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着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー  作者: オリーブドラブ
第二話 久水家にて、ひと悶着あり
17/103

出発前から俺のストレスがマッハ

 ――意識が回復した時、俺は正座していた。


 ……何を言ってるのか自分でもよくわからないんだが、とにかくそういうことになっていたのだ。

 救芽井に殴られ、暗転していた視界が元の光を取り戻した時、俺は彼女の前で正座させられていた。その隣で、矢村も同じように正座している。

 ――その矢村によると、殴られた後に無理矢理体を起こされて、気絶したまま正座させられていたらしい。ベッドか床に寝かすモンだろ、そこは普通……。


「しんっじられないっ! ノックもせずにドアを開けるなんて! 私の身体をなんだと思ってるのっ!?」


 俺がノビてる間に着替えは済んでいたらしく、緑の半袖チュニックに黒のミニスカという格好で、救芽井は俺を見下ろしていた。覗かれた怒りと恥じらいで、顔はシモフリトマトの如き赤色に染まっている。

「いやぁ……ハハハ、ある種のサプライズ的な感じにやってたんだけどさ。まさかお着替えの真っ只中でいらしたとは――ふひぃっ!?」

「そんなサプライズお断りよっ!」

 正座している膝の傍に、ドスンとじだんだを踏む救芽井。そこから発せられた振動が衝撃波となり、俺の芯に響き渡る。

 そしてその反動で僅かに翻る、彼女のきめ細かい白肌とは対照的な黒き布。おっ……白かッ!?


 一方で、俺の隣で同じように正座している矢村は、面白くなさそうな視線を救芽井に向けていた。――救芽井の、胸に。

「む、むぅ〜……! あんなにおっきいのに、まだ小さく見せとる方やったんか……!? ブラがキツキツになっとったし……」

「こ、これ以上のサイズが店に置いてなかったのよっ! 仕方ないじゃない! ……この仕事が終わったら、もっと大きいの作らせなきゃ……」

 着替えを見られて余裕をなくしているせいなのか、男の俺が傍にいるというのに、救芽井は随分とハレンチな返答をしている。市販のブラに収まらない胸って一体……。


「わ、悪かったって、勘弁してくれ! 同じマネはもうしないから!」

 ……ひとまず、この場をどうにか収めないことには、話が進展しない。俺は両手をひらひらと振り、なんとか宥めようと試みることに。

 安易な思いつきでやるもんじゃないな、サプライズってのは。


「――ふ、ふん。まぁ、今回だけは特別に許してあげる」

「ホ、ホントか?」


「……どうせ、結婚したら……好きなだけ……」


「結婚? 好きなだけ?」

「な、なんでもないっ」


 ――最後に何を言っているのかは要領を得なかったが、とりあえず許してくれたみたいで一安心だ。

 救芽井は「準備するから外で待ってて」と言うと、俺達をそそくさと追い出し、でかい肩掛けバッグになにやらいろいろと詰め込み始めていた。……まるで修学旅行だな。


「許してくれたんはええけど……救芽井、なにをあんなに持っていく気なんやろか?」

「さぁなぁ……。あいつのことだから、なんかややこしい機械でも持ち込むつもりなんじゃないか?」

 着鎧甲冑を整備したり、それを使った行動をモニタリングしたりするパソコンや、人体の傷や疲労を、膨大な電力と引き換えに取り払う医療カプセル。

 そんなビックリドッキリメカの数々を抱えてるような救芽井家の娘が、普通の荷物で来るわけがない。ましてや、今回は救芽井エレクトロニクスの命運を握りかねない、重大なイベントなんだから。


「一煉寺様、矢村様。リムジンの準備が整いました」

 救芽井の部屋から出るなり、グラサンのオッサンが暑苦しく出迎えてくれる。

「……もうこれくらいじゃ驚かなくなっちまったな」

「アタシら、絶対マヒしとるで……」

 俺達は肥やしてしまった(?)目を互いに交わすと、一斉にため息をつく。リムジンってアレだろ? 席が長〜い高級車のことだろ? なんで山に行くためだけにそんなモン使うんだよ……。


 どうやら、救芽井エレクトロニクスに「現地の交通機関を使う」という発想はないらしい。なにをするにも、自前のものじゃないと信用できないんだろうか。

「お二方、車の方はこちらに――」

「あ、あぁいやいや、救芽井がまだ来てないからさ、ここで待つよ」

「――かしこまりました」

 オッサンはまるで機械のように引き下がると、俺達が来る前の位置に戻っていった。……こんな居心地の悪い護衛達が、四六時中ピッタリくっついてんのか? 救芽井も大変だなぁ。


 ――そして、そんな救芽井エレクトロニクスの体制に、今後も付き合って行かなくちゃならないわけだ。少なくとも、婚約者って立ち位置にされてる俺は。


「……やれやれ。金持ちってのも、楽じゃないんだな」

「失礼ね! 私がいつも楽ばっかりしてるっていうのっ!?」


 先行きが果てしなく不明という事実。それに頭を抱えようとしたその時、準備を終えたらしい救芽井が、肩掛けバッグを持って出てきた。

 さっきの俺の独り言を悪い意味に取ったのか、不機嫌そうに頬を膨らませている。

「い、いやいや、そういう意味で言ったんじゃねぇよ。ただ、お前ん家の事情について、全然知らなかったんだなーってさ」

「むぅっ……ホント?」


「ホントにホントだよ。――それで? 準備の方は出来たのか?」

 あんまり彼女とこの話題を引っ張り続けてると、横にいる矢村が露骨にイラついた顔をするので、俺は早急に話題をすり替えた。

 向こうはそれで特に怒ったような反応は見せず、ちょっと恥ずかしそうに「うん、まぁ……」とだけ返してきた。なんかマズいこと聞いたかな?


「なんか怪しいなぁ……変なもん持っていく気やないの?」

「そ、そ、そんなの入ってないもんっ!」

 その僅かな反応から、矢村が訝しむような視線を彼女に向ける。それに対し、救芽井は矢村から隠すかのようにバッグを抱きしめ、必死に反論していた。

 その頬が羞恥の色に染まっているのは明白であり、矢村の言うことが「当たり」である可能性を伺わせている。……なんだってんだ? 「お気に入りの枕じゃなきゃ眠れない」とか言い出す気じゃないだろうな。


「あーもう、何持っていこうが本人の勝手だろうが。その辺にしとけって」

 これ以上無駄に喧嘩しても、疲れるだけだ。俺は中立的(?)な立場を取り、なんとか仲裁を――

「むぅ……何を持っていくんが知らんけど! それで龍太に、エ、エッチなこととかしたりししよったら許さんけんな!」

「は、はぁっ!? そそ、そんなハレンチな物なんて持ってるわけないじゃないっ! 酷い言い掛かりよっ!」

 ――いや、俺の制止など、どこ吹く風、である。つか、お前ら一体、何を想像して喧嘩してるんだ?


 ……結局、二人の口論はそのまま止まることなくエスカレートしていき、いつしか「どちらの方が俺のことをより理解してるのか」という話題に逸れていた。

「知っとる? 龍太はあんたと離れとる間に、背が十四センチも伸びたんや! あんたが思っとるより、ずうっと大人になっとんやで!」

「なによ、それくらい見ればわかるわよ! ……氏名、一煉寺龍太。生年月日、二〇十二年五月二十日。血液型はA型。家族構成は両親と兄一人の四人家族。身長百七十三センチ、体重六十八キロ。好物はフライドポテトとチキンナゲット。嫌いな物は英語と数学。……どう? 調べればもっと出てくるわよ!」

「――お前ら何の話してんだよッ!?」

 オッサンの案内により、エレベータで下に降りる最中でも、その論争はこうして熾烈を極めていた。

 仲裁を諦め、放っておこうとも一時は考えたものの、野放しにしていたら俺のプライバシーが破滅を迎えそうになるので、迅速に止めることにしたのだ。


 ――つーか救芽井ィッ! お前それどっから調べて来たァ! ソースはどこなんだァッ!


 ……そんな俺の胸中は、顔にまざまざと表出していたらしく、救芽井は俺の表情を見て、悪戯っぽく笑って見せた。

「婚約者のことは何でも知ってなきゃ、ねっ?」

「……頼むから、そういうことは俺に直接聞いてくれ」


 恐ろしい外見のオッサンに囲まれたり、プライバシーを暴かれたり……。救芽井が絡むと、俺の平穏(?)なる日常がバイオレンスアドベンチャーと化すんだよなぁ……。


 ――ま、こういう経験も案外アリだったりするのかも知れないし、ここは前向きに行った方がいいのかもな。


 と、いう具合に俺が気を持ち直した頃、俺達三人はマンションを出て、ようやく駐車場に到着していた。広々とした黒いアスファルトの中心に、黒塗りの長い四輪車が待ち受けている。

「こちらになります!」

「荷物をお預かりします!」

 相変わらずたじろぐ暇もなく、従業員達がササッと俺達の荷物を掻っ攫ってしまう。数秒後には、三人分の荷物がリムジンのトランクに詰め込まれていた。


 その作業の流れを、まるで当然のことのように眺めている救芽井。お前、マジでこの二年間でなにがあった……。それともコレが素なのか?

「それでは皆様、こちらの御席になります」

 グラサンのオッサンが運転席につくと、他の従業員さんがドアを開けてくれる。運転席と助手席の、すぐ後ろの列の席だな。


「あ、ど、どーも……」

 イマイチこのノリについていけず、俺はたどたどしい動きでリムジンの中に乗り込んだ。

 座席に敷かれた綺麗なマットが、腰を乗せた途端にふわりと揺れ、ゆったりとした乗り心地を感じさせられる。

「おおっ!」

 リムジンなんて初めて乗るから、この快適さが高級車ゆえなのか救芽井家用ゆえなのかはわからない。ただ、かつてないほどのリッチな世界に、直で触れていることだけは確かだった。


「す、すごいなぁ龍太!」

 反対側から乗り込んでいた矢村も、同様の気持ちらしい。普段以上に子供っぽくはしゃぐその姿に、いつもなら意識しないような愛らしさを思い知らされてしまう。

「あ、あぁ、そうだな……」

「ちょっと龍太君! なぁにテレテレしてるのよっ! 早くシートベルト締めなさいっ!」

 そんな俺の何がそんなに気に入らないのか、助手席に座っていた救芽井がジト目で叱り付けて来る。うひ、こえーこえー。

「ふっふーん。どや? これがキャリアの差ってもんなんやで?」

「キャ、キャリアなんて過去の産物に過ぎないわ! 大切なのは、これからの思い出――」


 そこで、何かを思い出したかのように、二人の表情が急激に凍り付いた。

 掘り返してはならない。思い出してはならない。そんな忌むべき記憶を、ふと蘇らせてしまったかのように。


「……そうやなぁ。キャリアなんてモンにこだわったらいけんよなぁ……!」

「そうそう……。未来を見据えることこそ、何より大事なことなのよ……!」

 すると何が起きたのか、あれだけ対立していた二人が、急に意見を合わせはじめた。その眼に、どす黒い炎を宿して。


「お、おい? どうした二人とも――」

「久水……!」

「梢ぇえぇ……!」

「ひぃぃい!?」


 一体どうしたのかと俺が訪ねるより先に、二人は窓から裏山の方角を般若のような形相で睨みつけた。今にも五寸釘を打ち出しそうだ……。

 そんな彼女達にビビる俺を尻目に、救芽井と矢村は、口々に久水へ恨み節を吐きつづけていた。その殺意の波動張りのオーラに震えるオッサンが、リムジンを発車する瞬間まで。


 俺達を乗せたリムジンの出発時には、ほぼ全ての従業員がズラリと並んで見送りに来ていたのに、当の車内は手を振って挨拶するどころの状況ではなくなっていたのだった。


 ――そう。前向きに行こうとした瞬間、出発直前で心を折られた俺は、窓に張り付いて怯えるしかなかったんだ……。



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