遺失物センター統計異常報告書
以下の報告書は、〇〇市役所市民生活部「遺失物管理業務改善プロジェクト」(以下、本プロジェクト)において実施した分析結果の一部である。
なお、本報告書中に記載される一部の事例は、プライバシー保護の観点から個人を特定できないよう加工している。
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1.調査の背景
本プロジェクトは、近年の遺失物増加と保管コストの圧迫を受け、「遺失物の持ち主特定率を向上させる」ことを目的に、過去5年間の遺失物台帳データを統計的に分析するものである。
分析を進める中で、担当者はある「異常値」に気付いた。
・ 連絡先が明記されているにもかかわらず、持ち主に到達できないケース
・ 氏名・住所情報が、住民基本台帳および主要な公共データベースに存在しないケース
通常の誤記・転居・死亡等を考慮しても説明できない事例が、全体の約0.3%の割合で存在していた。
本報告書では、便宜上これらを「特異件」と呼ぶ。
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2.遺失物ログ抜粋
以下は、特異件の一部を抜粋したものである(原文から一部改変)。
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【案件番号】R3-2145
【発見日時】令和3年10月2日 18:43
【発見場所】〇〇駅西口 改札付近ベンチ
【品 目】子供用リュックサック(黄色、恐竜柄)
【内 容】水筒(空)、ハンドタオル、お菓子の空袋、名札
【備 考】名札に「** そうた」と記載。電話番号は判読不能。
住民基本台帳および市内小学校名簿に該当なし。
保管期間満了により処分。
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【案件番号】R4-0331
【発見日時】令和4年3月31日 22:01
【発見場所】〇〇シティビル 1階ロビー
【品 目】社員証(ICカード)
【記載情報】会社名「株式会社△△△」、氏名「□□ 遥」
【照会結果】同社総務部に確認したが、該当する社員は在籍実績なし。
ビル管理会社の入退館記録にも該当カードIDのログなし。
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【案件番号】R2-0907
【発見日時】令和2年9月7日 03:12
【発見場所】市営〇〇バスターミナル 5番乗り場ベンチ
【品 目】紙袋(無地)
【内 容】衣類一式(男性用)、ノート1冊、鍵束
【備 考】日付欄に「2041」と記載されたカレンダー形式のメモ。
地名表記に、当市に存在しない地名が多数見られる。
鍵束には当市営住宅団地の旧ロゴ入りキーホルダーが付属。
当該団地は平成28年に解体済み。
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3.担当職員インタビュー
――特異件について、現場では以前から気付いていましたか?
「『なんか変だな』くらいには。落とし物って、だいたい落とす人の生活が透けて見えるんですよ。学生さんの教科書と定期券とか、おじさんのスーツと名刺入れとか」
――特異件は違う?
「うーん、生活感があるのに、続きが見えないんです。さっきの子供用リュックなんか、いかにも遠足帰りって感じで。水筒も空で、お菓子の袋も入ってて、『今日一日楽しかったんだろうな』って。でも名札の名前で調べても、その子はどこにもいない」
――似たようなことが何度も?
「そうですね。たとえば、どの金融機関のカードにも該当しないキャッシュカードとか、存在しない路線名が印刷された回数券とか。最初のころは、おかしな同人グッズかなって笑ってたんですけど」
――いつごろから「笑えない」と?
「ある時、処分する前に何気なく、忘れ物カゴの中を写真に撮ったことがあって。あとで拡大して見たら、この町に住んでるはずなのに、どこにもいない人たちの持ち物が、ぎゅうぎゅうに詰まってるように見えたんです。ああ、ここはそういう場所なのかな、って」
――そういう場所?
「忘れられた人の荷物が集まる場所、というか……いや、これは報告書には書かないでください。気味悪がられちゃうから」
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4.防犯カメラ映像の書き起こし
以下は、「子供用リュック」(案件R3-2145)について、防犯カメラ映像(〇〇駅西口)の書き起こしである。
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【18:36:12】
カメラ3(西口ベンチ前)映像。
画面右手より、女性(推定30代)と男児(推定5〜7歳)が歩いてくる。
男児が黄色のリュックサックを背負っている。
※映像の解像度に問題はないが、二人の顔部分のみ、ピントが合わない状態が継続。
【18:37:05】
女性と男児、ベンチに座る。
男児がリュックを下ろし、水筒を取り出そうとする。
女性が時刻表を確認し、腕時計に視線を落とす。
会話内容は音声に記録されていない。
【18:38:42】
二人、同時に立ち上がる。
男児、リュックをベンチに置いたまま、女性の手を取って改札方向へ走る。
※この時点でも顔部分には継続してボケがかかっている。
【18:39:10】
二人、カメラ画角外へ。
ベンチの上にはリュックのみ残されている。
【19:10:03】
駅員が巡回中にリュックに気付き、拾得。
以降、通常の遺失物処理手順に従う。
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なお、同時刻の他カメラ映像、および自動改札の入場ログを確認したが、
該当と思われる親子の顔写真・入場履歴は確認できなかった。
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5.統計分析と仮説
特異件の発生場所を地図上にプロットした結果、以下の傾向が見られた。
・ 廃止された施設(旧市営住宅、閉館した市民プールなど)の跡地周辺
・ 再開発により町名が変更された区域
・ 過去に大規模な事故・災害が発生した場所の近辺
また、特異件の氏名・住所情報をテキストマイニングしたところ、
以下の二つの特徴的なパターンが抽出された。
1. 「かつて存在したが、今は記録から消えてしまった」可能性の高いもの
例:旧町名+番地表記、合併前の村名など。
2. 「まだ公式には存在しない」可能性の高いもの
例:都市計画図上にのみ記載された将来の町名、
未開発区域に付与予定の番地など。
本プロジェクトの正式な報告書では、これらを
・ データ移行時の不備
・ 住民側の記載ミス
・ 第三者によるいたずらの可能性
として整理している。
しかし、調査過程で複数の担当者から、非公式に次のような仮説が口にされたことも付記しておく。
「この街から“忘れられてしまった人”と、これから“まだこの街に来ていない人”の荷物が、遺失物センターに一時的に集まっているのではないか」
もちろん、行政文書としてこの説を採用することはできない。
ただ、「どこにも属さない」荷物が一定数存在し続けるという事実は、
統計上も、日々の現場の感覚としても、否定できないものである。
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6.結論と今後の対応
本プロジェクトにおいて、遺失物の持ち主特定率は以前より向上した。
オンライン照会システムの導入や、AIによる氏名推定機能の効果も確認されている。
一方で、「特異件」は、数としては微細でありながら、
今年度も同様の割合で発生し続けている。
忘れ物センターの棚には、今日も「どこにも届かない荷物」が並ぶ。
それらがいつか、どこかの誰かに届く日が来るのかどうか。
少なくとも現時点で、市として取れる対策は限られている。
本報告書においては、特異件を「統計上の例外」として扱うに留める。
ただし――この街が誰かの記憶からこぼれ落ちるとき、
その人の荷物が最初にたどり着く場所が、
遺失物センターの片隅であってほしいと願うのは、
現場に立つ一人の人間としての、ささやかな我儘かもしれない。
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<付録>最新ログ抜粋
【案件番号】R5-1125
【発見日時】令和5年11月25日 19:42
【発見場所】市役所 本庁舎1階ロビー
【品 目】職員証(ICカード)
【記載情報】市民生活部 統計担当 ** **
【照会結果】当該氏名の職員は在籍実績なし。
ただし、本報告書原稿ファイルの作成者情報に、同一氏名が記録されている。




