第三十話
「あっつー・・・」
美咲は額の汗を拭った。
砂漠では皮膚の水分が蒸発してしまうので、上着を脱ぐことができない。
したがって、暑さに耐えるしかないのだ。
「少し休むか?」
恭輔は岩場の影を指差した。
美咲のペースが少し遅くなってきたからだ。
「大丈夫、さっき水飲んだから」
「飲み過ぎるなよ、水は限られてるんだからな」
美咲は答える元気もなく、手を振っている。
恭輔はため息をつくと、距離が開いてしまった美咲に歩み寄った。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫・・・ってあれ?」
美咲は遠くを見つめ、目を凝らした。
すると、うっすらと人のようなものが見えた。
姿を確認すると、美咲はそれに駆け寄った。
「おい!美咲!」
先程まで弱っていたとは思えないほど、美咲は急に走り出した。
恭輔も後を追って走る。
「大丈夫ですか?」
「み、水・・・」
「水ですね!」
美咲は鞄から水を取り出すと、倒れていた男性に飲ませた。
男性は水だとわかると、起き上がって勢いよく飲み干した。
「ありがとう、助かったよ」
男は口を拭うと、元気無く微笑んだ。
年齢的には美咲達と変わらないが、頬は痩せこけている。
手足も骨と皮だけで、異常なほど細くなってしまっている。
「美咲!お前、水が・・・」
恭輔は男が持っている水筒を指差した。
男は持っている水筒を見ると、美咲を振り返った。
「ご、ごめん・・・全部飲んじゃった」
「いえ、気にしないで下さい。水ならたくさんありますから」
美咲は男に笑顔を向けた。
しかし、水は村でもらった二つしかない。
もう一つは、ついさっき恭輔が全て飲んでしまったのだ。
美咲は自分の分を全てあげたので、水はもう無い。
「もしかして、あなたは町の方ですか?」
「うん、魔物が襲ってきたから逃げてきたんだ」
男は恐怖で体が震えている。
美咲は男の手を両手で優しく掴んだ。
「大丈夫です、私達が町を助けますから」
「君達が?」
男は不安そうに二人を見ている。
自分と年が近い二人組に、任せられるのか心配なのだろう。
「恭輔、この人どうする?」
魔物と戦うのに、弱っている男性を連れていくことはできない。
だからといって、ここに一人で置いていくのも危険だ。
「そうだな・・・」
「あの、俺も連れて行ってくれないかな?」
「え、でも・・・」
「本人が言ってるんだから連れて行くしかないだろ」
恭輔は男の隣にしゃがみ込んだ。
「歩けるか?」
「うん」
男は自力で立ち上がり、恭輔達を見た。
「よし、じゃあ行くぞ」
「辛くなったら言ってくださいね」
美咲は男を振り向くと、微笑んだ。
男は無言で頷くと、歩きはじめた。
「自分だって辛いくせに・・・」
恭輔は二人に聞こえないほど、小さく呟いた。