こんにちは、令嬢
ゴーヨクを後にした孝太とルミは、街道沿いを走っていた。
整備されていない天然の芝生は、ときおり大きな石が転がっていて、二人の体はそのたびに浮き上がっていた。
「うーん……やっぱ、あっちの道が楽だよなぁ」
「おうまさん、ひいちゃうぞ!」
「それなんだよなぁ。馬車が邪魔すぎる」
街道は馬車がぎりぎりすれ違える程度の幅しかなく、定期的に対面からやってくる。
それだけならまだいいが、馬は軽バンに驚いてあさっての方向へ逃げ出してしまうのだ。
さすがにそれは迷惑だろうと、気を遣って街道の脇を走り続けている。
「無敵の車とはいえ、こう何度も飛び跳ねてて大丈夫か?」
「ゆうえんちみたいだね!」
「あー、たしかに。衝撃はないのに浮遊感だけあるもんな」
壊れないとはいえ、中に乗っているのは普通の人間である。
車酔いだけはどうしようもなく、気分が悪くなってきた孝太は適当な湖のそばで車を停めた。
「ルミ、ちょっと休憩しようか」
「うん。ルミ、おなかすいたぞ!」
「そうだな。腹に何か入れたほうが落ち着くかもしれん」
「じゃあね、んとね、ぱふぇ!」
「パフェはデザート。ごはんは別だ」
「いーやーだーっ!」
不貞腐れて寝転んだルミを見て、顔を綻ばせた孝太は、フルーツサンドでも作ろうかと考えた。
「にしても、食材も減らんとはな」
調理スペースへ行き、小型冷蔵庫を開けると、先日使用したウインナーやピクルスなどが元通りになっている。
パンもカビが生えずそのままで、シルフィアの言っていた通り、元の世界の状態を維持しているようだ。
「便利っちゃ便利だけどなぁ」
減らないとはいえ、同じ食材ばかりでは飽きてしまうだろうし、栄養バランスも心配だ。
減らない特性を利用すれば、儲けるのは簡単だろう。
だが、異世界に来てまで商売というのは、もったいないし味気ない。
「……ま、おいおい考えるか」
冷蔵庫からイチゴとマスカット、ホイップクリームを取り出す。
食パンを切り、イチゴとマスカットを乗せてホイップクリームをかければ、お手軽なフルーツサンドの完成である。
ルミにオレンジジュース、自分用にカフェオレを用意すれば準備万端だ。
せっかくなら湖のそばで食べようと、孝太は簡易テーブルを表に出す。
「ルミー。めしだぞー」
「んー。ルミ、いらない!」
「へー。ルミの大好きなフルーツサンドなのにー?」
「ルミ、たべるぞ!」
「ははっ……で、おたくらは?」
駆け寄ってきたルミの後ろから、六人の姿が現れた。
ひとりは高そうなドレスを着た女性で、他には彼女を囲うように燕尾服を着た男たちがいる。
真紅のドレスは明らかに外を歩くためのものではなく、あたりを見渡すと質の良さそうな馬車が停まっていた。
「わたくし、公爵家の長女、アレミシアですわ」
「ああ、そう。で? なんか用?」
「おい! 貴様っ! お嬢様に向かって無礼であろう!」
「他人様の食事を邪魔する方が無礼ってもんだぞ」
「身分をわきまえろ!」
「そうだそうだ!」
「お嬢様は由緒正しき、バルドラド公爵家のーー」
捲し立てるように多数から責められ、面倒になった孝太は適当な謝罪をした。
「はいはい、すみませんね」
「このっ!」
「もういいですわ。静かになさない」
「しかし……」
「なんですの?」
「いえ……」
アレミシアの冷ややかな声に、若き執事たちは恐々としながら退いた。
こいつらこの女が好きなんだろうなー、なんて考えながら、孝太はテーブルにフルーツサンドと飲み物を置く。
「それはなんですの?」
「……フルーツサンドとオレンジジュース。カフェオレだけど?」
「へぇ。聞いたことがない食べ物ですわ。わたくしに譲りなさい」
「だめだぞ! パパとルミのだぞ!」
「わたくしが「譲りなさい」と言ったのだから、黙って従いなさい」
「むーーーっ!!」
「ルミ、もう一回作ってやるから」
「……うん」
不機嫌になったルミを車へ戻らせ、孝太はテーブルを開けた。
アレミシアは満足そうに椅子へ腰掛け、フルーツサンドを手に取り、じっくりと眺めだした。
「へぇ。白パンに果物を……このふわふわした白いものは……」
「なあ、早く食べてくれないか? 俺たち急ぐんでな」
「ふん。庶民は座して待てばいいのです。では、いただくわ」
アレミシアはフルーツサンドをかじり、そのまま硬直して震えはじめる。
それを見ていた執事たちは血相を変え、それぞれが武器を取り出した。
「毒か! 貴様!」
「許せん! この場で……」
「お、おいひぃ〜っ!」
「……え?」
ごくん、と飲み込んだアレミシアは、恍惚そうに表情をくずし、天を仰いだ。
それまでの言葉遣いからは考えられない姿に、その場にいた誰もが動きを止める。
「なにこれぇ……おいひぃ……はっ!?」
「お、お嬢様……」
「おほんっ。な、なかなかいけますわ」
アレミシアはふと周りを見渡し、顔を真っ赤にしながら咳払いをする。
孝太は小さく笑ったあと、調理スペースへ向かった。
そして、ルミと自分の分、執事たちのフルーツサンドを作っていく。
「ほら、待たせたな。ルミ」
「わーいっ!」
「ほら、あんたらも食えよ。せっかくだし」
「い、いいのか?」
「いいだろ? お嬢様よ」
「……好きになさい」
「だとさ。ほれっ」
フルーツサンドを受け取った執事たちは、おそるおそる口へ運ぶ。
一口噛むと、イチゴとマスカットの酸味と風味が、ホイップクリームの絶妙な甘さを引き立てている。
「うまっ……」
多くの言葉は出なかった。無心で堪能する面々を見て、人間って美味いものには逆らえないんだな、と孝太は苦笑した。
「ところであなた」
「なに?」
「……あの軽バンはなんですの?」
「あれはー……ん? 軽バン?」
「軽バンでしょう? 移動販売用にカスタムした」
「もしかしてあんた……」
アレミシアはカフェオレを啜ったあと、妖艶な笑みを浮かべた。
「あなたと同じ場所からきた、と言えばおわかり?」
「マジかよ……」
二人の間を、ひゅうっと風が吹き抜けてゆく。
孝太の頭の中を日本の景色が駆けめぐる。
それは、孝太の気持ちを、少しだけ揺らしていた。




