第三十六話
「恭輔、何するの?」
美咲は、ゆっくりと剣を抜いて立ち上がった恭輔を見上げた。
恭輔は前を向いたまま、微笑んだ。
「俺が奴らの注意を引きつけている間に逃げろ」
「そんなことしたら・・・」
「このまま見つかったら二人ともやられる」
恭輔は勢いよく飛び出そうと、足に力を込める。
すると、魔物の中の一匹が声を上げて倒れた。
「どうした?何があった!?」
突然の出来事に、悪魔は慌てている。
部下達も状況が把握できず、うろたえるばかりだ。
そうしている間も、どんどん魔物は倒れていく。
「美咲、今のうちに逃げるぞ」
「う、うん」
恭輔は剣を収めて美咲の腕を掴むと、気付かれないようにゆっくりと入口に向かう。
しかし、一匹のゴブリンが二人の姿を見つけた。
「バイス様!怪しい奴らがいます!」
「ん?そうだな、奴らを捕えろ!」
バイスと呼ばれた悪魔は、美咲達を指差した。
それを合図に、魔物の群れが一斉に襲いかかってくる。
「くそっ、やるしかないか」
恭輔は剣を抜いて、美咲を庇うために仁王立ちした。
すると突然、恭輔の目の前に青年が下り立った。
「あんたは?」
「自己紹介はあとだよ、先にこいつらを片づけよう」
青年はそう言い残して、魔物の間を駆け抜けていった。
魔物は声を上げることもなく、倒れていく。
「速い・・・全く見えなかった」
恭輔は圧倒的な実力の違いを垣間見た気がした。
バイスは怒りの表情を浮かべて、青年を睨みつけている。
「さっきのはお前の仕業だな?」
「そうだよ、もしかして見えなかったのかい?」
青年は挑発的な笑みを浮かべている。
バイスはサーベルを抜くと、顔を真っ赤にして青年に斬りかかった。
部隊を率いているだけあって、剣の扱いは上手い。
しかし、青年は紙一重で避けていく。
「へー、流石だね。怒りに任せているようで、太刀筋は冷静だ」
その隙に、恭輔は魔物を斬り倒していく。
それに気付いたバイスは、部屋の隅を振り返った。
「ミノタウロス!お前の出番だ!」
「ミノタウロスだって?」
青年は眉をひそめて、部屋の隅を見た。
暗くてよくわからないが、巨大な何かが立ち上がるのが見えた。
その何かが、激しい足音をたてて恭輔に突っ込んでくる。
「恭輔、気を付けろ!」
「ん、なんで俺の名前を?」
青年に名前を呼ばれ、不思議に思ったが追求する余裕はなかった。
ミノタウロスは両刃の斧を肩に担ぎ、恭輔を薙ぎ払った。
その速度は意外に速く、恭輔は剣で防ぐしかなかった。
力が凄まじく、恭輔の体は宙に浮いた。
「こいつ、なんてパワーだ!」
恭輔はそのまま、壁に叩きつけられた。
その勢いは強く、壁に亀裂が入った。
恭輔はゆっくりと壁を滑り落ちた。
「恭輔!大丈夫!?」
美咲は杖で体を支えながら叫んだ。
恭輔がいない隙に、ゴブリン達が美咲に向かっていく。
「やばっ、力が・・・」
美咲は体に力が入らず、呪文を唱えることができない。
その間に、美咲はゴブリン達に囲まれてしまった。