表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

遺失物センター統計異常報告書

作者: @zeppelin006
掲載日:2025/12/11

 以下の報告書は、〇〇市役所市民生活部「遺失物管理業務改善プロジェクト」(以下、本プロジェクト)において実施した分析結果の一部である。


 なお、本報告書中に記載される一部の事例は、プライバシー保護の観点から個人を特定できないよう加工している。


◇ ◇ ◇


1.調査の背景


 本プロジェクトは、近年の遺失物増加と保管コストの圧迫を受け、「遺失物の持ち主特定率を向上させる」ことを目的に、過去5年間の遺失物台帳データを統計的に分析するものである。


 分析を進める中で、担当者はある「異常値」に気付いた。


・ 連絡先が明記されているにもかかわらず、持ち主に到達できないケース

・ 氏名・住所情報が、住民基本台帳および主要な公共データベースに存在しないケース


 通常の誤記・転居・死亡等を考慮しても説明できない事例が、全体の約0.3%の割合で存在していた。


 本報告書では、便宜上これらを「特異件」と呼ぶ。


◇ ◇ ◇


2.遺失物ログ抜粋


 以下は、特異件の一部を抜粋したものである(原文から一部改変)。


---


【案件番号】R3-2145

【発見日時】令和3年10月2日 18:43

【発見場所】〇〇駅西口 改札付近ベンチ

【品  目】子供用リュックサック(黄色、恐竜柄)

【内  容】水筒(空)、ハンドタオル、お菓子の空袋、名札

【備  考】名札に「** そうた」と記載。電話番号は判読不能。

      住民基本台帳および市内小学校名簿に該当なし。

      保管期間満了により処分。


---


【案件番号】R4-0331

【発見日時】令和4年3月31日 22:01

【発見場所】〇〇シティビル 1階ロビー

【品  目】社員証(ICカード)

【記載情報】会社名「株式会社△△△」、氏名「□□ 遥」

【照会結果】同社総務部に確認したが、該当する社員は在籍実績なし。

      ビル管理会社の入退館記録にも該当カードIDのログなし。


---


【案件番号】R2-0907

【発見日時】令和2年9月7日 03:12

【発見場所】市営〇〇バスターミナル 5番乗り場ベンチ

【品  目】紙袋(無地)

【内  容】衣類一式(男性用)、ノート1冊、鍵束

【備  考】日付欄に「2041」と記載されたカレンダー形式のメモ。

      地名表記に、当市に存在しない地名が多数見られる。

      鍵束には当市営住宅団地の旧ロゴ入りキーホルダーが付属。

      当該団地は平成28年に解体済み。


◇ ◇ ◇


3.担当職員インタビュー


――特異件について、現場では以前から気付いていましたか?


「『なんか変だな』くらいには。落とし物って、だいたい落とす人の生活が透けて見えるんですよ。学生さんの教科書と定期券とか、おじさんのスーツと名刺入れとか」


――特異件は違う?


「うーん、生活感があるのに、続きが見えないんです。さっきの子供用リュックなんか、いかにも遠足帰りって感じで。水筒も空で、お菓子の袋も入ってて、『今日一日楽しかったんだろうな』って。でも名札の名前で調べても、その子はどこにもいない」


――似たようなことが何度も?


「そうですね。たとえば、どの金融機関のカードにも該当しないキャッシュカードとか、存在しない路線名が印刷された回数券とか。最初のころは、おかしな同人グッズかなって笑ってたんですけど」


――いつごろから「笑えない」と?


「ある時、処分する前に何気なく、忘れ物カゴの中を写真に撮ったことがあって。あとで拡大して見たら、この町に住んでるはずなのに、どこにもいない人たちの持ち物が、ぎゅうぎゅうに詰まってるように見えたんです。ああ、ここはそういう場所なのかな、って」


――そういう場所?


「忘れられた人の荷物が集まる場所、というか……いや、これは報告書には書かないでください。気味悪がられちゃうから」


◇ ◇ ◇


4.防犯カメラ映像の書き起こし


 以下は、「子供用リュック」(案件R3-2145)について、防犯カメラ映像(〇〇駅西口)の書き起こしである。


---


【18:36:12】

 カメラ3(西口ベンチ前)映像。

 画面右手より、女性(推定30代)と男児(推定5〜7歳)が歩いてくる。

 男児が黄色のリュックサックを背負っている。

 ※映像の解像度に問題はないが、二人の顔部分のみ、ピントが合わない状態が継続。


【18:37:05】

 女性と男児、ベンチに座る。

 男児がリュックを下ろし、水筒を取り出そうとする。

 女性が時刻表を確認し、腕時計に視線を落とす。

 会話内容は音声に記録されていない。


【18:38:42】

 二人、同時に立ち上がる。

 男児、リュックをベンチに置いたまま、女性の手を取って改札方向へ走る。

 ※この時点でも顔部分には継続してボケがかかっている。


【18:39:10】

 二人、カメラ画角外へ。

 ベンチの上にはリュックのみ残されている。


【19:10:03】

 駅員が巡回中にリュックに気付き、拾得。

 以降、通常の遺失物処理手順に従う。


---


 なお、同時刻の他カメラ映像、および自動改札の入場ログを確認したが、

 該当と思われる親子の顔写真・入場履歴は確認できなかった。


◇ ◇ ◇


5.統計分析と仮説


 特異件の発生場所を地図上にプロットした結果、以下の傾向が見られた。


・ 廃止された施設(旧市営住宅、閉館した市民プールなど)の跡地周辺

・ 再開発により町名が変更された区域

・ 過去に大規模な事故・災害が発生した場所の近辺


 また、特異件の氏名・住所情報をテキストマイニングしたところ、

 以下の二つの特徴的なパターンが抽出された。


1. 「かつて存在したが、今は記録から消えてしまった」可能性の高いもの

 例:旧町名+番地表記、合併前の村名など。


2. 「まだ公式には存在しない」可能性の高いもの

 例:都市計画図上にのみ記載された将来の町名、

   未開発区域に付与予定の番地など。


 本プロジェクトの正式な報告書では、これらを


・ データ移行時の不備

・ 住民側の記載ミス

・ 第三者によるいたずらの可能性


として整理している。


 しかし、調査過程で複数の担当者から、非公式に次のような仮説が口にされたことも付記しておく。


「この街から“忘れられてしまった人”と、これから“まだこの街に来ていない人”の荷物が、遺失物センターに一時的に集まっているのではないか」


 もちろん、行政文書としてこの説を採用することはできない。


 ただ、「どこにも属さない」荷物が一定数存在し続けるという事実は、

 統計上も、日々の現場の感覚としても、否定できないものである。


◇ ◇ ◇


6.結論と今後の対応


 本プロジェクトにおいて、遺失物の持ち主特定率は以前より向上した。

 オンライン照会システムの導入や、AIによる氏名推定機能の効果も確認されている。


 一方で、「特異件」は、数としては微細でありながら、

 今年度も同様の割合で発生し続けている。


 忘れ物センターの棚には、今日も「どこにも届かない荷物」が並ぶ。


 それらがいつか、どこかの誰かに届く日が来るのかどうか。

 少なくとも現時点で、市として取れる対策は限られている。


 本報告書においては、特異件を「統計上の例外」として扱うに留める。


 ただし――この街が誰かの記憶からこぼれ落ちるとき、

 その人の荷物が最初にたどり着く場所が、

 遺失物センターの片隅であってほしいと願うのは、

 現場に立つ一人の人間としての、ささやかな我儘かもしれない。


◇ ◇ ◇


<付録>最新ログ抜粋


【案件番号】R5-1125

【発見日時】令和5年11月25日 19:42

【発見場所】市役所 本庁舎1階ロビー

【品  目】職員証(ICカード)

【記載情報】市民生活部 統計担当 ** **

【照会結果】当該氏名の職員は在籍実績なし。


ただし、本報告書原稿ファイルの作成者情報に、同一氏名が記録されている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ