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着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー  作者: オリーブドラブ
第二話 久水家にて、ひと悶着あり
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夏合宿のような決闘のような技術競争

「『必要悪』、ねぇ……」

「ああ。……俺と同じくらいの体格の男だった。何か知らないか?」


 部室に帰還した後、俺は救芽井にいきさつを説明した。

 無関係なおばちゃんを踏切に投げ込み、俺が助けに行くのを期待していたという、「必要悪」と名乗る白装束の男。

 奴が何者なのか、救芽井なら何が知っているんじゃ……?


「あいつ、俺の名前や『救済の超機龍』のことまで知ってるみたいだった。……そこまで理解してるってことは、救芽井エレクトロニクスの関係者なんじゃないか?」

 疑いたくはないが、「救済の超機龍」の存在は、まだ公には発表されていない。なのにあそこまで知っていたとなると、救芽井エレクトロニクス自体が一枚噛んでる可能性だってある。


「ちょ、ちょっと待ってよ龍太君! 私達が性能テストのために、無関係な人を巻き込もうとしたって言いたいの!?」

 救芽井は酷く狼狽した表情で、俺の両腕をがっしり掴んで来る。不安げな視線をこちらに向け、顔色はやや青ざめていた。

「いやいや、そこまで言ってないから。ただ、救芽井エレクトロニクスのことをよく知ってる奴だってことは、有り得るんじゃないか?」

 まさかこんなに泣きそうな顔をされるとは思ってもみなかったので、俺は慌てて両手を振って、オブラートに包んだ言い方を選ぶ。


 救芽井はその反応に心底ホッとしたような表情を浮かべると、今度は手を顎に当てて、しかめっつらになった。

「うーん……おかしいわね。龍太君が『救済の超機龍』を所持していることを知ってるのは、救芽井エレクトロニクスの中じゃ、私の家族だけなのに……」

「でも、救芽井んとこの家族に、龍太くらいの体格の奴なんておらんかったよなぁ?」

「あ、あぁ、まぁそうだな……」

 矢村の言及に生返事で頷きながら、俺は目を逸らすように窓を見る。


 ――いたけどな。今のこの町にいるはずのない奴が、一人だけ。

 だが、喋り方は同じでも、声は全然違う人間のものだった。やっぱり違うのか……?


「……考えていても、今の私達にその答えが出せるとは思えないわ。こっちの方でも探りを入れてみるから、今は訓練に集中しましょう」

 救芽井は俺の表情を見て、何かを察したように俯くと、早々にこの話題を切り上げてしまった。不自然なくらいに。

 ――考えたくなくなった、ということだろう。俺の感じた可能性に、彼女も気づいたのだとしたら。


 ……それから数日間、俺達は(本件の反省を活かして程々に)訓練を重ね、久水家との決闘に備えていった。


 非常時とあらば、何はさておき学校を飛び出し、傷病者に応急処置を施したり、または病院まで担いだり。

 そんなことが度々あったためか、「謎の赤いヒーロー」として、俺も町中に認知されるようになっていた。商店街のおばちゃん達が、俺の話をしているのを小耳に挟んだ時のこそばゆさといったら……。


 また、この町に、かの「救芽井エレクトロニクス」のお嬢様がいるということもあってか、ネット上では「同社の新製品」と噂されているらしい。売り物じゃなくてごめんね……。


 ――とまぁ、そんな「充実している」と言うべきか「死ぬほどキツイ」と言うべきか悩ましい日々を送っていた俺も、ついに決闘当日を迎えてしまったわけで。

 緊張でもしてたのか、朝の五時に目を覚ましていたのだ。


「……あー、ダメだ。目が冴えてあんまり寝れなかった感じ……」


 気だるげにベッドから身を起こし、時計を見てため息をつく。

 集合予定は十時半。一時間前に家を出ても十分間に合うくらいなのに、こんな無駄に早起きしてどうするんだと。

 ……とは言え、目が醒めてしまった今となっては、二度寝する気にもならない。俺は嫌々ながらベッドから立ち上がると、思い切り背伸びした。


 その後、部屋を出て、近くにある階段を踏み外さないように手すりに掴まる。そして、二階の自室から一階の居間へと向かった。


 ――ちょっと前まで、家族四人で過ごした空間がそこにはあった。


 テーブルを全員で囲い、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合って。そんな当たり前の暮らしが、小学校の頃までは続いていたんだ。

 厳つい親父と、おっとりしていておっちょこちょいな母さん。そして、俺にベタベタに甘かった兄貴。

 世間一般の価値観に基づくならば、きっと「うっとうしい」くらい、「幸せな家庭」ってヤツだったんだろう。


 俺が中学に上がる頃には、親父と母さんは転勤で家を離れ、去年までは兄貴との二人暮らしが続いていたんだ。

 そして今年に入ってから、兄貴も就職して家を離れた。


「……へへ。一人暮らしってのも、いいもんだよな。四六時中フリーダムなんだから、さ」


 ――だから今、この家で暮らしてるのは、俺一人だ。


 聞けば、救芽井もアメリカにいる家族から離れて、一人でこの町に住み着いているらしい。俺に会うためだけに。

 ……見上げた根性だよな。俺なんぞに会いたいがために、「自分から」家族と離れることを選ぶなんて。

 それを認めちゃう救芽井家も大概な気はするが……。


 ――だが、それだけ俺がアテにされちまってるのも事実。まるっきり応えられなかったら、それはそれで男としてマズい節はあるだろう。

 だからせめて、この決闘騒ぎだけはなんとかしてやりたい、とは思う。

 ……そのための訓練で殺されかけはしたけど、ね。


「さて! いつまでもウジウジしてらんねぇ、メシだメシ! 腹が減ってはなんとやらだ!」


 ――そう、俺が気張らんことには、その救芽井が不幸になりかねないんだ。久水茂って人のことはよく知らないから、結果的にそうなのかまではわからないけど……。

 とにかく、今の時点でそう判断されてる以上、俺はなんとしてもその人に勝たなくちゃならない。


 そのためにも、まずは腹ごしらえだ。


 俺は冷蔵庫に向かい、タマゴ二個と玉ねぎ一個、そしてサラダ油を取り出す。……朝メシを自分で作らないといけない、ってのはなかなか辛いもんだな。

 それなのに一学期中、ずっと俺のために昼メシの弁当を作って来てくれてる矢村には、マジで頭が下がる思いだ。

 出来れば日頃の感謝を込めて、手料理でもプレゼントしたい――ところなんだが、あいにく俺は料理が得意じゃないんだなぁ。

 やたら「塩辛い」いりたまごと、「焦げ気味」の玉ねぎ炒めを寄越されて、喜ぶ女はまずいまい。少なくとも、唐揚げやロースカツまで作れる矢村に渡せるモンじゃない……。


 自分の不器用さに苦笑いを浮かべつつ、俺はタマゴを割ってボールに入れ、塩胡椒を混ぜ込んでいく。それに並行して、フライパンにサラダ油をひき、あらかじめ刻んでおいた玉ねぎをぶち込んだ。

 中火で玉ねぎをじっくりと炒め、タマゴをとき、色が変わるのを待つ。出来上がったら、さっさと皿に玉ねぎ炒めを移し、再び油を使ってタマゴを焼く。


 そんな(料理としては恐らく相当に)単純な作業を経て、ようやく俺の朝メシは日の目を見ることができる。今日は特に早起きだったから、わりかし落ち着いて作ることができた。

 普段は遅刻ギリギリまで引っ張るから、適当になりがちなんだよなぁ……。今日は大事な日なんだし、早起きできて良かったかもな。


「といっても、大して美味くもないんだけどね。トホホ……」


 ――と、下手くそな男料理の味に涙した瞬間。


 テーブルに置いていたケータイが、盛大に着うたを垂れ流して着信を訴えていた。――ちなみに今のはシャレではない。ボインかつお尻の小さい変身ヒロインの定番テーマだ。

「もしもし?」

 通話ボタンを押し、着うたのメロディをぶった切る。しかし、そこから出てきた声は……。


『あ! りゅ、龍太!?』

「お、矢村か。どうしたんだ? こんな朝早くから」


 ……どうやら矢村からだったらしい。着うたのおかげで、「ボイン」なヒロインを妄想して気力を持ち直していたところだったのだが、なぜか矢村が出た途端に「ペッタンコ」が脳内を支配してしまっていた。恐るべき胸囲(脅威)だ……。


『あ、あんなぁ、龍太。今日、救芽井ん家に集まる予定やったろ?』

「ん? あぁ、そうだな。確か、駅前のマンションだったろ」

 矢村はやや上ずったような声で、今日の予定を確認してきた。


 ――そう、今日は救芽井の家で集合することになっている。

 近頃、学校側が俺達の無断活動に気付きはじめているから、というのがその理由だ。たぶん、「救済の超機龍」の噂が広まったせいだろう。

 そんな中で学校に集まったりなんかしたら、教師に絡まれて面倒なことになりかねない。

 ……ということで、今日は救芽井の家に集まってから、改めて裏山の久水家へ向かうことになってるわけだ。


「しかし救芽井のヤツ、駅前のマンションだとは話してたけど、具体的に何号室かまでは言ってないんだよなぁ……」

『けど、来ればわかる、って言いよったなぁ』

「まぁな。あいつのことだし、派手な目印でも立ててるのかもな。で、それがどうしたんだ?」


 そこで本題に入ろうとすると、矢村はさらにテンパったような口調になってしまった。

『あ! え、えーと……その……よかったらなんやけど、一回、アタシん家に来てくれん? 一緒に、行きたいんやけど……』


 家に来てほしい、と言い出した辺りから、彼女の話し声が次第に尻すぼみになっていくのがわかる。なんというか、自信がないって感じだ。

 ホント、男勝りだった頃からは考えられない有様だよなぁ。何がこの娘をこんなに変えちまったんだか。


「なんだ、そういうことか。りょーかいりょーかい、行きますよ」

『ほ、本当? アタシでええん?』

「いや、お前以外に誰と行くんだよ」

 今日行くのは俺と救芽井と矢村の三人なんだから、矢村と行くしかないだろうが。

 そんな真っ当な返事を出したつもりだったのだが、向こうは何が意外だったのか「はうっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げていた。

 何を考えてるのかは知らんが……まぁいいか。可愛いから許す。


「じゃあ、お前ん家に寄ってから救芽井ん家に行くってことでいいんだな。じゃあまた」

『――うんっ! 待っとるけんな!』

 ……朝っぱらから元気なことだ。彼女はハツラツとした声を聞かせたと思ったら、鼻歌混じりに通話を切ってしまった。


 ――やれやれ。どいつもこいつも活動的過ぎて、こっちがいくら気張ってても霞んじまいそうだよ。

 嬉しいやら、悲しいやら。そんな気持ちが胸につっかえたせいなのか、今日の朝メシはどうも味を感じなかった。


 それから、およそ二時間半。時刻は朝九時。

 俺は黒いカーゴパンツに赤いTシャツというラフな格好で、数日分の着替え等を詰めたリュックをしょい込む。

 ……なにせ、久水家との決闘が済んだら、ぶっ続けで四郷研究所との技術競争にも行かなくちゃならないのだ。これはちょっとした、「夏合宿」なのである。


「日時も場所も近しいし、まぁ立て続けのスケジュールになるのも、しょうがないんだろうけどさ……。もうちょい夏休みってモンを満喫させろってんだよなァ」

 軽くそんなことをぶーたれながら、俺は家を出る。朝日の眩しい日差しが視界に突き刺さり、思わず目を覆う。

「さァて、まずは矢村ん家からだな……そろそろ出ようか」

 ――残念ながら、いつまでも愚痴ってはいられない。待たせてる娘も、いることだしな。


「つーわけで――行ってきます」


 俺は誰もいなくなった自宅を見上げ、誰にも届かないはずの挨拶を、何となく済ませておく。

 そして気がつけば、荷物を背負ってる割には妙に軽い足取りで、矢村ん家へと走り出していた。



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