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インプットよりもアウトプットに多くのお金が必要になる社会

作者: ムクダム
掲載日:2026/01/05

 食べ過ぎは体に良くないということを実感するのがお正月だ。おせち料理やらお餅やら、普段あんまり食べないようなものをここぞとばかりに摂取し、お腹に膨満感を覚えながら年末年始の特番をぼんやり眺めて過ごす人も多いことだろう。何を隠そう私もその一員だ。

 膨満感という意味では、知識や技術も詰め込むばかりでは欲求不満の苦しさに襲われることがある。本などで得た知識は誰かに披露したくなるし、身につけた技術で何かに活かしたい、あわよくば誰かに褒めてもらいたいという欲求を持つのは珍しいことではない。その欲求が行き過ぎておかしな言動を取る人もいるけれど。

 インプットとアウトプットは両輪をなしていると考えて差し支えない。具体的な形は人それぞれだが、人間は外部から色々なものを取り込み、その取り込んだものを咀嚼し、自分なり表現することに人生の多くの時間を費やすことになる。芸術に限らず、遊びも仕事も、そして日常生活もそういったサイクルで成り立っていると言える。試しに普段の自分の1日の過ごし方を振り返ってみると良い。抽象化すれば、上記のようなサイクルに乗っかった生活をしていることが理解できると思う。

 知識や技術を得るにはお金がかかるというのがこれまでの常識だった。高等学校や大学、専門学校に進学したり、専門書などを購入、セミナーに通ったりするのにはほとんどの場合でお金が必要となる。求められる知識や技術を持っている者が限られていて、供給する側が求める側より優位に立っているからだ。教えを乞う見返りとして、金銭などを渡すというのは自然な取引の形だ。

 しかし、インターネットが広く普及し、情報の共有が活発に行われることで、無償で触れることのできる知識や技術の数が飛躍的に増えた。ちょっと気になることがあれば、専門書を読み解かずともさっと検索して目当ての情報を手に入れられる時代になっている。そのことの良し悪しを論ずるのは中々難しいのだけれど、良い面もあれば悪い面もあるよねという落とし所になるだろう。

 一つ確かなことは、従前のように知識や技術を売り込むことで莫大な利益を得るということが今後は難しくなっていくのではないかと言うこと。特許や著作権といった仕組みはあるけれど、加速度的に発達する情報ネットワークの前では個人や特定の企業が宝物のように情報を独占することは事実上不可能になると思える。

 では、どのようにして利益を得ようとするのか。悲しいことに、人間は他人を出し抜いて自分だけが豊かになりたい、満たされたいという欲求から逃れるのが難しい。いかにして他人からお金を巻き上げるかという課題に血眼になって取り組むのが人間というものだ。

 最初の方で述べた通り、インプットとアウトプットは両輪であり片方だけでは健全な状態にならない。広く情報が共有されインプットが容易になったため、人は知識や技術に限らず広い意味での情報をどんどん摂取することになる。私たちはスマホや情報端末なしの生活がほとんど不可能な状態になっており、少しの暇があればスマホ片手に情報を取り込もうとする。最初のうちは情報を取り込む楽しさで満足するが、いずれその情報を何らかの形で放出したいと考えるようになる。ブログやSNSでは数えきれない数の人間が何らかの発信を行い、膨大な量の情報がネットを駆け巡っている。中身が有益なものかはともかくとして、何かをアウトプットしなければ気が済まないという気持ちに多くの人間は支配されていると言って良い。

 この気持ちに付け込んで利益を得ようとする人間が現れるだろう。すでにそういう動きは始まっているのかもしれないが、今後はその勢いが増していくと予想する。

 動画サイトやブログサービス、SNSなど最初は無料で利用できるとしておきながら、徐々にその機能を制限し、従来通り使うためにはある程度の費用が必要となるようなケースが想定される。動画投稿サイトであれば一定時間以上の動画投稿を有料会員限定にするとか、文章投稿サイトであれば一日に無料で書き込める文字数を制限するといった具合だ。

 新しい機能を使うにはお金が必要と言われると出し渋る人も多いと思うが、これまで当たり前にできていた事を制限されることは大きなストレスになる。そこに怒りを感じてそのサービスから手を引くという可能性も十分にあるが、日々そのサービスに嵌まり込んでしまっている人の場合、嫌でもお金を払わざるを得ないという事態に陥ることも考えられる。

 サービスの見返りにお金を求めることが悪いと言っている訳ではないが、お金を払うように人間の行動や思考を誘導するようなやり方には感心しないというのが率直な気持ちである。

 アウトプットが自分の生活に不可欠なものとなっている場合、将来的にそこに今以上のコストがかかることになることは覚悟しておいた方が良いと思う。特に他人に見てもらうことが前提となっている場合、そのためのサービスの利用料が高くつくことが予想される。

 自分の気持ちや考えを整理することが主目的で別に他人に対する発信が不可欠ではないという場合であれば、コストを払うかどうかは自分次第という選択肢が広がる。

 何にいくらお金を払うかという判断は、その人の価値観が色濃く出る場面だ。その判断の舵を他人に握られないためには、自分が何のためにインプットとアウトプットを行っているのかを一度落ち着いて考えてみるのも良いと思う。終わり

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