転生者ですか、令嬢
「ホイップクリームを食べた時ですわ。全身に電流がはしったのです」
「この世界では珍しいのか」
「ええ。そのとき、前世の記憶を思い出しましたわ」
アレミシアは取り巻きの執事を下がらせ、孝太のそばへ椅子を寄せた。
そこへルミがやってきて、膝の上に座ってオレンジジュースを飲みはじめる。
「あんたも迷い込んだのか?」
「前世、と言いましたわ。わたくしは転生者ですの」
「そういうパターンもあるのか」
「どうもこの世界は、わたくしたちがいた世界と繋がっているみたいですわ」
「ルミ、おねえちゃんといっしょ?」
「そうですわね。ほとんど同じですわ」
「じゃあ、ルミもね、けっこんできる?」
「ふふふ。大人になればできますわ」
「わーい!」
「ちょっと一服してくるわ」
孝太はルミを椅子に乗せ、懐からタバコを取り出しながら二人と距離をとり、ゆらゆらと揺れる水面をぼんやりと眺めた。
ぷかぁ、と大きく煙を吐き出して、さてどうしたものかと思案する。
この先を考えると、元の世界へ帰る方法を見つけられるとしても、かなり先になるだろう。
自分だけならまだいいが、ルミを連れて旅を続けていいものだろうか。
いまのところ大きな危険に遭遇することもなく、どうにか旅を続けているけれど、明日も無事に過ごせるかと問われれば、疑問符を打たざるをえない。
「パパー! じゅーす、おかわりだぞ!」
「……おーう」
携帯灰皿でタバコの火を消して、不安もその中へ押し込んだ孝太は、軽バンへ移動してオレンジジュースを注いだ。
「それで、お願いがありますの」
「ん?」
横からルミへオレンジジュースを差し出していると、耳もとで周囲を気にしながらアレミシアは囁いた。
あまりにも耳と口の距離が近くて、孝太は背中をぴくりと反応させる。
「ここから百キロほどいくと、港町がありますわ。そこに連れて行ってくれませんこと?」
「あの立派な馬車で行けばいいだろ」
「あの馬車はスピードが遅いうえに、執事のせいで狭いの」
「ふーむ……」
「もちろん、謝礼はお支払いしますわ」
港町ならば、魚を買える。ここ最近はジャンクな食事ばかりで、魚を仕入れて和食を食べたい気持ちが湧きあがり、孝太は腕を組んで悩みだした。
「ルミ、おふねにのりたいぞ!」
「船、か……」
冷静に考えてみると、この大陸だけが世界なわけがない。孝太はこれまで飄々としていたが、心のどこかで追い詰められていたのだろう。
見知らぬ世界で小さな娘を連れて旅をする。それが圧力にならないはずもなく、孝太は自分を落ち着かせるように、大きく息を吐いて頷いた。
「はー……オッケー。乗せていこう」
「助かりますわ!」
「ルミ、たのしみだぞ!」
アレミシアは執事たちへ指示をだし、最低限の荷物を鞄へ移してゆく。
孝太はテーブルを片付け、彼女の荷物を乗せるスペースを確保しながら、準備が整うのを待った。
「では、あなたたちは後から来なさい」
「しかし……!」
「これは命令ですわ!」
「……はい」
権力をちらつかせて反論する執事たちを黙らせ、音符でも浮かび上がっていそうな軽い足取りで、アレミシアは鞄を持って軽バンヘ乗り込んだ。
「おい、いいのか? 本当に」
射殺すような視線を無視できずに、孝太は後ろへ乗ったアレミシアに問いかけた。
「構いませんわ。行ってくださいまし」
「……はいよ」
「しゅっぱーつ!」
緩やかに走りだした軽バンを追いかけるように、執事たちはいそいそと馬車へ乗り込み、馬に鞭をいれる。
そうこうしている間に軽バンと距離は開き、馬車がスピードに乗った頃には、もう見えない距離に差は広がっていた。
「で、町の名前は?」
「ツレールですわ。名前の通り、よく魚が釣れるので漁業が発展しましたわ」
「へー。そこへいって、お前さんは何をするつもりなんだ?」
「会いたい人がいますの。結婚する前に、一度だけ……」
「結婚するのか.そりゃめでたい」
「ルミもね、おおきくなったらけっこんするんだぞ!」
孝太とルミは和やかな雰囲気を醸し出しているが、アレミシアは真逆で陰鬱だった。
「政略結婚ではなければ、わたくしも素直に喜べましたのに」
「あー……貴族令嬢だったか。お相手は?」
「この国の第一王子、レオン様ですわ」
「ふーん」
「もっとも……レオン様は、わたくしのことがお嫌いでしょうけれど」
「なにかあったのか?」
「記憶を取り戻すまでのわたくしであれば、嫌われても仕方ありませんわ」
わがまま放題で、何人もの使用人を辞めさせ、学園でも不遜な態度。
そんな自分が好かれる要素がどこにあるのかーーと、アレミシアは俯いた。
孝太は頬を掻きながら、ポケットをまさぐって飴玉を取りだし、口の中で転がし始める。
「んー……まあ、やっちゃったもんは仕方ないな。うん」
「パパもね、いっぱいわるいことしてたぞ!」
「いや、わるいことって……キャバクラくらい許してくれよ」
「ママね、めいし、やぶってたぞ! ふんっ! て」
「想像するだけで鬼が見えたわ」
「あはっ。あはははっ! そうですわね。せっかく元気な体で生まれ変わったのですもの」
アレミシアは吹っ切れたように、顔をあげて正面を見据えた。
その瞳には、港町ツレールが写っている。
「……後悔しないように生きますわ」
「おう。そうしろ」
孝太は飴玉を取りだし、アレミシアへ渡した。それを受け取った彼女は、懐かしいメーカーの袋を破り、赤くて甘いものを舌で転がす。
なぜだが、幼いころより、とても甘く感じていた。




