表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無敵の移動販売車で行く、ゆるふわ異世界親子旅 〜あ、どうも。コーヒー屋です〜  作者: TAKABE


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/13

さようなら、令嬢

 港町ツレールは、屈強な漁師が声を荒らげ、芯の強い女性たちが背中を押す、活気溢れる町だ。


 新鮮な魚が市場に並び、買付けに訪れた商人や料理人、観光客で賑わっている。

孝太たちは町の外に車を隠し、海の匂いを感じながら町中を歩いた。


「パパ、へんなおさかながいるぞ!」

「おー。なんだこれ? 真っ赤なフグか?」

「それはリンゴフグですわ。一口食べれば死にますわ」

「怖すぎて草生えるわ」


 ルミは見たことのない魚に興味津々で、市場の床を埋め尽くすほどのそれに、膝を折り目を輝やかせた。


「で? あんたの会いたい人って?」

「……わたくしが追いだしてしまったクラスメイトですわ」

「なるほど。謝りたいのか」

「ええ。記憶が戻るまでのわたくしでしたら、つゆにも思わなかったでしょうけど」

「……なあ、転生前のあんたはどんな暮らしをしてたんだ?」


 ルミを注意深く見つめながら、孝太は横で物思いにふけるアレミシアに問いかけた。

こんなところで話すのもなんだと漁港に移動した三人は、波止場に並んで腰をおろし、波にあわせて上下する漁船を眺める。


「ルミ、おふねみてくるぞ!」

「おう。気をつけてな」


 ルミはその場を離れ、残された孝太とアレミシアを、しばしの沈黙が包む。

やがて頭の中が整理できたのか、アレミシアは前世の記憶を語り始めた。


「……わたくしは、死の直前まで病院しか知りませんでしたわ」

「重い病気だったのか?」

「ええ。心臓が悪くて、友達と遊ぶことも、ましてや恋なんてしたこともありませんわ」

「……そっか」

「十七歳になった翌日、わたくしの心臓は止まってしまいましたの」


 アレミシアは立ち上がり「こんなに元気なのに信じられますか?」と、その場で回ってみせた。


「そして、目覚めたらこの世界にいた、と」

「……ええ。なぜそうなったのか、なんてわかりませんわ。けれど、思うのです。前世のわたくしが願っていたことを、ひとつずつ叶えてあげたいと」

「そりゃ、いい心がけだな」


 アレミシアは薄く微笑む。

孝太はなんとなくだが、彼女の気持ちが理解できた。


 不意にいなくなってしまった妻の気持ちに、自分がどれだけ応えられていたのだろうか。


 もし、もう一度会えるのなら、仕事に追われてできなかったことをしてあげたい。

些細なことに、「ありがとう」と言いたい。


「俺も……」

「アレミシア……様……?」

「えっ?」

「やっぱり! アレミシア様だ!」

「ヒューズ……」


 孝太が口を開きかけたとき、背後から歩み寄る人物がいた。

ひどく汚れたつなぎを着た、十代半ばの少年は、抱えていた漁網をその場に放りだし、アレミシアの手をとった。


「どうしてこんなところへ!? お久しぶりですね!」

「ええ、ええ。元気そうでなによりですわ」

「それだけが取り柄ですからね。今は親父の船を手伝っているんです」

「そう……」

「そういえば、聞きましたよ。ご結婚されるとか」

「ええ。アレン様と」

「……おめでとうございます」


 孝太は二人を置いて、ルミのもとへ歩いていった。そして、小さな手を握り、「あっちでお魚でも探すか」と離れていく。


 アレミシアは逡巡したのち、意を決してヒューズへ深々と頭を下げた。


「ヒューズ……本当にごめんなさい」

「アレミシア様……」

「謝っても許してはくれないでしょう。ですが、謝らせてください」

「頭を上げてください! 僕は気にしていませんから!」

「……アレミシア、本当にいいんだよ。もう」

「ヒューズ……」


 今にも泣き出しそうなアレミシアの両肩へ手を乗せ、ヒューズは優しく微笑んだ。


「短い間だったけど、僕みたいな庶民が王都の学園で勉強できて、素敵な友達ができたんだ。怒る理由なんてないだろ?」

「……あなたは、いつまでも変わらないのですね」

「そういうキミは、少し変わったね。穏やかになった」


 アレミシアとヒューズの友人関係は、入学して間も無く、彼女が失くしたお気に入りのブローチを彼が必死で見つけ出したことから始まった。

 

 底抜けのお人よしは、刺々しくささくれていたアレミシアの心に平穏をもたらし、いっときの安寧を与えた。


 だが、平和な学校生活は、それほど長続きはしなかった。

ある日、第一王子であるアレンは、嫌味たっぷりにアレミシアへ「案外、きみには庶民が似合うのかもしれないね」と笑う。


 そんな風に思われてはいけないと、彼女はその日からヒューズへ辛くあたった。

そして、春を迎える前に彼は学園を去ったのだ。


「わたくしと友達でいてくれますか?」


 アレミシアはヒューズの手をとったが、彼は悲しそうに首を左右に振った。


「それはもう無理だよ。きみは将来の王妃なんだから」

「だったら、結婚なんてやめますわ!」

「そういうわけにもいかないだろう? 国が関わっているんだから」

「ですが……わたくしは……」

「アレミシア、きみならきっと、この国をもっと良くしてくれるだろう? そして、身分も関係なく暮らせる世の中になったら……そのとき、改めて友達になろう」


 ヒューズは足元の漁網を拾い上げ、アレミシアに軽く手を振ると、振り返らずに船へ向かってゆく。


「うぁ……あぁっ……あああああっ!」


 アレミシアは膝から崩れ落ち、咽び泣いた。

ヒューズの顔が涙でぐしゃぐしゃだと知らずに。


「おねえちゃん、だいじょうぶ?」


 孝太に連れられてやってきたルミは、優しくアレミシアの頭を撫でた。

アレミシアは顔を服の袖で乱暴に拭うと、勢いよくその場に立ち上がり、涙が流れないように唇を噛み締めた。


「大丈夫か?」


 孝太は顔を見ないように問いかけた。

静かに頷いてみせたアレミシアは、出港していくヒューズの船を見送ると、漁港に背を向ける。


「泣くのはこれで最後ですわ」

「強いんだな。あんた」

「当然ですわ! わたくしは未来の王妃! さあ、行きましょう」


 アレミシアの視線の先には、遅れてやってきた執事たちの姿があった。


「ねえ、孝太さん」

「ん?」

「私ね、頑張るから。覚えておいてほしいの」

「……ああ。忘れねーよ」


 孝太の顔を見ずに、それまでの口調とは打って変わった言葉があたりに響く。


「桑名メイ、って人間が、たしかに存在していたって」


 それは、彼女が″アレミシア″として生涯を生きる誓いであった。


「行こうか、ルミ」

「うん! おねえちゃん、ばいばーい!」


 孝太とルミは、アレミシアが向いている方向と逆へ、手を繋いで歩いていく。


「お嬢様! ご無事ですか!?」

「ええ。寄り道させてしまいましたね。さあ、王都へ行きましょう」

「お嬢様……何かありましたか?」

「なにもありませんわ」

「……そうですか。では、参りましょう」


 執事たちは柔らかくなったアレミシアの雰囲気に戸惑ったが、すぐに気を取り直して場所へ向かう。


 その背を追って歩き始めたアレミシアは、一度だけ振り返り、もう見えなくなった親子の背中に向かって呟いた。


「……神よ。彼らに良い旅を」


 そして、くるりと踵を返し、再び歩き始める。

その顔は、これまでで一番の、晴れやかな顔であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ