序章
「おはよう、お兄ちゃん」
美咲は弁当箱に自慢の卵焼きを詰めながら言った。
平日の弁当作りは美咲の仕事になっている。
兄と自分の二人分なので、少し早めに起きなければならない。
「おお、今日から授業始まるんだっけ?」
拓斗は頭を掻きながら、食卓の椅子に座った。
弁当の残りをつまみながら、テレビのニュースに耳を傾ける。
「いいよね~、大学生はゆっくりできて」
美咲は弁当を作り終えて、タオルで手を拭いた。
居間の時計に目を向けると、まだまだ時間に余裕がある。
早めに準備しておこうと、制服であるセーラー服に着替えるために自分の部屋に入った。
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美咲は着替えを終えて部屋を出ると、そのまま両親の仏壇の前に座った。
撥で鈴を鳴らして、両手を合わせる。
「お父さん、お母さん、行ってきます」
両親の写真をしばらく眺めてから立ち上がり、台所の弁当箱を学生鞄に入れる。
電話台に置いてある携帯電話と財布も鞄に詰め込んだ。
「それじゃ、行ってくるね」
「おう、いってらっさーい」
美咲が出て行くのを見届けた後、拓斗は仏壇に視線を移した。
仏壇の写真には笑顔で腕を組んだ両親が写っている。
「あれから13年か……」
そう呟いた拓斗の目は、仏壇ではないどこかを見つめているようだった。
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「あれ?」
いつもの通学路に見慣れない光景があった。
四角い台の上に水晶玉を置いていて、路上で占いをしているようだ。
台の前にはフードを深く被った占い師が座っている。
怪しさ満点の光景だ。
(こんな所にいるのも珍しいな~)
あまり関わらないほうがいいかもしれない。
そう思いながら通り過ぎようとした時。
「そこの娘」
「え?」
声をかけてきたのはフードを被った占い師だった。
声の嗄れ具合と高さからして老婆のようだ。
「私ですか?」
「お主以外に誰もいないじゃないか」
確かに美咲以外に歩いてる人はいない。
関わりたくないという願いは、あっさりと破られた。
「あの、何か御用ですか?」
「悪いオーラが出ている、今すぐ家に帰ったほうがいい」
「悪い……オーラ?」
占いは信じる方だが、漠然としているため美咲は戸惑ってしまった。
というより、オーラと言われても訳が分からない。
「それってどういう――」
美咲が詳しく聞こうとした直後、遠くでチャイムの音が聞こえた。
「やばっ、もうそんな時間!? 私、学校行かなきゃならないんで失礼します!」
そう言い残して、美咲は走り出した。
思わぬタイムロスだ。
徐々に小さくなる美咲の後ろ姿を見つめながら、老婆はため息をついた。
「ふむ、困ったことになった……」
老婆はそう呟くと、占い道具を片づけ始めた。
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「あれ、ユキ?」
チャイムが鳴ったにも関わらず、前を歩いている親友の雪穂を見つけた。
お下げ髪に黒縁メガネの彼女は見た目通りの優等生だ。
成績優秀で、常に学年トップに君臨している。
「おはよう、ミサ」
「おはよう、チャイム鳴ったのに歩いてていいの?」
雪穂は美咲を見つめて呆然としている。
ため息をついて、腕時計に視線を落とす。
「ミサ、まだ8時20分だよ。それに、さっきのチャイムは近くの小学校だし」
「へ?」
美咲は雪穂の腕時計を覗き込んだ。
確かに時計は20分を指している。
朝のホームルームは40分からだ。
「あ、ホントだ」
無駄に全力疾走をしてしまったようだ。
疲労と後悔から、美咲はがっくりと項垂れた。
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「遅いなぁ」
担任が出席を取り始めたにも関わらず、美咲のもう一人の親友はまだ来ない。
「いつものことでしょ?」
雪穂は呆れた顔をしている。
「まぁ、そうだけど……」
美咲が言うと同時に、教室の後ろのドアがゆっくりと少しだけ開いた。
その隙間に体を滑り込ませて、一人の生徒が慎重に入ってくる。
どうやら担任に気付かれないようにしているようだ。
「山口絵里香ー、ホームルーム始まってるんだから早く席に着けよー」
「バレたか……」
教室全体に笑いが起きる。
絵里香は開き直って、堂々と席に向かう。
「あーあ、ギリギリセーフだと思ったのにな~」
そう言って絵里香は席に座った。
「エリは遅刻が当たり前なんだね」
美咲はもう一人の親友である絵里香に小声で話しかける。
絵里香も担任に聞こえないように、小声で返した。
「だって、化粧が決まんなくてさ~」
「化粧なんかしてくるからでしょ?」
雪穂は完全に呆れている。
絵里香は頬を膨らませて、美咲は二人の掛け合いを笑顔で眺めていた。
時間がある時に書きますので、期間が空くことがあります