一年間な彼女
初めての短編ですのでうまく書けたかどうか(汗)
中学三年になったらいなくなる。
それが俺の住む国では常だった。
原因は神隠しだとか宇宙人だとか色々と噂されていたが、そんな根も葉もない噂が話題に上がったのは最初だけで今となってはそんな物は話題になりすらしない。
この国は壊れていた。
今の時代に鎖国しているというのもあるが、根本的な部分が壊れていた。
皆いなくなりたくないから暴れて、その現実から逃げていた。
けど、十五歳になった日にやっぱり消えた。
だから、今度は真面目の皮を被った。 けど、音も無く消滅した。
だから、誰も抵抗しなかった。
例えるなら、蟻地獄に落ちた蟻。
出るべき、いや、出れるべき出口など無く、十五年かけて抵抗した挙句、落ちて捕食される。
生き地獄という言葉があったが、それは違う。
十五年という短い時間。
限られている行動範囲。
そんなのは生き地獄なんてものではない。
だってきっと、俺達は最初から生きていないのだから。
だから何もしない。 どうせいなくなるのなら、誰も哀しませない方がいい。
そんな偽善ぶった感情を振りかざして、趣味も持たずに、ただ日々を過ごしていた。
そして、出会った。
「アタシと付き合いなさい」
十四歳の誕生日。あと一年しか生きられないという現実を再び突き付けられた日に、初めて話したヤツに告白された。
とりあえずOKを出すと、そいつは恥ずかしがる素振りも喜ぶ様子も見せず、ずかずかと俺に近付き。
唇を重ねた。
そいつは驚く俺に一言。
「後一年しかないから、やりたいことはやっておきたいのよ。アンタも、そういう目的でアタシと付き合ったんでしょ?」
大した考えも無く頷く。
するとそいつは一瞬悲しげな顔になり、俺を睨んだ。
「フンだ。まあいいわ。それじゃあ明日からよろしく頼むわね」
そう言うとそいつは去りながら一度だけ振り返った。
「お昼は用意しなくていいわ。アタシが作るから。あ、あとアタシの名前は古谷冬美。冬美でいいわよ」
完全に自分の事しか考えていない事を言い残し、そいつ…冬美は今度こそ去っていった。
それからの日々は大変そのものだったが、楽しくなかったと言うと、それは嘘になる。
要因その一。
「はい、お弁当。」
次の日の昼休み。
朝から休み時間も授業中もずっと落ち着きが無かった冬美が勢いよく立ち上がって、バッグを片手に俺の机に歩み寄ってきた。
「何してんの?ほら、早く行くわよ」
とりあえず今日は学食か購買気分だった俺の意見なんぞ対象外。胸倉を掴み、有無を言わさず屋上へと拉致った。
そして持ってきたバッグの中から明らかに俺の胃の許容量を超えている大きさの弁当を突き付けながら言ったのが最初のセリフというわけ。
無言で弁当を観察していると、あからさまに冬美がこちらを睨んでいる。
俺がなにをしたというのだろうか。
「つべこべ言わずにさっさと食べろ!」
そういうと冬美はそっぽを向いてしまった。
なぜここまで怒るのだろう?所詮俺の存在はこいつにとってやり残した物の代理でしかないだろうに。
とか考え事をしていると腹が鳴った。まずは腹を満たすことから始めよう。考えるのはそれからでも遅くはないはずだ。
「……」
前からの視線が痛いので適当に視線を逸らす。
よく考えれば女と二人っきりで弁当食うのなんて初めてだ。しかも向き合ってるという状況は些か心臓に悪い。
「……」
なあ、人を見るかメシを食うかどっちかにした方がいいと思うぞ。
「……」
それか喋るとか。
「……」
…どうやら敵は籠城作戦に乗り出した模様。即時撤退を推奨する。
「…え?」
その声は、弁当を食べ終わった俺が立ち上がったからだろうか。声には恐れと焦りが感じ取れた。
「なによ…もうアンタなんかしらないんだから…」
そうかい。そりゃすまんかった。
じゃあな、弁当スゲーうまかったぜ。
要因その一、料理がうまい。
冬美に背を向け、屋上を後にしようと…
「待ちなさい」
…なんで命令口調かねぇ。
再び振り返ると、そこには少し目を赤くした冬美の姿があった。
「お弁当…美味しかった?」
…はぁ。
どうやらさっきの俺の言葉は届いていなかったらしい。
ああ、うまかったよ。
すると、
「あ…れ…?」
冬美は泣いていた。
「なんで…だ…ろ?」
自らの涙の理由が分からない、と言いながら。 心配になって近寄ると冬美は無言でそれを制した。
その距離を保ったまましばらく。冬美はやっと顔を上げた。
「女の子泣かせるなんて…アンタ最低ね」
どうやら泣いた原因は俺にあるらしい。今後深く反省しよう。
チャイムが鳴った。
昼休みは残り五分と残されていない。
さっさと教室に戻ろう。
「ああもう!アンタのせいで目赤いじゃない!どうしてくれるのよ…!」
極力下を向いていればいいんじゃないだろうか。
「うるさい!」
悪かったな。
「ふん。二度とそんな減らず口きけないように明日からもっと美味しいお弁当作ってくるんだから」
冬美は俺の背中を叩いて走りさって行く。
そして、屋上出口のドアの前で立ち止まった。
「明日から覚悟しときなさいよ!」
それは、冬美が初めて俺に見せた笑顔だった。
ここで楽しかった要因の二つ目に気付いた。
こいつは、相当な美人だということに。
それからの俺達は今までつっかえていた物が解消され、『周りから見れば』彼氏彼女に見えなくもなかっただろう。
そう、俺は自分の感情を挟む余地などない。
俺は冬美の『彼氏』なんて下らない配役に選ばれただけなのだから。
遊園地に行こう。 何をどう思ったのか、『付き合い始めて』八ヵ月、俺達の命があと数週間になったある日。 いつものように学校に来て、いつも通りに屋上で冬美特製の弁当を食っている時に、ふとそんな事を口にした。
「熱でもあるの?」
そりゃあんまりだと思う。
「ふーん…遊園地ねぇ…」
と先ほど一刀両断されたプランを再び掘り返して何やら考え込んでいる。
「遊園地、いいじゃない。行きましょう」 どうせまあ、いつもの如く思わせぶりな態度をしてやっぱり止める…って!?
「だから、遊園地行きましょうよ。…どうせ、もう半分もいないんだから周りの目を気にする事なんてないわ」
半分、というのは俺達のクラスの事だろうか。
俺達のクラスの半分は、既にいなくっている。
「また明日な!」
と言って消えていった奴を見た。
「消えたくない…」
そう言って最後まで仲間と一緒にいる約束をして、約束の場所に来る前に消えた奴もいた。
もう誰も、他人の事は見ていない。一緒にいるのは心を守るため、身体は守れないなら、せめて誰かに覚えておいてほしい。
他人はただの録画機。
自分を見て、覚えて、慰めてくれる都合のいい存在。
「…どうしたのよ?やっぱり熱があるんじゃないの?」
いいや、大丈夫だ。
熱なんてないから俺の心配はしなくていい。
だから、今度の休みの日、遊園地に行こう。
遊園地は冷め切っていた。
遊びに来ている家族連れの姿は見受けれた数だけで3組、後は俺達と従業員だけだ。
従業員は俺達と違って難を逃れた中年の人達ばかりだった。
「……」
しかもこの日は、冬美の様子が朝からおかしかった。
何を話しても上の空で、ぼーっとしているというよりは、何か深く考え事をしているようだった。
理由を聞いても、
「大丈夫。何でもないから…」
と口を閉ざしてしまう。
何やら深い訳がありそうだが、俺が今更首を突っ込める存在ではないのは自分が一番わかっている。
こんな『彼氏』ごときに何が出来ると言うのだろう。
とりあえず、今はこの嫌な気分を払拭するために、遊園地を楽しもう。 並んでいる人はいないから乗り放題だ。
それに無理矢理連れ回せば冬美も笑ってくれるかもしれない。
俺は冬美の手を強引に引いて歩き出す。
「ちょっ…と」
うるさい。ここまで来たんだから俺の財布から消えて行った料金分は楽しみやがれ。
そう言って、無理矢理ジェットコースターに乗り込んだ。
「ね、ねえ。」
横から震える声がする。
「あ、アタシこ、こういうのダメなんだけど」
偶然だな。俺もだ。
「ちょっと!それどういう…!」
笑っていて欲しいんだよ。
お前には。
「え…それって…」
ガタン。
さて、どうしたことだろう。床が抜けて宙吊りの状態で前進が始まった。
「……ッ!」
冬美は露骨に顔を青くして、次に来る衝撃を忘れているようだった。
と、冬美を観察しているうちに頂上まで到達していたらしい。これからは冬美も俺も余裕なんてこいてられな
ガタン。
ふらつく足取りでジェットコースターを後にした俺達は、次々とアトラクションを制覇していった。
最初は乗り気に見えなかった冬美も、観念した様子を見せてから、いつもの冬美に戻っていた。
俺はその表情に満足しながら、次のアトラクションに足を運ぶことにした。
次はお化け屋敷にでも入ることにしよう。
時が経つのは早かった。
全てのアトラクションを回るのは思っていたより時間がかかり、既に日は暮れ、残すアトラクションは観覧車のみとなった。
俺達を乗せてゴンドラは上がって行く。
「ねぇ」
…どうした?
「朝、アタシが元気無かった理由…聞いてくれる?」
無言で頷く。
「…ありがとう」
と言い冬美は話し始めた。
「今日ね。家に忘れ物をして取りに帰ったんだけど、その時に両親の会話が聞こえちゃって…」
冬美は明るく話そうと、少し照れ臭そうに話している。
「別に仲が悪い訳じゃなかった。むしろ仲がいい方だったはずよ。でもね。両親はアタシの前では絶対にできない話をしていたの」
自分の前では出来ない話。
いつか、それに近い事をされた覚えがある。
外を見た。
観覧車は中腹に差し掛かろうとしている。
「両親はね…」
ヨウシニナンテダシタクナイ。
…養子?
外の景色が眩しい。
「両親はね…」
ジャアドウスル?
…僕は捨てられるの?
冬美の声は震えていた。
「アタシが誰かに、うっ、取られ、取られるぐらい…グスッ、な、ら」
ヒトツダケ、ホウホウガ。
…どんな方法?
観覧車は回る。
町が遠ざかって行く。
それをなぜ、今の自分に置き換えてしまうのだろう。
この町が、この世界そのものに等しいものだというのだろうか。
「自、分達で、自分達の、手で!」
冬美は絞り出すように叫ぶ。
観覧車は、頂上に着こうとしていた。
「自分達…で、殺して、しまえばいいって」
ジャアコロシマショウ。
…僕…殺されるの? その言葉に、なんと答えればいいのだろう。
「アタシだっ、てそっちの方が、いいよ。で、も死にたく、ない…生きていたい…」
言葉なんてかけれるはずがない。
過去の自分を見て、慰める言葉などあるものか。
「ア、アタシ。もう、グスッ、帰れないのよ、うっ、帰る、場所が無いのよ…」
冬美は泣き崩れた。
あの時の俺と同じように。
…昔、まだ名字が違った頃。
両親は、会社が背負うべき借金を背負わされた。
個人の資産で返却出来る額などではなく、未来は絶望的だった。
そんな中、二人を人間として止どまらせていたのが、小さな俺の存在だったらしい。 しかし、俺が居ては生活は苦しくなる一方。だが、両親は俺を異常とも言える程に愛していた。
子供を捨てる事なんて出来ない。
けど捨てなければ死んでしまう。
じゃあ、三人で死のう。
その話を聞いていた俺は家から飛び出した。
あても無く走り、偶然通りかかった警察官に保護された。
後に警察が家を調べると、両親の死体があったらしい。
それはもう、両親の顔すら忘れてしまった俺が思い出していいことではない。
しかし、自分の代わりに誰かが死んで、その命を糧に、二人分の命を背負って生きているうちは忘れてはならない。
幼い自分にそう誓った。 だが、目の前の冬美は、どう足掻いても死ぬしかないのだろうか。
家に帰れば両親に殺されるかもしれない。かといってもあと二週間もすれば消えてしまう。
彼女は言った。
死にたくない、と。
だったら、それに付き合うのが、今の俺の役割ではないのか。
「…ごめんね。嫌な思いさせちゃって」
いいや。むしろ感謝をいいたい。
「…え?」
お前のお陰で踏ん切りがついた。
この国から、出よう。
「この国から…出る?」
ああ、ここから国境まで3キロぐらいだから夜が明けるまでには行けるはずだ。
「アタシは…いいよ。迷惑かけたくないもの」
じゃあ、俺は自分のために出る。俺はまだ死ねないからな。
だから、その理由を作ったお前にも来てもらう。
「アタシが…作った?」
そうだ。だから…
「じゃあ…アタシがいなくなったら、アンタは無理はしないのね」
こいつは今、なんと言ったのか。
「じゃあね。アンタとの時間楽しかったわ」
冬美は立ち上がって、ゴンドラの扉を開けた。
冬の風が吹き込む。
その風が冬美をさらって行きそうで、しっかりと冬美を見据える。
冬美の体は、手を放せば落ちていく状態だった。
「じゃあね…」
冬美は笑っていた。
俺は立ち上がる。
「アンタの事…好きだった」
言い残した事はないと言うように、冬美は目を閉じた。
冬美の体が傾く。
懸命に腕を伸ばして、
冬美の小さな手を掴んだ。
そのまま力に任せて中に引きずり込む。
「…どうして」
言っただろう。お前が無茶をする理由を作ったからだ。
「それが…わからないのよ。アタシが…アンタに何かした?」
いいや。何もしていない。
「余計わからない。一体なんでアタシを助けるのよ」
全く、一度しか言わないからよく聞いておけよ。
俺も、お前の事が好きだからだ。
「……」
くそ、顔が熱い。
まあ、向こうも告白してきたんだから、こっちも伝えないと不平等だろう。
「…本当に?」
本当だ。嫌いなヤツなんかと付き合うはずないだろ。
「……」
ああ、そうだった。
俺はこいつの事を随分前から知っていたじゃないか。
ただ話すきっかけが無かっただけで、本当は最初から惚れていたんだ。 だから、俺はお前を死なせたくない。 だから、逃げるんだ。
「…アタシが反対しても、無理矢理連れて行くんでしょうね…」
冬美は服の袖で涙を拭うと、手を差し出した。
「行くわよ。付いてきなさい!」
そりゃ俺のセリフだろう。
思わず笑いが込み上げてきた。
きっとオレは、こいつのこういった所に惚れたんだな。
「…何笑ってんのよ」
いいや、あんまりに自分が鈍かったから呆れていたのさ。
「ふーん…まあいいわ。それじゃあ早い所行きましょう」
その、ゴンドラから降りる時に見えた冬美の横顔は、今までにないぐらい輝いていた。
山の中を進む。
遊園地から出て、そのまま国境に一番近い山に入った。
未練はある。
家族はいないが友人はいた。別れの挨拶もしないで行ってしまう事を許して欲しい。
山の中を進む。
木々の間から差し込む月光のみが俺達を照らしていた。
足場が見えずに躓くこともあるが、先に進めないという程でもない。
山の中を進む。
守りたいと願い、誓った彼女の手を握って、俺達は山の中を走る。
「…ハッ…ハァ…」
山は、異常な程に静かだった。
山の中なのだから静かなのは当然だろうが、何か妙に不自然さを感じる。
まるで、最初から逃げる事など出来ないような錯覚。
「…ちょっ…と…早い…」
だから走る。
走れば振り切れるかもしれない。だから走る。
「待っ…てよ、少し…早い、休み、ましょうよ」
…急ぎ過ぎたのか、冬美が後ろで苦しそうに呼吸をしている。
…そうだ。あんなものは錯覚だ。
だって、今までに森に入ってから一度も人に会っていない。
だったら、ここで冬美の提案を聞いてもいいのではないだろうか。
…そうだな。休むか。
「お…遅い…の、よ」
それだけ言うと、冬美は苦しそうに倒れこんだ。
「ハァ…ハ…ふぅ…」 苦しそうにしている冬美の横に座る。
「…何よ…」
いや、限界超えさせちまったみたいでスマン。
「ふん。謝ったって許してあげないんだから」
スマン。今度何かオゴるからそれで許してくれ。
「そんな都合よく行かないわよ。せめて…」
パキ。
「…え?」
考えるより、先に体が動いた。
立ち上がって冬美の手を取り、再び走り出す。
「…追ってきてる」
確かに冬美以外にも後ろから足音が聞こえる。
それは確実に俺達を追って来ていた。
振り返る。
追手は、ダークスーツに身を包んだ長身の男だった。
「ねえ、アレ…」
ああ、追手だろう。
「追手…?」
ただの推測に過ぎないが、アレは多分この国の人間で、俺達がこの国の現状を他の国に持ち出すのが気に食わないんだろう。
そうで無ければ国境付近に人なんか配備しない。
「あ…前!」 冬美が声を上げる。
あと百メートル程先には、金網が見えた。
あの金網が話に聞く国境なのか。
だとしたら、何故有刺鉄線も、警備員もいないのか。
…悩んでいる暇は無い。
電気が流れているという可能性を無視して、金網に飛び付いた。
電気は流れていない。
勢いを殺さずに金網に乗り上げ、思いっ切り跳んだ。
地面に顔から落ちたが、気にしない。
後ろを振り向いて冬美の無事を確認する。
冬美は…宙を舞っていた。
それも俺の方向に。 視界が闇に覆われると同時に、ガツンという衝撃が頭に響いた。
そのまま意識が飛んで…
「ちょっと!大丈夫?」
冬美に引き戻された。 痛む額を押さえて立ち上がる。
すると、フェンスの向かい側に立つ男が目に入った。
「あ……」
冬美もその存在に今気付いたようだ。
男の顔は暗くてよく分からなかったが、男から唯一感じ取れたのは、なぜか喜びだった。
その光景を頭から切り離し、俺達は再び走り出した。
山を抜けると、そこには黒い服の集団が待っていた。
「なんで……」
俺達が立ち尽くしていると、一番手前にいた男がこちらに歩いてきた。
「お二人とも、よく頑張りましたね」
ここまで来て、俺はこいつを守れないのか
いいや、俺一人犠牲になればここで冬美が死ぬ事はなくなるかもしれない。
「ああ、まだ現状が把握出来ていないという事ですか」
だったら、隙がある今しかない。
地を蹴る。ほんの数歩で一番手前の男に迫って拳を振るった。それを、
「申し訳ありません。今はこうするしか無いみたいです」 この男は軽々しく避けた。
驚く時間など無かった。
次の瞬間。俺は気絶したのだから。
…誰かを、呼ぶ声がする。
あぁ、この声には聞き覚えがある。
この声は…冬美の声だ。
アイツが俺を呼んでいる。
じゃあ、俺は行かなければならない。
起きたらどこにいるのだろう。天国でも別に構わない。冬美といることが出来るなら、場所なんて些細な問題に過ぎない。
だから起きよう。
冬美の顔を見るために、早く冬美を安心させるために、こんな世界からは出てしまおう…
…始めに目に入ったのは、白い天井。
はて、ここはどこだと考えながら寝返りをうった先に、
「あ、やっと起きた」
心配している様子ゼロの冬美と、その手によって大量生産されているウサギりんごが居た。
待て待て。
何がどうなっている?
俺は確かあの男に殴りかかって逆にやられたはずだ。なのに何故生きているのか。
「そこらへんの事を説明してくれる人がアンタの後ろにいるんだけどね」
と、冬美は俺の後ろを指差した。
振り向くと、そこには確かに俺が殴りかかった男が立っていた。
「お目覚めですね」
嫌と言う程眠らされたからな。
「申し訳ありません。ですがあの場合は多少はしょうがないかと思うのですが」
だからと言って気絶させる必要はあるのか?
「まあ、どうでもいいではないですか。お二人はこうして無事に生きている訳ですし」
…それはそうだが。
でも、なんで俺達は生きている?国を出て掴まったんだぞ?
「それもそうよね…ねえ、あなた達はアタシ達の国の人間ではないの?」
男はふっと表情を崩した。
「そうですね。あなた達の概念からいけば、私達は隣国の人間です。しかし、私達から言うと、あなた達も私達と同じ国民なんですね」
なんだそりゃ。
人類皆兄弟みたいな物か? 男は苦笑する。
「そういう意味でしたらさぞかし住みよかったでしょうね。しかし、私が言ったのはその言葉通りの意味です」
よけい分からなくなった。
もっと分かりやすく言ってくれ。
「了解しました。私達が住んでいるこの国は有能な人物が極端に少ないんです。このままでは国が滅んでしまうかもしれない」
男は俺達に目配せをする。
「…続けて」
「そこで無能な統治者が出した案が、有能な者を育成する。という極めて懸命な案でした」
「……」
「しかし、有能な者を育成する方法が思い付きませんでした。そこで国民に聞いたのです。どうすれば有能な者を作り出せるか、と」
「…まさか…!」
冬美は何か思い当たる節があったようだが、俺にはさっぱりだ。静聴を続けよう。
「すると、こんな案が上がりました『極限状態に置いて成長させる』なんて馬鹿げた案が。しかもそれを考え付いたのが数少ない有能な人でしたからね。笑い話にもなりません」
「…アタシ達が、そうなのね」
「はい、残念ですが」
「…そう。続けて」
「…そこで国は早速その案に取り掛かりました。広大な国土の十分の一を使い、国の中にもう一つ国を作ったのです。それが…」
…俺達の、国。
「…国はそこに物心着く前の孤児と、その数に見合った飼育員を投入しました。十五歳になると消えるというルールを作って。そして、そのルールを破った者が有能と判断されるのです」
「…そんなのふざけてる」
「ええ、ですが私達にはどうしようもありません。私達に出来る事は、一人でも多くの人間を助けることなのです」
…もし、逃げる事を考えずに、国に止どまって消えた人はどうなるのだろう。
「消えた人達の事は…言えません。ですが、あなた達は助かった。これ以上は、不必要な情報です」
男は立ち上がった。
「ここでの生活は有能者には毎月楽に暮らしていけるだけの金が支給されます。ですから働かなくても結構です。ですが、私達の事は口にしないで下さい。あなた達も消えてしまいますから」
男はドアノブに手を掛ける。
「最後に一つ、冬美さん。いくら焚き付けるためだとしても、貴女にあんな辛い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
男はそう言い残すと、部屋から出ていった。
「……」
要は、俺達は助かったのか。
「…ねぇ」
…なんだ?
「…アタシ達、助かったのよね」
らしいな。
「…もっと生きてていいのよね」
ああ。
「…たくさん。楽しもうね」
…ああ。だがその前に…
「…何?」
…メシでも食いにいくか。
「……」
あ。明らかに呆れてる。
「…もっと先に考える事とかあるんじゃないの?」
そんな物こそ後回しだ。腹が減ってたらなんにも出来ないだろ。
「…呆れた。何言っても無駄みたいね」
冬美は座っていた椅子から立ち上がった。
そして、俺の顔を無理矢理引きつけて、
二度目のキスをした。
顔が離れる。
冬美はあの時と違い、真っ赤だった。
「…好き!」
冬美はますます赤くなり、終いには俺に殴りかかってくる始末だ。
女の子に何言わせるのよバカ、とか、自分で勝手に言っておきながら理不尽に罵ってくる。
…それにしても腹が減った。冬美は…離れてくれそうもない。
別にこの状態が嫌なのでは無く、ただ腹が減った。
…冬美。
「何よ…!」
うわ、怒ってる。
落ち着け、さっきまで考えていたセリフを言うんだ。
…あぁ…でも恥ずかしい…
…ええい!もう自棄だ!
「…好きだ。冬美」
…やっぱり死ぬ程恥ずかしい。
冬美は完全に硬直してしまって、五秒後に復活したかと思えば部屋から出ていってしまった。
俺も部屋を出ると、そこは病院だった。エレベーターで一階まで降りると、冬美が待っていた。
「…有能者だから、お金いらないんだって」
そう言う冬美の顔は赤い。 ああ、この調子じゃ俺の顔も赤いな。
顔が赤い二人で並んで病院を出る。
空は雲一つ無い晴天だった。
突き抜けるような蒼さに俺も冬美も目を奪われた。
…気付かなかった。
世界は、こんなに綺麗だったのか。
「…ご飯」
冬美が突然口を開いた。
「ご飯食べに行きましょ、きっとこの空の下だったら、どんな食べ物でも美味しいはずよ」
冬美は手身近にあったファミレスに入っていった。
どうやらテラス席があるから選んだらしい。
…そうだな。
この空の下だったら、何を食ってもうまいはずだ。
今は食うだけだが、そのうち落ち着いたら、またここに来よう。
そして、二人で笑い話をしながら、この蒼い空を、笑いながら見上げよう。
いかがでしたでしょうか?
終わり方がなんじゃそりゃみたいな感じですが、ご容赦下さい。読んで頂いた方は楽しんで頂けましたか?もしよろしければ評価なんぞしてくださると嬉しいです。