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平和な世界  作者: タフボーイ
第四章
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第六十五話

{偽善者なんだよ、君は}


(違う、私は……)


{そう思い込んでいるだけで、本当は――}





「やめてぇぇぇっ!」


 美咲は悲鳴を上げて、上体を起こした。

 肩で息をしながら、額の汗を拭う。


「夢、か……」


 呼吸を整えて、視線を辺りに巡らす。


 美咲が飛ばされた場所は森の中だった。

 幹の細い木が無数に生えており、日の光が差し込んでいる。

 静かな森の中で、風で木の葉が揺れる音がする。


「恭輔!レイブンさん!」


 少し離れたところに、仰向けに倒れている恭輔を見つけた。

 その近くには、うつ伏せのレイブンが倒れている。

 鉛のように重い体を引きずるようにして、歩み寄る。


「恭輔、起きて」


 美咲は恭輔の傍らに座り込み、体を揺する。

 小さな呻き声を上げて、恭輔は目を開けた。


「恭輔、大丈夫?」


「ああ、何とかな」


 恭輔は右腕で上体を起こし、辺りを見回した。

 意識を取り戻した恭輔を見て、美咲は安堵の息を漏らした。


「ここは、どこだ?」


「説明は後でするから、先にレイブンさんを起こそうよ」


 恭輔は納得がいかないような顔で頷くと、近くにあった剣を鞘に収めた。

 その間に、美咲はレイブンの肩を叩く。


「レイブンさん、レイブンさん!」


 美咲は何度も名前を呼んだ。

 レイブンはゆっくりと目を開け、美咲に視線を向ける。


「あれ、美咲ちゃん?」


 レイブンは意識が朦朧としているのか、しばらく美咲を見つめていた。

 やがて、何かを思い出したのか目を見開いた。


「レイム!」


 バックステップで体勢を整えると、前方を睨みつけた。

 しかし、景色が変化していることに気付くと戦闘態勢を崩した。


「レイムは?」


 レイブンは獲物を狙う獣のような目つきで、視線を巡らした。

 その様子を見て、美咲がはっきりとした口調で口を開いた。


「私が説明します」


 二人の視線が美咲に集まる。

 美咲は深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。


 二人が意識をなくした後のこと。

 自分達が何故このようなところにいるのか。



 ☆★☆★☆★



「杖の魔法か……」


 恭輔は地面にあぐらを組んで座り、話を聞いていた。

 武器だけで転移なんて話は聞いたことがなかった。

 それどころか、歴史の本で読んだことすらない。


「うん、ヴォイドが助けてくれなかったら、私達はここにいなかった」


 ヴォイドのおかげで、生き延びることができた。

 あのままでは三人とも命はなかっただろう。


「それで、結局ここはどこなんだ?」


 恭輔の問いに、木に背中を預けていたレイブンも頷いた。

 美咲は意外そうに、レイブンの顔を見つめている。


「レイブンさんでもわからないんですか?」


「この世界は森が多いからね、上空から見れば何かわかるかもしれないけど」


 美咲は顎に右手を当てて、考え込んだ。

 自然と指輪が視界に入り、右手を視線の高さまで上げる。


(ヴォイド、ここはどこなの?)


 美咲は心の中で、ヴォイドに話しかける。


 しかし、ヴォイドからの返事はない。

 不思議に思い、首を傾げる。


「どうした?」


 その様子を見て、恭輔が声をかける。

 美咲は指輪を見つめたまま、小さく唸り声をあげた。


「ヴォイドからの返事がないの」


「まさか……」


 レイブンは小さく呟いた。

 その声で、美咲と恭輔がレイブンに顔を向ける。


「小さい頃、鎌に宿る人格の話を聞いたことがあるんだ」


「それって、魔界での話ですか?」


 美咲の問いに、レイブンは無言で頷いた。

 二人から疑問の声が上がらないことを確認すると、話を続けた。


「その鎌には凶暴な人格が宿っていて、生命力を奪うといわれていたんだ」


 その力の強大さに耐えきれず、持ち主が制御できなくなった。

 鎌が魔力を暴走させ、辺り一面は焼け野原となってしまった。

 持ち主が正気を取り戻した時には、鎌の人格は消えていたという。


 レイブンは一気に話し終えると、深く息を吐き出した。


「空間転移は失われた魔法だから、三人も転移させることで魔力が尽きてしまったんだろうね」


「それじゃあ、ヴォイドは……」


 美咲はその後の言葉を濁した。

 信じたくはないが、ヴォイドの応答がないのは事実だ。

 指輪をはめた右手に視線を落とし、右手を握り締める。


(ありがとう、ヴォイド)


 心の中で感謝の気持ちを述べた。

 力を入れていた右手を緩めて、顔を上げる。


「これからどうする?」


 美咲が普段と同じ顔つきになったことを見て、恭輔は口を開いた。


 魔王と話すという目的は、不本意な結果ではあったが達成した。

 その結果を踏まえて、どう動くかという意味だ。


 唸り声を上げている美咲の横から、レイブンが口を挟む。


「ここで話していても仕方ない、とりあえず歩いてみよう」


 空を見上げれば、太陽は真上にきている。

 野宿を避けるためにも、レイブンの言うとおり歩くしかない。


 美咲は腰かけていた岩に、両手をついて立ち上がる。

 歩き出そうとした時、恭輔が声を上げた。


「いいのか?」


 何事かと、美咲とレイブンは振り返った。

 恭輔の視線はレイブンに向けられている。


「こいつは魔王軍だったんだろ?」


 レイムの城で聞かされた、レイブンの正体。

 魔王であるレイムの兄であり、魔王の影として暗躍していた。

 それと行動を共にしていいのか。


「でも、軍は抜けたって――」


「いつ裏切るかわからないだろ?」


 城での出来事も演技かもしれない。

 今まで行動を共にしていて、素性を明かさなかったのはそのためではないか。

 そのうち気が変わり、不意打ちを受けてはたまったものではない。


「この場で決着をつけておいた方がいいんじゃないか?」


「恭輔!」


「いいんだよ、美咲ちゃん」


 レイブンは左手で美咲を制した。

 恭輔の目の前に立ち、真正面から目を合わせる。


「もう信じてくれとは言わない。ただ、旅には付いて行かせてほしいんだ」


 レイブンは真っ直ぐに恭輔の目を見つめる。

 そこには強い決心が垣間見えた。


「僕が信じられないようなら、後ろから斬ってくれて構わない」


「レイブンさん……」


 なぜそこまでして、一緒に旅をしたいのか。

 恭輔には理解できなかった。


 美咲が何かをねだるような目で、恭輔を見つめている。

 恭輔は大きくため息をついた。


「わかった、その時は遠慮なく斬らせてもらうよ」


 恭輔は観念したように両手を上げた。

 素直に認めないところが、恭輔らしかった。


「ありがとう、恭輔」


 レイブンは微笑んで、礼を言う。

 改まって礼を言われ、恭輔は顔を背けた。


「よし、じゃあ行こっか!」


 美咲の一言で三人は歩き始めた。

 特に当てもなく、人のいる場所を目指して。

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