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言葉にならない苛立ちと わけのわからない悲しみに

作者: 枕返し
掲載日:2026/07/18

「僕ヒーローになりたい。格好良くて皆に頼られる人になる。」


子供の頃に見たテレビに、幼い僕は大いに影響を受けた。

ヒーローになる。

それは実に抽象的で、具体性に乏しいものだった。

だから僕はとりあえず格好良くて頼られる人に。皆が憧れるような存在になろうとした。

小学校に入ってからは勉強を頑張って、テストはいつも満点だった。運動も一生懸命やって、いつも選手に選ばれた。

皆がやっているゲームもチェックして真面目に取り組んだ。

友達もたくさんいて、毎日が楽しかった。

僕にはぼーっとしてる時間なんてない。

まるで数年前の自分に追われるような、しかしそれは充実した日々だった。



中学生になってからは勉強のウェイトが増していった。

変わらず勉強しているだけでは毎回満点は取れなくなった。

俺は憧れられる存在にならなきゃいけない。今は勉強の占める割合が高い時期なのだから、それに注力するのは当然だ。

そうやって、俺は学年で一位の成績を維持した。

するとクラスメイトに勉強を教えてくれと頼まれたりする。当然快く引き受けるが、自分が1位を取るためにはこんなことは無駄だし、ライバルを増やすことになるから正直ちょっと嫌だった。でも勉強ができるから皆に頼られるのだと思うと悪い気はしなかった。

そうだ、皆に頼られるためにはもっと勉強しなきゃ。

上には上がいる。こんなんじゃいい高校には入れない。

頭が良くないと皆は憧れてくれない。胸を張れない。


俺は勉強の時間を確保するために遊ぶ時間を減らした。

小学生の時より遊ぶ奴も減って、友達の興味のあることも部活かゲームという風にハッキリしてきたため、新しいことを軽く押さえておいて後は小学生の時の流れでそれなりについていけたからだ。

まずは勉強だ。


「日曜遊び行かね?」

ごめん。塾あるから。

「部活入らないのか?」

部活は時間取られるんで。体力も使っちゃうし。

「ねぇ、彼女とかいないんだったらさ、付き合っちゃわない?」

構わないけど、構わないよ。



俺は色んなことを犠牲にして勉強をした。

そして高校に進み、俺の生活は勉強一色になった。

下らない遊びを持ちかけてくる友達はいなくなった。

部活を強要してくる教師もいなくなった。

俺のことを好きだと言ってくれる女子もいなくなった。

でもそれでもいいんだ。

もう煩わされない。

俺の高校生活は、あっという間に過ぎていった。


そして勝負の日。大学に入学するための試験の日。


俺は会場に向かう道すがら頑張ってきたことを思い出していた。

色々なことを犠牲にしてきた気がする。そしてなんとかここまで辿り着いた。自分の実力を発揮出来れば問題ないはずだ。そうだ、きっと大丈夫。緊張や不安こそが不安要素だ。大丈夫。できる。できる。

自分を奮い立てながら一人進む道の途中、しゃがんでいる人がいた。近くに行くとそれはうずくまった人だった。

体調でも悪いのだろうか辛そうな表情をしている。

一瞬気にかかったが、そんなことに構っている暇はない。

見ると歳も同じくらい。ライバルの一人かも知れないのだ。

そもそも体調管理ができていないのが悪い。自己責任だ。受験は戦いなんだから。

俺は間違っていない。



(そう、なのか?)

不意に心がざわつく。

(本当にそうなのか?)

それは振り払おうとしても何度もしつこく、うるさいくらいに、俺を責め立てるように響いてくる。

(苦しんでる人を無視して、誰かを蹴落として、突き落として、踏みつけて。

それが正しいのか?

これは、格好いいのか?

こんなことをして、続けて、後悔しないのか?)

いや、こんなことで試験に遅れるわけにはいかない。気を揉むことすら不利になる。

合格して、理想の大学生活を送るために。その先の人生のために。

(僕は、この人を見捨てて、その先で笑顔でいられるのか?

毎日楽しい生活を続けて、笑いながら忘れる。そんなことができてしまうのか?そんなことを望むのか?その楽しい生活の、その下敷きになっている人たちに気付かずにいられるのか?無視できるのか?)


・・・こんなことに悩む人間が、ヒーローか?




俺を俺足らしめていたあの決意は、今思えばあれは呪いだったのかもしれない。

この結末は決まっていたことなのかもしれない。

俺は幼い頃の自分を裏切ることができなかった。

ただ、それだけのことだった。


心の中の、僕自身が

事の重大さもわからない無邪気で、無思慮で、無責任な僕が

一人満足そうにしていた。

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