第六十一話
「ケケッ、どんどん積んじまえっ!」
「人間の物は全部奪っちまえっ!」
「一つも残すなよっ!」
港に行くと、魔物が港の積荷を船に運んでいた。
魔王軍の船らしき軍事船は大きなものだった。
体の大きな魔物が乗るためなのか、積荷のために大きな船を選んだのかは不明だが、どちらにせよ穏やかではない。
そして、見覚えのある魔物が略奪の指示をしている。
「あれ、あのゴブリンって……」
美咲は目を瞑り、記憶の糸を探った。
どこかで会ったような……。
恭輔も同じく考え込んでいたが、思い出したらしく声を上げた。
「あいつら、砂漠で町を襲ってた奴らだな」
美咲も思い出して、手を合わせた。
そう、アルト博士の家で会ったゴブリンだ。
恭輔に負け、あっさり逃げ帰ったゴブリン三人衆。
その場にいなかったレイブンは首を傾げている。
ゴブリン三人衆の一匹が美咲達に気付き、残りの二匹に呼びかける。
二匹も美咲達に気付くと、三匹同時にこちらを指差した。
「お前らっ、なんでここに!?」
「まさか俺達を追ってきたんじゃ?」
「早くあの方に知らせろ!」
ゴブリン達は慌てふためいている。
その間も魔物たちは積荷を奪い続けている。
「あなた達、積むのを止めさせなさい!」
「ケケッ、それは無理だな」
「あの方の命令だからな」
ゴブリンは自信たっぷりに言い張った。
あの時とは違い、怯えている様子もない。
「あの方?」
「俺だよ」
船の奥から声が聞こえてきた。
それと同時に殺気が押し寄せてくる。
気を抜けば、意識が飛んでしまいそうだ。
「まさかこんな所で会えるとはね」
姿を現した男に美咲は目を見開いた。
見覚えのある、にやけ顔。
忘れるはずもない。これから先忘れることもないだろう。
祖母を奪った憎い仇。
「久しぶりだね、美咲」
直後、美咲の全身から凄まじい魔力が発せられた。
肌を刺激するほどの憎しみを含んだ魔力。
積荷を運んでいた魔物が意識を失い、倒れていく。
「へぇ、しばらく見ないうちに魔力を制御できるようなったのか」
レギノスは感心感心と頷いている。
険しい表情で睨みつけている美咲の肩をレイブンが叩く。
はっとして魔力を抑えつける。
「なんだ、やらないの?」
レギノスは残念そうに肩をすくめた。
地面まで伸びていた手の爪が元の長さまで戻っていく。
戦闘態勢だったようで、殺気が薄れていく。
「私は……あなた達と話すために来たの」
「話す?何を?」
レギノスは半笑いで傍らにいた部下の頭を蹴った。
意識を取り戻した部下は、そそくさと船に戻っていく。
「これ以上町を襲うのはやめて」
その瞬間、レギノスは無表情になった。
そしてすぐさま大声で笑い始めた。
「おいおい、本気で言ってるのか?」
美咲はそれに答えず、真っ直ぐにレギノスを見つめている。
その様子を見てレギノスはため息をついた。
「無理だね。というよりも俺が直接町を襲っているのなぜだと思う?」
「え?」
「お前のせいだよ、美咲。お前を消せなかったことを魔王様はお怒りになったんだ」
徐々にレギノスの顔が歪む。
それに伴って殺気が増していく。
「今この場でお前を消せば、俺の任務は達成できるんだよ!」
とてつもない殺気が全て美咲に向けられる。
美咲は思わず後ずさりした。
しかし、負ける訳にはいかないと一歩踏み出して言葉を絞り出す。
「私を、私達を魔王城に連れていって」
「……いいだろう」
レギノスから殺気が消え、素の表情に戻った。
「おい、引き上げるぞ」
その言葉を合図に、魔物たちは船に戻っていく。
美咲は肺の空気を一気に吐き出した。
不意に膝から崩れ落ちる。
両脇から恭輔とレイブンに支えられて、何とか持ち堪えることができた。
「大丈夫か?」
「うん、平気平気」
なんとか態勢を立て直して、顔を上げる。
すると、レギノスは踵を返して船に乗り込んだ。
「城に行きたければこの船に乗るといい、命が惜しくなければな」
そう言い残して、レギノスは船の奥へ消えた。
城までは連れて行くが、そのあとは知らないということだろうか。
いずれにせよ、魔王と会うためにはこの船に乗るしかない。
「乗りましょう」
美咲の言葉に恭輔とレイブンは無言で頷いた。
美咲が先陣をきり、三人は船に乗り込んだ。