Eternal Pain
死というものは常に恐ろしく、突然のものだ。
例えば、父が、母が、姉が、妹が、兄が、弟が。
家族に限ったものじゃない。
大好きな彼氏が、彼女が。友人が。先輩が。後輩が。部下が。上司が。
誰かが死んだ時、人間の心にはポッカリと穴が開く。
とてつもなく小さい穴かもしれないし、大きな穴かもしれない。
ただ、その穴がいくつも開けば、簡単に綻ぶ。
あなたは耐えられるだろうか?すべてを失い、自らをも失いかけ。
そんな醜く、苦しく、辛く、痛い。そんな姿に正気を保てるであろうか。
否、それは聞く必要のないことである。
これは、ある独りの少女の物語である。
目の前の誰かが、大好きな親友が。
突然目の前から消えてしまった時、泣き叫ぶと思っていた。
辛く苦しむと思っていた。
でも、私はそんな世界に絶望し、恨み、憎んだ。
『以後、私が知っている情報を記す。』
『大陸を滅ぼした悪と皆は呼ぶが、その正体は独りの少女であった。アイリス、彼女には優しい両親がいて、大切な兄弟姉妹がいて、大好きな友人がいた。』
『彼女自身も優秀な魔法の能力を開花させ、未来の王国を牽引する人材...なんて評価もあっただろう。』
『悪や呪や憎悪とは無縁の少女だ。』
『暦にして528年、冬のことである。その日北の大国レヴリアで革命があった。民衆が王を打ち倒し、民の中から選ばれたものが王となる。ただそれだけだ。だが、たったそれだけのことが南の我らの王国、ヴェリッタにも影響を与えたのだろう。』
『決して、王が悪かったわけではない。ただ、レヴリアが一時的に交易不可になり、伸び悩んでいた経済も合わせて、民の不満が一気に募ったことは事実、そしてそれが王を暗殺し新たな王を立てんとする反乱分子の耳に入ったのもまた事実。』
『彼女の両親は王の配下にあり、優秀であった。父は騎士として街を守り、母はその知力を持って街を護った。二人とも国を愛し、民を愛していたのは言うまでもない。』
『だが、それは反乱分子―――ヨルグ派には関係なかった。彼らにとってその二人の存在こそが現王派の柱になることがわかっていたのだ。故に、新たな王を立てるには排除することが必然だった。』
いつも通り、家へ帰ってきた。親友のネルと別れ、家の前へ。
何かがおかしい。
人だかりができていた。
「う...そ...。」
家の前で、兄が倒れていた。
そう。
私たちの家が襲撃されていたのだ。
家の中では、母が倒れていた。
父、母、兄、姉、妹、私の5人家族。
今日、たった一日で私たちの家は二人を失った。
幸い外出していた父と私、姉のアリス、妹のレナは無事だった。でも、兄は家の前で殺されていた。
一度だけではない、何度も刺されていた。それでも、剣を強く握って離さない兄の手。
最後まで戦っていたのだと、そう感じさせる...いや、それが事実であると痛感させる。
私たち一家は哀しみに明け暮れた。父はその日から人が変わったようだった。感情の起伏が激しくなり、いつも怒っていた。
私たちを平等に愛し、優しく。時には厳しく。そんな一家の柱であった父は、いつしかダメになっていた。
『次の春、クーデターは成功した。現王派は掃討され、新たに王がたてられた。無論、彼女の父も例外ではない。』
あれから、3ヶ月。今も心の中の穴は埋まらない。姉も、妹もいつしか笑顔が減った。大事な親友もいつしか私とは話さなくなってしまったように思う。
たとえ話しかけてきたとしても、笑顔で応えられるような状態ではない。
『おかえり。そう彼女には幻想が見え、聞こえていたそうだ。』
何度目だろうか、私を優しく受け入れるような声がして、前を向く。玄関から母と兄が笑って私を迎える。
その時だけは笑顔になれる。
瞬きをすると、その景色が幻想であったことに気づく。
「父様…?」
家に入るが、父がいない。最近は早く家に帰ってきて私たちを待っている父が。
結局、その日父は帰ってこなかった。
母が死んでからというもの、私たちは自分で料理をしていたので幸い生活に困ることはない。だが、どこか嫌な予感がして、その日は眠れなかったように思う。
次の日、父が帰ってくることはなかった。そして妹が帰ってくることもなかった。
家には私と姉のアリスだけが残された。それでも、会話をすることはない。今思えば姉様は諦めていたのだろう。姉様はいつも母の背中を追っていた。だからこそ、母がいなくなってからの姉様は空っぽの人間だった。何を言っても受け答えにはならない。それでも私たちに料理は作ってくれた。
「アイリス!貴方のお父さんが!」
学校でネルが話しかけてきた。いつもなら耳に一切入らないその声も、今日は鮮明に聞こえた。
「ネル...?何のこと...。父様が帰ってこないのはいつもだよ。どうせ、酒でも飲んでるんだよ。」
そうだ。父様は最近帰ってこないことが多くなった。そうだった。なんだ、いつものことじゃないか。嫌な予感なんか当たってないじゃないか。
そう言い聞かせていたのだろう。
『アイリスは知らなかった。父が捕まっていたことを。それどころかアイリスは王が変わったことも知らなかった。』
「父...様...」
「―――」
「―――」
「―――」
「―――」
その日、その時間から私の耳には一切の音が聞こえなくなった。
『その時から、彼女はどこかおかしくなっていたそうだ。親友であったネルという魔法使いによると一切笑わなかったアイリスが不気味に笑っていたと。』
『そっからアイリスが悪魔となるのはすぐだった。最後のトリガーは彼女の姉だ。』
姉が死んだ。
またか。
もう慣れてしまった。
「全部、全部、なくなっちゃえばいいんだ!アハハハハハ!」
「お前なんか死ねばいいんだ!お前らのせいで俺等の生活は苦しかったんだ!」
そういって石を投げつけているのは同じ学校の人間だった。
そっか。もう失うものなんかないんだ。みんなこの苦しみを味わえば。
死ねば黙るし、全て壊してしまえば同じことなんか起きない。
そっか。簡単なことだったんだ。
世界を無くしてしまえば良いんだ。
『ディ・ラグナロク』
『アイリスがその言葉を唱えた時、周りの人間は無惨にも死に、その王国は一夜で炎に包まれた。避難した人間もいただろうが、ほとんどが死んだ。そうして生き残りの人々は北へ移動した。だが、北も彼女にとっては滅ぼすべき対象だったようだ。』
「大陸は彼女によって漆黒の大地に作り変えられた。数百万の命は刈り取られ、島国であるここ、ルノフリアのみが残された。」
「以上だ。私たち...数少ないヴェリッタの生き残りがまとめた歴史だ。」
今日もこんなくだらないことをしてカネを稼いでいる。
これも全てあの子を養うためだ。
アイリスの妹、レナ。俺のもとへやってきて、苦しみを打ち明けていたこの子と出会ったとほぼ同時、アイリスが事を起こし、北に逃げることもできずに東に逃げ、そのままルノフリアへと逃げてきた。
まさか、北の国が滅ぶとは思わなかったが、そのせいで生き残りはほとんどが死んだ。私の両親も炎に包まれ死んだ。
仕事なんかまともにしたことがない...なにせまだ成人すらしていないのだから。
それでも金を稼がなきゃいけない。世の中の学校に通っている人間たちは皆親がいて、その親の金で幸せに暮らしている。だが、俺はそうじゃない。養わなきゃいけないやつがいるくせに親はいない。
だから歴史を語るだなんてくだらないことをしている。
本当にくだらないことだ。自分でも憤慨している。それでも、俺にはこれくらいしかない。
「ただいま。」
「おかえり、ご飯...できてるよ。」
彼女はこんな俺のことを迎えてくれた。自分の姉を語り草にしてカネを稼いでいるというのに。
今日も彼女は料理を作り、並べてくれていた。
「いただきます。」
美味い。相変わらず。
「ねぇ...姉様はどうなったの...?」
「まだわからない...そもそも、あの大陸に入ることすら叶わない状況だ。一切情報に入ってこない辺り...無理だろうな。」
「...そっか」
目をそらし、後ろを向く。きっと涙を隠しているのだろう。わざわざ詮索するようなことはせず、食べ進める。
「ねぇもし私がここからいなくなるって言っても...私についてきてくれる?」
「まさか...行くつもりか?!」
「死んだって良い...最後に一目...見に行きたいの。私だって魔法使えるんだから...ちょっとぐらいなら戦える。」
「やめておけ!無理だ!」
「無理だって良いの!ずっとこんな生活、あなたに迷惑かけて生きたいと思わない!私には...生きる力も...希望も...もうないの」
アイリスの妹がいなきゃ、語り草にできないじゃないか!と理由付けをする。
だが、本心はそうではない。レナを今日まで見捨てなかったのは彼女がアイリスの妹だからではない、レナが私の愛する妻であってほしいという願っているからだ。
「レナ...俺はお前を愛している。だからお前のために働こうとそれが苦になることは絶対にない。誓うよ...お前に。俺はお前を見捨てたりしないって...だからお前もずっとそばにいてくれよ。レナのために頑張ってきたんだ!今更...お前がいなくなったら何のために生きれば良いんだよ...。」
「私だって...貴方を愛してる...でも、同じくらい姉様を愛してる!だから...貴方とずっと一緒にいることはできない...姉様に会いに行かなきゃいけないの...。」
レナを愛している。だからレナを止めたい。でも、彼女の意志を否定するようなことはしたくない。
止めたい。
止めたくない。
止めたい。
止めたくない。
葛藤するうち、彼女は大粒の涙を流していた。寂しさだろうか。それとも哀しみだろうか。俺にはわからない。
「わかった...じゃあ、一緒に行こう。」
「本当に...?ほんとの本当に...?」
「あぁ。死んだら、一緒に天国だ。どうせそのうち生活も厳しくなるんだ...ここで粘っても意味ないさ。」
レナはありがとうと言いながら俺に飛びついてきた。俺の服がびしょびしょだ。でも、それでいい。
彼女の痛みが少しでも和らいだなら。それでいい。
「大陸まではここから船に乗って数時間かかる...その間休んでおけ。」
聞いたところによると、ルノフリアも時々遠征隊を出しているそうだ。ただ、多くは上陸する前に魔法の壁のようなものに阻まれる。上陸できたものも過去には何度かいるようだが、帰還したものはいない。
「行くぞ。」
噂の魔法の壁が出現する辺り。
壁に...
ぶつか...ら...ない...?
「行けたか...。」
レナはずっと黙っている。心配なのだろうか。まぁ、それも無理はないだろう。
砂浜まで黒く、禍々しく染まったその大陸。
フルーフと呼ばれる呪の類が侵食し、人々を殺し、建物を崩し。生き物すら住めなくなったその大陸についに上陸した。
「大丈夫か?立てるか?」
「うん...なんとか。」
レナを支えつつ、大陸の奥へと足を進める。ここで騎士たちとはお別れだ。この戦いは、俺達のためにある。他の人間は巻き込まない。
そこから連れてきた馬でずっと走る。
食糧は数日分。おそらくアイリスのもとにつけば食糧が尽きるだろう。
一日目。南東にあった国の跡に到着。そこで休けい。
二日目、南の国家、ヴェリッタの近くまでやってきたが、馬が限界そうだったので諦めることに。
三日目、馬を連れながら歩く。
「これは...ヴェリッタ。」
不思議な光景だった。辺りを覆うフルーフはヴェリッタの王都のみを残していた。と言っても、当時の火災とアイリスによってほとんど崩れ、ほんの少しだけ見覚えがある...程度ではあった。
「行くぞ、レナ。」
長旅をあまり経験していないレナは既に限界のようだった。
街へと入ると、生き物は相変わらずいなかった。そこら中に誰かの遺体と思わしきものがあった。まだカタチを保っている。そりゃそうだ。あれから数年しかたっていないのだ。自然に埋もれる前の…貴重な姿なのだろう。あまり見たくはないが。
「ここは...私たちの家...。ねぇ!ここにいる...姉様。」
レナが見つけたのは彼女の家。レナの言う通り、そこは魔力が溢れる根源だ。
「行くぞ。」
意を決して、玄関へと近づくと扉が開く。
「また...人間か。前に言ったはずだ。次来たら殺すと...そうか、殺したんだった。」
俺達が見たことのあるアイリスはそこにはいなかった。恐ろしい存在がそこにいた。アイリスの顔をし、アイリスの身体をしていた。だが、その心は既に空っぽだった。恐ろしき悪魔がそこにいた。
「アイリス。」
「なぜかは知らぬが...人間たちは皆私のことをそう呼ぶ...今の私はネメシス。復讐の神、呪の悪魔だ。」
「ならネメシス、お前に会いに来た。」
「姉様!」
レナが声を上げる。でも、その声はアイリスには届かない。
「せいぜい抗うが良い。人間。」
アイリスが扉を閉めると同時―――地面が隆起する。とっさにレナを抱えて飛ぶ。
地面から巨大な木の根のようなものが現れ、俺達を狙う。
「これが...先人たちを葬った...呪樹...。」
レナを降ろし、わずかに崩れず残っている近くの家の中へ。
『デア・ポラリス』
剣を抜き、振り下ろす。鋭い斬撃が完璧な位置へ。だが弾かれる。
鋭い斬撃が空へと飛んでいく。そして木の根との壮絶な戦いが始まる。
飛んでくる攻撃を剣で受け切り、僅かな隙に反撃。それを繰り返し、木の根が少しずつ弱まっていく。
だが、やつは狙いを変える。俺を狙うのではなく、後ろにいるレナを狙わんと根を伸ばす。
とっさに家の前へと飛ぶ。
『ディクリス・アンタレス』
木の根の攻撃に対し防御。すべての攻撃を弾く。レナを殺させるわけにはいかないのだ。
守ると決めたのだから!
防御を展開しつつ、斬撃と魔法攻撃で対処する。
『ディアネス・クライズ』
魔法陣を出し、炎、水、風、土、雷の魔法を最大限まで高める。
魔法弾を生み出し、ヤツへと放つ。だがやつの特殊な外殻は魔法では簡単に削れない。恐ろしい限りだ。あの鎧とも言える外殻はおそらく直接攻撃じゃなければ傷しかつかない。
やつと凄まじい攻防を繰り広げる刹那、地面が崩れる。レナが巻き込まれるととっさに家の中へ入り、レナを抱きかかえる。
「レナ、つかまっとけ!」
後ろに抱えていた大剣ツァウバーを引き抜く。
使っていた剣を捨て、レナとともに高く飛ぶ。
「レナ!自分で飛べるか?」
「うん!できる!」
魔法陣を発動、大剣に魔力を込める。
「ここで死んでたまるかぁぁぁぁぁぁ!」
『ディクリス・ディアネス・フェニックス!』
七色の魔法を纏った剣がやつへとまっすぐ落ちる。
最大の、我が人生最強の一撃だ!
「レナ...大丈夫か?」
「...うん」
木の根はピクリとも動かなくなり、塵となり風にのってどこかへと消えた。最強の一撃はやつの外殻を貫きコアを破壊した。その代わり、魔力はすっからかん。二度と使えない。
レナとともに家の中へと入る。
外側は一般的な家のように見えるが、中は家ではなく、地下への階段が続いている。
降りるとそこにはネメシスがいた。
「ネメシス...いやアイリス。お前は負けた。あの木の根はお前の力だろ。アレは倒した。もうお前も俺も...魔力がすっからかんだ。」
「まさか...人間ごときにあの呪いの樹が負けるとはな...」
「なんで、こんなことをした!教えろ!」
一応だが、それでもこいつには聞きたいことがいっぱいある。
「なんで?理由が必要か?私の家族はもういない。なら、私に失うものはない。ゆえに何をしようと私にとっては得でしかない。」
「私の命がほしいなら、持っていけば良い。だが、それは簡単じゃない。」
アイリスの後ろには巨大なコアがある。魔力を蓄えられたそのコアは...明らかに危険であった。
「私を殺せば、私の後ろにあるクライス・コアは爆発し、お前らは死ぬ。残されたヴェリッタの土地もフルーフに汚染され、お前たちが求めるこの大陸は二度と使い物にならなくなる...これも人間たちの罪だ...。」
「話を聞いてくれ...お前の妹を...」
「黙れ!お前たちにはもう未来なんてない!私の苦しみを味わい...せいぜい死ぬと良い。」
話が通じるような相手ではない。レナはずっと黙っている。
「レナ...どうにか頼めないか。」
「...うん。」
「...姉様、私のこと...わかりますか?」
「私には家族はもういない...お前のことなんか...」
アイリスは最初、知らないような素振りをした...だが、彼女の中での葛藤なのか、記憶の片隅が浮かんだのか。
「レ...ナ...。なぜ...貴方が...。」
「...姉様に会いに来たんです!もうやめてください!父様も母様も、姉様も兄様も...浮かばれません!」
「くっ...黙れ!黙れ!!!」
極限まで圧縮された魔法がレナの脇腹を貫く。
「姉...様...」
「レナ!」
「私に...家族なんか!」
「家族なんか!」
レナの治療を優先し、回復魔法を当てるが、フルーフの力が宿ったその魔法には効果がない。
レナは苦しんでいる。だが、彼女の目はしっかりと前を見ている。未来を見ている。
「家族...なんか...」
レナが苦しみながら、立つ。今にも倒れそうになりながらアイリスへと近づく。
「来るな...来るな...」
アイリスが漆黒の剣を振り下ろす。レナの右手を斬り飛ばし、レナの服が血に染まる...それでも、止まらない。
「姉様...」
「レ...ナ...」
アイリスが沈黙し、倒れそうになったレナを支える。
「レナ...なぜ...そこまでして...。」
「姉様が...好きだから...私のために...戦ってくれた姉様が好きだから...」
一歩を踏み出すことができない。目の前の光景にただ立っていることしかできない。レナはもう致命傷だ。おそらく...助からない。フルーフとはそれだけ凶悪なものだ。
「ごめん...ごめんね...」
アイリスが泣きながら、レナへ謝罪する。レナの命の火は少しずつ小さくなってゆく。
「レナ...。」
そして、アイリスの残った最愛の妹、レナは目を閉じた。
「世界はお前のせいで変わったんだ。憎悪に呑まれ、人々を滅ぼした悪魔、ネメシスによって大陸は滅んだ。」
俺はそう始めた。彼女に本当のことを伝えるために。
「だが、ヴェリッタの数少ない生き残りは皆、『彼女も被害者である』と最後に遺した。お前のことを各地の学校や騎士に伝え、教えている時、稀に『アイリスは悪くない』という言葉を聞いたこともある。戯言だったのかもしれないが、俺はその言葉は間違っていないと思う。レナもそう思っていたからだ。」
「今更...今更それを言ったところで...私にはもう...何もない。」
こいつは...なにもわかっちゃいない。苦しんでいると思い込んでるだけだ。だから、死んででもこいつに物申さなきゃならねぇ。
「せめて...最愛の妹ぐらいは...弔ってやれよ!そんなコアで今更ヴェリッタをフルーフに染め上げることばかり考えないんで!最後くらい、葬ってやれよ!」
「お前がやったことは最悪で災厄だ!でもな、弔ってやることはできた!お前を今更責めるようなことはしたくないが...お前がやったことは結局自分と同じ境遇の人間を増やしただけだ!お前は誰かにその苦しみを伝えようとしたのか!少しでも紛らわそうとしたのか!それもしないでこんなことをして...ただのエゴで無実の人間たちを巻き込むな!」
「黙れ!お前に何がわかる!家族を殺され、誰も手を差し伸べない...道を歩けば石を投げられる...アリスはそんな奴らのせいで首を吊ったんだ!」
俺すら知らないその事実。
彼女の姉は彼女が学校へ行った直後に家で首を吊っていた。その日、彼女の姉、アリスが登校していないことは知っていたが...まさかそんなことになっていたとは。
「わかる...わかるさ。お前のせいで俺の両親は死んだ。お前の妹は迫害された。ルノフリアに行ってからも...レナは外出していない。」
「――――」
やっぱり、レナのことは第一に思っているのか。思った通り黙った。
「別にお前に責任を問いたいわけじゃない。ここに来たのはレナが会いたいと言ったからだ。自分は迫害されているのに、その原因を作った姉様には会いたいだとよ...まったく困ったやつだよ。」
俺はどうせ死ぬ。そう思って諦めてそこに座った。
「どうせ死ぬなら、最後はレナと一緒にしてくれ。天国でもあいつとは一緒にいたいんだ。お前が来るかはどうでもいい。どうせ来るなら、俺らの遺体はちゃんと埋葬してくれよ。」
自らの剣で腹を刺す。切腹ってのは手っ取り早いもんだ。
「な、お前!?なんで...」
「どうせ今のお前に何を言ったって聞こえねえんだ...せめてレナだけは生き返らせてくれ...ここに来る時にちゃんと見てきた...お前、王都の書庫読み漁ってたんだろ。蘇生の仕方...乗ってた...だ...ろ」
そこで俺の意識も闇へと落ちる。
最後くらい一泡吹かせてやりたかった。驚かせてやりたかった。どうせ死ぬなら、自分で死にたかった。
「どうして...そこまでできる...お前の親を殺したのだろう...」
そう問いかけたところで、もうこいつは起きない。
確かに蘇生の方法は知っている。だが、できるかなんてわからない。
でも、もうやらない選択肢はなかった。せめてレナだけは生き返らせ、できることならこいつも...。
この際、私の命は諦めよう。
フルーフに使っていた魔力を解く。そして、コアに手を突っ込み、莫大な魔力をその身で受ける。
「ぐっ...とんでもない魔力だな...こんなに集まってたのか...だが、まだ死なないだろ。」
莫大な魔力で蘇生魔法を発動。
二人の鼓動がもとに...
まだ...。
まだ死ぬわけに...は...。
「ねぇ!ねぇってば!起きてよ!姉様!」
そんな声で目が覚める。目の前には目覚めたレナが。傷は残っているが、意識ははっきりとしているようだ。そして周りを覆っていたフルーフは消え、コアも跡を残すだけ。
まさか...本当にやったのか...。
「姉様!」
「レ...ナ...。」
「起きてよ!まだ話足りないこと...いっぱいあるじゃん!」
「今...まで...ご...め...」
アイリスは目を閉じ、死んだ。
レナは大声で泣き、叫んだ。
世界を覆ったフルーフは消えていた。アイリスが死に際に解いたのだろう。レナは泣いていた。ずっと、アイリスの亡骸を抱きしめ、泣いていた。
家を探索すると、アイリスの手紙があった。
『この手紙を見つけたものよ。よくぞ私を倒した。』
『私は自らの行動を悔いていた。家族を失った苦しみを他の人間にも味わせたかもしれない。そう思っている。』
手紙の内容はおそらく、アイリスがフルーフに染まる前に書いたものだろう。彼女の残虐性はなく、そこには自分への後悔が綴られていた。
それから、アイリスの死因はやはり、膨大な魔力を身体に受けたことによるものだった。おそらくは、自らのかれきった魔力では蘇生魔法はできないと感じ、コアを破壊したのだろう。
世界の平和は保たれた。そう言って私は英雄になった。レナも同じだ。
だが、本当にこれで良かったのだろうか。世界を滅ぼさんとしたアイリスを討ち取った英雄となった今も、正解はわからずにいる。正義の裏にはまた別の正義がある。
アイリスの行動は褒められたものではないが、正しいかと言われた時に首を振ることができない。
自分も、同じ立場だったなら、そうしたかもしれない。
「ねぇ...アイリスは好きかな?」
レナ...妻は花を持ってそういった。
「ああ、好きだ。言葉足らずで、憎んでるけど、それでも...好きだ。」
「そっか。」
ヴェリッタへと戻ったレナと俺は、早く死んだ。でも、後悔はない。
世界を救った英雄としてではなく、一人の少女を救った家族としてだ。
これは、たった独りの少女の物語であり、世界が滅んだ災厄の物語である。
だが、あえてここに記そう。人は人を災厄へと変えるのだ。
無職転生の鬱回やばすぎて死ぬかと思った。




