第七十七話
「美咲様、朝食の用意ができました」
「んんっ……」
ジュリアに体を揺すられて、美咲はゆっくりと瞼を開いた。
大きな窓から光が差し込み、晴れていることを知らされる。
上半身を起こして瞼を何度も擦ると、ジュリアの顔がはっきりと確認できた。
「おはよう、ジュリア」
「おはようございます、昨夜は寝付けませんでしたか?」
ジュリアが不安な顔で覗き込んでくる。
美咲の強い希望により、最近は名前で読んでくれるようになった。
以前は使用人としての意識が強くプライベートな話をすることはなかったが、話してくれるまで部屋から出さないという美咲の荒業により、少しだけ話してくれることが増えた。
しかし距離感が近くなった分、美咲の異変を察知する力が鋭くなってしまった。
城で眠るようになってから寝坊をしたことがないので、体調の心配をしているのだろう。
しかし、寝坊の原因はわかっている。
「寝付けないっていうか、遅くまで本を読んでたせいっていうか……」
語尾に進むにつれて声量が小さくなっていく。
正直に言ったものの、小言を言われると感じたからだった。
そして、その予想は現実となる。
「美咲様、夜更かしは体に毒です。調べ物でしたら私が承ります」
「ううん、自分で調べないと意味ないの。大丈夫、次からは気を付けるから」
気持ちは嬉しいが、ジュリアに魔法について調べてもらう訳にはいかない。
あれから美咲は書庫に入り浸り、既に1ヶ月近くが経とうとしていた。
昔から興味のあることを見つけると、それしか目に入らなくなる性格ということもあり書庫で寝落ちすることもあった。
しかし、その性格が幸いして書庫の魔術書はほぼ読み切っていた。
「あとは実戦で試したいんだけどなぁ……」
1度城を抜け出してから父親の目が厳しくなり、外出が難しくなった。
街に出ることすら大変なのに、城の外など以ての外だ。
かといって城の中に籠もっていても窮屈だ。
別に城の人間が嫌いな訳ではない、むしろ皆良くしてくれている。
「どうしたもんかなぁ……」
ベッドに腰掛けて両手を付き、足をブラつかせる。
その様子をジュリアは小首を傾げて、不思議そうに見つめている。
その時、ガタガタと大きな音を立てて窓が揺れた。
「今日はかなり風が強いですね」
「風―――」
ふと頭の中に魔術書で読んだ呪文が浮かんだ。
勢い良く立ち上がり、声を荒げる。
「これだ!」
ジュリアが目を丸くして美咲を見つめている。
込み上げる笑みを抑えきれないまま、美咲は着替えを始めた。
約10年振りに再開します