第六十七話
三人が少女の指差した方向へ進んで、1時間ぐらい経っただろうか。
周囲の木々がなくなり、視界が晴れた。
目の前には巨大な石の壁が現れる。
「ふわぁー、おっきいねぇ」
美咲は思わず間の抜けたような声を出した。
全容を確認することができないほど大きい。
あまりの大きさに、恭輔は言葉を出せずにいた。
「まさか、ここに飛ばされるとは……」
レイブンは聞こえないほど小さく呟いた。
そのため、複雑な表情をしているレイブンに美咲と恭輔が気付くことはなかった。
美咲は好奇心を隠しきれない様子で、辺りを見渡している。
「入口を探さないとね」
美咲は壁に沿って歩きだした。
休めるかもしれないという期待感が溢れてくる。
その影響なのか、先ほどまでの疲れを感じさせない軽い足取りだ。
その様子を見て、恭輔が釘を刺す。
「まだ安全だとは限らないからな」
「大丈夫だって」
恭輔が呼びかけるが、美咲に止まる気配はない。
壁の向こうに魔物が暮らしていることだって考えられる。
魔物でなくても、攻撃的な民族がいる可能性もある。
そのような事を考えている間に、美咲の姿が小さくなっていく。
恭輔は駆け足で美咲の隣に並んだ。
「あれ?」
美咲は突然足を止めた。
何歩か進んだところで恭輔も足を止める。
「どうした?」
「なんだろう、何か見える」
美咲が前方を見つめているので、恭輔も目を凝らした。
遠くに何かが見える。
それは風に合わせて揺れていた。
「あれは……松明か?」
ぼんやりとだが、揺れる炎の下に木の束が見える。
暗くなった際の目印なのだろう。
近くには人影が二つ見える。
「行ってみよう!」
美咲は人影を目指して歩き出した。
自然と早足になり、それが小走りに変わっていく。
「おい、美咲!」
恭輔とレイブンも走って後を追う。
距離が近付くにつれて、徐々に人影がはっきりとしてくる。
人影は鎧を着込んでおり、細い槍を手にしている。
二人とも同じ鎧で、仕えている兵士のようだ。
背後には大きな門があり、見張りをしているのだろう。
兵士は美咲達に気付き、不審な目を向けてくる。
「止まれ!」
低く、威圧的な声質だ。
美咲が足を止めると、その後ろに控えるように恭輔とレイブンも止まった。
兵士は美咲の顔から足まで注視する。
「盗賊……には見えんな、旅の者か?」
「はい、ここはどこですか?」
美咲の質問に兵士の顔が険しくなる。
ここが何処かを知らずに来たことが信じられない様子だった。
それでも兵士という立場上、答えない訳にはいかない。
「ここは首都セントリアだ」
「セントリア!?」
聞き覚えのある名前だった。
そう、魔王城でレイムが次に狙っていると言っていた場所だ。
ヴォイドが意図的に飛ばしたのか、それとも偶然なのか。
いずれにせよ、中で休みたいというのが美咲の気持ちだった。
無言になった美咲に兵士が声をかける。
「どうした?」
「あ、えっと……何でもないです」
美咲の曖昧な物言いに、兵士の警戒心が強まる。
兵士は視線を美咲の背後に向けた。
そこには傷だらけの男と、肩に血を滲ませた男が立っている。
第三者が見て怪しむには、充分な光景だ。
「兵舎で少し話を聞かせてもらおうか?」
「それは――」
「国王陛下に謁見をしたく参りました」
美咲の言葉を遮り、レイブンが口を開いた。
兵士がレイブンに振り返ると、レイブンは頭を下げた。
「謁見?」
「はい、我々はベルセイルの村から船を乗り継いで参ったのです」
二人の兵士は顔を見合わせて首を傾げた。
「ベルセイルか、知ってるか?」
「いや、聞いたことないな」
「ご存知ないのも仕方ありません、セントリアの裏側に位置する田舎ですから」
そんな所から来たのかと、兵士は同情をしている。
レイブンは畳み掛けるように話を続けた。
「生涯に一度でも構いません、国王陛下の御尊顔を拝謁したいのです」
「レイブンさん?」
何を言っているのかと、美咲は小声で名前を呼ぶ。
レイブンは美咲にウインクをすると、兵士に視線を戻した。
任せておけ、という意味なのだろう。
美咲は黙って任せることにした。
「この傷は道中で魔物に襲われた際にできた傷です。我々が暮らしている村は貧しいため、馬車に乗るお金さえ惜しいのです」
レイブンは必死に訴えかけた。
それが通じたのか、兵士は小声で相談している。
結論が出たようで、一人の兵士が咳払いをした。
「中に入ったら大通りを真っ直ぐ進みなさい、あとは城の兵士が案内するだろう」
兵士は顔を上げ、門の上にいる兵士に合図をした。
鈍い音を立てて、重厚な門がゆっくりと開かれていく。
「ありがとうございます、この御恩は一生忘れません」
レイブンは深く頭を下げた。
兵士は頷きながら、レイブンの肩に手を置いた。
「素晴らしい心掛けだ、ゆっくりしていきなさい」
「はい、失礼します」
レイブンは兵士の横を通り過ぎ、門をくぐった。
美咲と恭輔も後に続いた。
「レイブンさん、今の話って……」
声が兵士に聞こえない距離になると、美咲が口を開いた。
レイブンは歩きながら振り返る。
「そうだよ、全部作り話」
レイブンは満面の笑みを浮かべた。
村の名前も、謁見の話も嘘ということだ。
「目を付けられたら動きにくいからね、それに兵舎に行く時間が勿体ない」
言い終えて、レイブンは前方に向き直った。
観光でもするつもりなのだろうか。
美咲は笑うことしかできず、恭輔は呆れたようなため息をついた。