第七十話
美咲は一つの部屋に案内された。
そこは使用人や兵士の部屋らしく、家具は簡素なベッドと小さいタンスのみだった。
壁にはクローゼットが設えてあり、窓からは日光が注いでいる。
「陛下の謁見が終わり次第、お呼びします」
そう言い残して、兵士は扉を閉めた。
これから恭輔とレイブンを部屋に案内するのだろう。
「兵士の仕事って警備だけじゃないんだ」
廊下の足音が聞こえなくなると、大きくため息をついた。
ベッドに腰掛けて天井を仰ぐ。
いつ以来だろうか。
最近は歩き詰めだったので、ゆっくりと休んだ覚えがない。
天井を仰いだまま、ベッドに全身を預ける。
体が沈み込み、疲れが癒されていく。
ゆっくりと瞼を閉じて、息を吐き出した。
美咲の意識はそこで途切れた。
☆★☆★☆★
「――さま、起きて下さい」
「んっ……」
肩を揺すられ、美咲は目を開ける。
目の前には若いメイドが立っていた。
「私、寝ちゃったんだ」
美咲は目を擦りながら、窓に視線を向けた。
空は紫色に染まり、城下町には明かりが灯っている。
「美咲様、陛下が食堂に来るようにと」
「あ、はい」
美咲は手ぐしで髪を整えると、メイドに続いて部屋を出た。
部屋の外には恭輔とレイブンの姿があった。
恭輔も寝ていたのか、眠そうな顔をしている。
反対に、レイブンは身だしなみをしっかりと整えていた。
相手が国王なのだから当然かもしれない。
「それでは、ご案内します」
メイドは三人揃ったことを確認し、口を開いた。
美咲達は先導されながら、食堂に向かう。
突き当りを右に曲がり、今度は左に曲がる。
その後も右へ左へ何度か曲がり、ようやく扉の前に辿り着いた。
案内されなければ、迷っていただろう。
メイドが扉をノックし、押し開く。
「おお、ゆっくり休めたか?」
長いテーブルを挟み、正面の椅子に座っていた父親が声をかけてきた。
美咲は返事をして、食堂内を見渡した。
王族の食堂というだけあり、豪華な造りだった。
天井には複数のシャンデリアが吊るされており、壁には初代国王らしき古い絵が飾ってある。
食堂中央の壁には暖炉があり、音を立てて燃えている。
「そんな所に立ってないで、座りなさい」
その言葉で、三人のメイドが国王の近くにある椅子を引いた。
美咲は父の右斜め前に座り、向かい側にレイブン、その隣に恭輔が座る。
国王はテーブルに肘を突き、手を組んだ。
「さて、何から話そうか?」
「聞きたいことはたくさんあるけど、先に私がこの世界に来てからのこと話しておくね」
そう前置きをして、美咲は今までのことを話し始めた。
現代で魔王軍に襲われたこと。
恭輔とレイブンに出会ったこと。
魔王城に行き、レイムの目的を聞いたことまで伝えた。
「そうか、義母さんがレギノスに……」
父は額に皺を寄せ、テーブルの一点を見つめている。
その言葉を聞いて、美咲は何かを思い出したように視線を巡らせた。
「お母さんはどこにいるの?」
城に入ってから一度も目にしていない母親。
考えたくもない答えが頭をよぎる。
まさか会うことができないのではないか。
それを否定するかのように、父は微笑んで答えた。
「部屋で寝ているよ、こっちに来てから大変でね」
「大変?」
美咲は語尾をそのまま繰り返した。
父は頷き、それに答える。
「城に結界が張られているのは知ってるね?」
「うん、魔族が入れないようにしてるんだよね?」
「その結界を造っているのが美代子、美咲の母親なんだ」
レイムが厄介だと言っていた結界。
城を護るための要を担っているのは母親だったようだ。
「じゃあ、お父さんとお母さんは国を護るために、この世界に来たの?」
「ああ、国を助けて欲しいと義母さんに言われたんだよ」
銀行員の父が一日で国を治める王になるとは。
信じられない気持ちが強かったが、目の前には王冠を被った父親がいる。
美咲が頭の整理をしている間、父は恭輔とレイブンに顔を向けた。
自然に恭輔の背筋が伸びる。
「ありがとう、美咲を護ってくれて感謝しているよ」
「お褒めに与り、光栄です」
「そんなに畏まらなくていいよ、君達は娘の友人なんだからね」
優しく微笑む国王。
その笑顔だけでも人を惹き付けるものがある。
国王は部屋の隅に控えているメイドに手で合図をした。
メイドは頭を下げて、部屋から出ていった。
「さて、残りの話は食事をしながら話そう」
その言葉をきっかけに、メイドが料理をワゴンに載せて運んできた。
豪勢な料理が長いテーブルに並べられていく。
「今日は料理長に頼んで、腕に縒りを掛けて作ってもらったんだ」
嬉しそうな父親を見て、美咲も自然と笑顔になる。
娘と会えて相当嬉しいのだろう。
父のグラスにはワインが注がれていく。
そのまま恭輔とレイブンのグラスにもワインが満たされた。
「ちょ、ちょっと待って!」
何事かと、その場にいた全員の視線が美咲に集まった。
美咲の視線は恭輔に向けられる。
「恭輔って何歳だっけ?」
「17歳だが?」
だからどうした?といった表情だ。
美咲はテーブルに両手を突いて、身を乗り出した。
「未成年がワイン飲んだらダメでしょ?」
「あー、そのことか」
父親は理解したように、何度も頷いている。
不思議に思い、美咲は首を傾げる。
「この世界では15歳で成人として認められるんだ、だから美咲も飲んで構わないよ」
構わないと言われても、一度も飲んだことがない美咲には抵抗がある。
小さい頃は厳格な祖父母の元で育てられたので、しつけが厳しかった。
とは言っても、祖父は美咲に対して大甘だったが。
兄との二人暮らしをしてからは、飲みたいと思うことがなかった。
「私は水で結構です」
ソムリエがワインを注ごうとしたので、きっぱりと断る。
小さく頭を下げて、ソムリエはワゴンの上の水をグラスに注ぐ。
気が付くと、テーブルの上には料理が綺麗に並べてあった。
メインのステーキに始まり、ソテー、スープ、サラダなど美味しそうな料理の数々。
それに加えて、目を輝かせている恭輔が視界に入った。
「それでは、頂こうか?」
国王の号令で、待ってましたと言わんばかりに恭輔ががっつく。
その光景にメイド達は目を丸くしている。
それを横目で眺めて、レイブンはお馴染みの呆れたようなため息をついた。
ワインを口に運び、ナイフとフォークを手にする。
二人の様子を一通り眺めて、美咲は王族として初めての食事を始めた。
美咲の家族に関する設定は一通り書いたつもりなので、何か不明なことがあればコメント下さい。