、俺はさらに煽るようなことを口にする。


 ――まぁ、言ってることは事実だ。あくまで「兵器」として扱わず、人を「守る」ためだけに作り出された着鎧甲冑の装備を、得意げに「武器」と言い切ってしまうような輩の前で、同じ手段を使う気にはなれない。そもそも、俺は彼ほど電磁警棒みたいなアイテムには慣れちゃいないしな。


 ……それでも茂さんがめちゃくちゃに強かったなら、使いもしない電磁警棒なんて捨てて、身軽になる作戦も検討できた。

 だが、さっきまでの動きを見ていればわかる。彼の攻撃は――読みやすい。それこそ、腹痛でろくに動けない俺でも、見切りさえすればかわせるくらいに。

 彼はスピード自体は相当なものだが、無駄なモーションが多過ぎる。カウンター専門の俺からすれば、避けてくださいと言っているようなものだ。


 そして、さっきの茂さんの言い草で、救芽井がどんな感情を抱いたかが気になった俺は、チラリと彼女の方を見遣った。


 ――案の定、悲しげな顔をしている。


 兵器ではないのに。あくまでも、人を守るためなのに。

 「技術の解放を望む者達」のような、完全な兵器化を回避するために、やっとの思いで生み出されたはずの「G型」なのに。

 それは今、「兵器」と見做されかけている。「G型」が誕生した経緯も、公表されているというのに。


 よりによって、自分に相応しいと豪語している人間にそんなことを言われてしまったのが、哀しくてしょうがない、という顔だったのだ。


 そんな彼女の表情を見た時。

 俺は懐かしいような、もどかしいような感覚を覚える。


 ――いや、「思い出す」という方が的確だな。


 「怒り」と形容するべき心の流動が、全て体の芯に納められ、頭の中だけがスーッと冷え切っている。脳みその中だけは静かなのに、体全体は焼けるように熱い。

 それと同時に、頭の中でぐるぐると回っていた考え事が、「胃の消化を待つ」ことから「茂さんをぶちのめす」ことへと、一瞬で切り替わってしまった。まるで、スイッチがオンになるように。


 これは……俺の知ってる感覚だ。


 あの冬休みの時、喫茶店に押し入った強盗が、救芽井の胸に触った時。俺は、冷めた頭と熱い体が同居している状態で、彼らと戦った。

 ……また、ああなろうとしてるんだな。厄介な性分だよ、全く。


 おかげで――


「貴様ァァ! ワガハイを嘗め――ガハァッ!?」


 ――気持ち悪くてしょうがないのに、一発ブチ込んじゃったじゃないか。うげー。


「……ったくよぉ。そんなに『怒らせる』のが上手いなら、資産家なんて辞めてマタドールにでもなったらどうだ?」

 本能に行動を任せた結果、俺は電磁警棒を振り上げて、突進してきた茂さんの水月に、腰の入った突きを入れていた。

 予想外の反撃を、よりによって急所に叩き込まれてしまった茂さんは、俺より吐きそうなうめき声を上げて、うずくまってしまう。


 その一瞬の反撃に、周囲からは驚きの声が上がる。久水やメイド達だけではなく、救芽井と矢村も随分たまげているようだった。

 ……四郷だけ、相変わらずの無反応だけど。

「えっ……!? 龍太君の突き、あんなに速かったかしら……!?」

「い、一煉寺!? あなた一体……!?」

 ――そこまで驚くか? 普通。


 ま、俺も救芽井がいなかった間の高校一年間、遊んでたわけじゃなかったからな。

 今思えば……この時のためにあったのかも知れない。去年の――兄貴との修練は。



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