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着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー  作者: オリーブドラブ
第一話 ドラッヘンファイヤー登場
11/103

河川敷にて、俺のストレスがマッハな件

 ――俺が小学生の時に振られた、初恋の女の子。


 どこか面識があるようなそぶりだったらしく、本人がいない間に問い詰めてきた救芽井と矢村に対し、俺は端的にそう説明してやった。


 ……薄々予想はついていたが、やはり凄いリアクションを見せてくれたよ。

 頭を掻きむしって絶叫したり、わけのわからないことを喚きながら、椅子を窓の外に投げたり。用務員さんに当たると危ないから、ほどほどにしてもらいたいものなんだけどな……。


「龍太君ッ! 彼女のことは忘れるのよ! 一刻も早くッ!」

「そうやでぇっ! 向こうもそんなこと覚えてないやろうし、龍太の恋は『これから』始まるんやけんなっ!」


 などと凄まじい剣幕で迫る姿は、さながら風神と雷神のようであった。屏風よりおっかない顔してたぞあいつら……。


 そんなことがあったせいか、翌日からの特訓というのが、これまた悍ましいものになっていたわけだ。


 午前は十キロメートル走を始めとした体力トレーニングに、午後は部室で着鎧甲冑の知識を一から叩き込む集中講座。居眠りなどしようものなら、どこから持ってきたのかスタンガンを容赦なくぶっ放してくる。

 まるで中三の頃に経験した、受験と特訓の平行プログラムのような、俺の都合完全度外視の殺人メニューだったのだ。


 好きでもない相手と結婚させられそうな状況ゆえか、時折切なげな顔色を浮かべていた救芽井を見れば、まぁ多少は仕方ないとは思うよ? だからってね……スタンガンはねーだろ。

 矢村がしきりにマッサージしてくれたり、本来は関係ないはずの着鎧甲冑講座にまで付き合ってくれたりしなかったら、恐らく初日で心が折られていたに違いない。


 ――今はその二日目の日程が終わり、我が家への帰路についているところである。

 救芽井や矢村とは住む場所がやや離れているので、一人でいられる貴重な時間なのだ。


「ヒィ、ヒィヒィ……ま、全くもぅ……。拳立て二百回とか、ギャグの次元じゃねーかよぉ……」


 河川敷の土手道をズルズルと歩く俺の姿は、きっと干からびたゾンビのように見えることだろう。他の部活動生に、出来れば代わってもらいたいもんなんだけどなぁ……。

 救芽井曰く、「救済の超機龍」は俺の生体反応にしか呼応しない仕組みになっているのだとか。要するに、救芽井とかに代わりをやってもらうことは出来ない、ということだ。


「……ま、役得っちゃ、役得なのかもな」


 ――着鎧甲冑を纏い、アメリカで活躍するスーパーヒーロー。そんな彼女のことは遠い存在のように思う一方で、実はひそかに憧れていた。

 子供の頃に憧れたヒーローのような活躍を重ねる彼女は、多くの羨望や称賛を集めている。俺も、その中に一人なのだろう。


 そうでなければ、こんな不条理の極みなどに付き合うものか。ま、こっぱずかしいから本人の前じゃ断じて口には出さないけどね。


 ……だからといって、こんなフザけた喧嘩なんて御免こうむりたいんだけどな。ていうか、その前に特訓で死にそうだ……。


 ――せめて早く家に帰って、二次元エロという名のオアシスに浸りたい。明日もまた、想像を絶する煉獄が待っているというのなら。

「今日は久々に『ムラムラ☆パラダイス』全ルート網羅でも――ん?」

 そんな本日のエロゲーカリキュラムを勝手に打ち立てている最中、俺の目にとある人影が留まった。


 中学生なみに小さな体格に、川の水と見紛うような艶やかな髪。そして、その長髪を一束に纏められた、あのシルエットは……。


「……四郷?」


 気がつけば、俺はその名前を呼んでいた。

 河川敷に伸びている、水の流れを前に佇む、この眼鏡を掛けた少女の名前を。


「……あ……」


 一拍遅れて、向こうも反応を示して振り返ってきた。「普通とは違う何か」を思わせる赤い瞳は、どこか不安げな様子を伺わせている。一昨日とは違う、純白のワンピースを着ている今の姿とは、対照的な印象だ。

 だが、相変わらず表情らしい表情はない。後ろから俺に声を掛けられても、あんまり動じている感じでもなかった。


 一昨日会った時は着鎧した状態で喋ってたから、誰だかわからないかも……という心配もあったのだが、俺の声を聞いて納得したように頷く仕草を見る限り、俺のことには気づいたらしいな。


 それにしても、ちょっと暗い性格の娘なのかな……って最初は思ってたが、彼女から出ている冷たいオーラは、それどころのものじゃない、という雰囲気を放ってる感じだ。

 何というか、言葉を交わしたりする程度のコミュニケーションさえ、忌避しているような気がするくらいだし。


 だが、そんなことで怖じけづいてはいられない。生体反応に引っ掛からなかった、って話も気になるし、ちょっとその辺、聞いてみようかな……?


「よ、よう。あのさ――」

「……帰って」


 ――まだ何も言ってぬぇえーッ!


 取り付く島もなしですか! いやもう、話す資格すらなしですかッ!? 俺達ほとんど「知り合い」の段階ですらないはずだよねッ!?

 なんで用件言う前に「帰れ」なの!? そんなに俺がキモいの!? そうかキモいんだな!? じゃあキモいって言えよ! キモいって笑えよ! ちくしょおおーッ!


「……何で頭抱えて泣いてるの?」

「――思春期にはね! いろいろとあるんだよっ!」

「……いろいろとあるのは別にいいけど、ボクとしては早く帰ってほしいな」

「いいよもう! わかったよ! 産まれてきた俺が悪かったよ! お望み通りトンズラするよチキショー!」


 久々に女の子から冷徹な言葉を浴びせられたせいか、俺のガラス製ハートは痛恨の一撃に苛まれていた。

 こんな無表情な女の子に「帰れ」などと言われたら、大抵の思春期には深刻なダメージが残されるものなのだよ。少なくとも、俺には。


 救芽井からの「変態君」呼ばわりのおかげで、少しはそういうのにも耐性がついたのかと思ってたけど、別にそんなことはなかったぜ……。

 おそらく、久水に振られた経験がフラッシュバックしたせいでもあるのだろう。あれ……なんだか四郷の姿がぼやけて来たぞ……クスン。


 これ以上醜態を晒す前に、この場から脱出するしか俺の心を守る術はあるまい。俺は四郷に背を向けると、とぼとぼと退散――


「……んっ?」


 ――しようかな、というところで足が止まってしまった。

 彼女が佇んでいる、川の中心。そこから飛び出ている岩の上にある、白い帽子が見えたからだ。


 彼女が着てるワンピースと、全く同じ色使い。加えて、帽子のつばの付け根とワンピースの胸元には、蒼い花飾りがある。

 おそらく、あの帽子とワンピースとでセットなのだろう。彼女は……あれをずっと見ていた?


「帽子、あそこまで飛ばされちまったのか?」

「……帰るんじゃなかったの?」

「ふぐぁ! ――か、帰る前に質問に答えてくれ!」

「……飛ばされた。お姉ちゃんがくれた、ボクの宝物……」


 やっぱりな。つ、冷たく指摘されることを覚悟の上で聞いて正解だったぜ……。

 川の傍に立ってはいるが、「宝物」を取りに行けずにいるところを見るに――水が嫌なのかな?


 気になって表情を窺ってみると、案の定、険しそうに眉を潜めているのがわかった。「宝物」を取り返せないことに、歯痒い思いを感じてるってところか。

 川自体は緩やかな流れだし、浅いし……別に溺れるようなことはないと思うんだけどなぁ。

 ――濡れるのがそんなに嫌か?


「……あー、なるほどね。それで『帰れ』ってことか」

 水が苦手なばっかりに、自分の大切な「宝物」を取りに行けない。そんなカッコ悪いとこ、見られたくないもんなぁ。

 ましてや、俺とは知り合って間もないんだから。


 ――そこまでわかっちゃったら、することは一つだよな。


 俺は靴と靴下をその場で脱ぎ捨てて、ズボンの裾を膝の上まで捲り上げる。四郷はそんな俺を見て、何をしだすのかと目を見開いた。

「……なに、してるの?」

「用が終わったら帰るから、ちょっとそこで待ってろよ」

 これ以上冷たい目で見られたくないので、敢えて彼女からは視線を逸らす。そして、ボチャリと川に両足を沈めて、俺は前進を始めた。


 流れそのものは緩やか……とは言え、やはり水に足を取られると、かなり歩きにくい。時折ふらつきながら、俺は岩の上に引っ掛かっている帽子を目指す。


 ――これでうっかり転んだりしたら、帽子まで水浸しになるな……気をつけないと。


「よ、よーし、取れた! 取れたぞ四郷!」

 そうして約数分、水流との格闘を繰り広げた後、なんとか帽子を手にすることができた。

 俺は手にとった戦利品(?)を振り回し、目的のブツを手に入れたことをアピールする。


 当の四郷は、相変わらず無表情ではあったが、口が小さく開くくらいの反応は示していた。

 喜んでくれている――可能性が、微粒子レベルでも存在してくれてると助かるんだがな……。


 後は、そこから彼女の元へ持ち帰るだけだ。

 しかし……これがまた、なかなかしんどかったりする。一応、救芽井に死ぬほどしごかれた後だからな……。

 一歩、また一歩……と、焦らず慎重に進んでいく。四郷も、さすがにちょっと心配そうな顔で俺を見ていた。

 ――いや、心配なのは帽子であって、俺じゃないのはわかってるよ? わかってますとも……。


 そんなブルーな気持ちをひた隠し、俺はついに彼女の傍までたどり着いた。


「ほぅら! お待ちどーさま!」

「……あっ……」


 四郷は少し驚いたような顔で俺を見ると、嬉しそうな顔色――になる直前で、どこか悲しそうな顔をしながら帽子を受け取る。

 ――おいおい、なんでそんな表情なの!? 「宝物」だったんだろ、ソレ!


「どうしたんだ? 良かったじゃないか、『宝物』が無事返って――おわぁっ!?」

 だが、その辺を問い詰めようと足を進ませた瞬間、水の下にある小石に足を滑らせてしまった。

 ツルン、とアホみたいに半回転して、後頭部から水の中にバシャリとダイブ! ぼふぁ!


「ガボゴボゴボ……ぷはぁっ!?」


 こ、こんなカッコ悪い展開あるかー!

 ……と、なんとかびしょ濡れになりながらも身を起こした俺だが――


「ふぅっ、ふぅっ……あ、あれ? 四郷?」


 ――次の瞬間には、マヌケな顔で辺りを見渡していた。


 四郷が、いつの間にか姿を消していたのだから。


 あちこちに視線を移しても、彼女の姿は見当たらなかった。

 俺が水に沈んでいる間に、帰っちまったのか……?


「それにしちゃあ、速過ぎるよなぁ……俺がドボンしてたのって、ほんの数秒だろ……?」

 そんな短時間で、周囲を見渡しても全然見当たらないところまで走っていったのか? 酷い嫌われようだな、俺……。


「トホホ……ま、『宝物』は返したんだし、別にいいか」

 おおよそ、今日は一人で散歩にでも繰り出してたんだろうな。「お姉ちゃん」から貰った大事な帽子が返ってきたんだし、今頃は喜んで家に帰ってることだろう。


 めでたしめでたし、だ。

 ……俺は「帰れ」って言われた挙げ句、水浸しになってもお礼一つ言われなかったけどね。グズッ……。


「ハァ……仕方ない、俺も帰りますか……」


「君が、『一煉寺龍太』君かね」


「まぁ、そうですけど何か――って、え?」


 ん? なんか今、オッサンの声がしませんでした?

 何事か、と上を見上げてみると――


「……お初にお目にかかる。私は、伊葉和雅という者だ」


 ――六十代過ぎと思しき、白髪一色の男性が立っていた。

 当たり前だが、会った覚えのない顔だ。


 やたらガタイがよく、白い背広がよく似合う渋いオッサン、という印象。

 シワだらけの険しい顔つきからは、どこか深刻な状況を漂わせている。


 そんな彼は、ずぶ濡れで川の中にへたりこんでいる俺を見下ろし――


「一煉寺龍太君。君に……頼まなければならないことがある」


 ――突拍子もなく、そんなことを言い出したのだ。



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