さようなら、英雄
筋骨隆々の男二人が、白銀の甲冑を着て後部の調理スペースに体育座りで座っている。
どう見ても異質な光景に、孝太は笑いを堪えきれなかった。
「ぶはっ……」
「パパ、どうしたんだぞ?」
「いや、ガチムチ二人が縮こまっているのが笑えてな」
「せまそうだぞ!」
ルミは振り返り、窮屈そうな二人へ微笑んだ。アバルトとカルロスは初めて体験する乗り物に緊張を隠せず、常に視線が泳ぎ続けている。
そんな二人の英雄を乗せた軽バンは、砂塵を巻き上げ荒野を爆走していた。
やがて街道が見えはじめ、街が近づいてきたことをしらせる。
「この道に沿っていけば、我が領主のいる街だ」
アバルトは窓から遠くの山を見て、孝太へ方向を指示した。
「なんて名前の街なんだ?」
「ゴーヨクだ。銀の発掘で大きくなった街だ」
「そりゃー、金に汚そうだ」
「なぜだ?」
「領主が強欲そうだからさ」
「まあ……私の口からは何も言えんが」
図星をつかれたのか、アバルトは黙り込んで、意味もなく剣を触りだした。恩義の兼ね合いで正直な気持ちを押し殺しているのか、表情は曇っている。
カルロスは何か言いたそうだったが、アバルトの気持ちが理解できるようで、ひたすら流れていく景色を目で追っていた。
「お、あれか」
「おおきいまちについたぞ!」
イナカル村とは比べ物にならない規模の街は、遠くから見ても建物で埋め尽くされていた。
「どっかに停めて隠しとかないとな」
街から少し離れた森の中で車を停め、ここから歩いて領主の屋敷を目指す。
全員が降りたあと、孝太は車の鍵を締めてルミの手を握った。
「さて、行くか」
「おさんぽだぞーっ!」
「私が先頭を歩こう」
「ならば私は後ろを」
アバルトは不意な戦闘に備え、幸太とルミを守るように先頭に立つ。カルロスもまた、同じ理由で最後尾に続いた。
街は孝太の背丈ほどの柵で囲われており、入口らしき場所には門番が立っている。
門番はアバルトの姿に気づくと、動揺をあらわにした。
「あ、アバルト殿……お戻りですか」
「ああ。領主様にご報告があってな」
「ということは、カルロス殿を……」
「私はここにいるぞ」
「えっ……まさか、戦いをおやめに?」
「ああ。気になることがあってな。一時休戦したのだ」
「そうですか……」
門番はアバルトへ近寄り、周囲の目を気にしながら耳元でそっと囁いた。
「……ダルキン子爵が屋敷にいらっしゃいます」
「……そうか」
小競り合い中の貴族同士が密かに顔を合わせている。英雄による決闘までお膳立てしておきながら、明らかにそれは不自然だった。
「行こう」
アバルトは表情を崩さず、街中へ足を踏み入れた。孝太とカルロスは一度だけ視線を交わし、なぜか悲しそうに見える背中に続く。
街中には、銀の名産地らしく、華やいだ飾りつけが随所にみられた。
ひときわ目立つのは、子爵らしき中年男性の銀の像だ。
「悪趣味な像だな」
でっぷりと腹の肥えた悪人面のそれに、孝太はげんなりしながら呟いた。
街並みは赤い煉瓦で綺麗なのに、これみよがしな銀の装飾が品を損ねている。
「……昔は違ったんだがな」
アバルトは過去を思いだしながら、苦笑いをした。
この街が変わってしまったのは、領地内で発見された銀鉱のせいだった。
悪いことばかりではない。銀鉱脈の発見で、街は一気に発展し、人口も爆発的に増えた。
以前の田舎領地と比べれば、生活水準も利便性も高くなっただろう。
だが、昔から住んでいたものは、この街の変化についていけなかった。
街の片隅にある、世間から弾かれたような貧民街の多くは、先祖代々の土地を耕してきた先住民ばかりだ。
「そんな事情があるのか」
「ああ。貧民街が成り立っているのは、私が英雄として名を馳せたからだ」
「なるほどね。そりゃ、領主には逆らえんわなぁ」
「アバルト……」
「そんな顔をするなよ。カルロス」
生い立ちを知らなかったのか、カルロスは複雑そうに顔をしかめた。
やがて四人は領主の屋敷へ辿り着く。
白亜の荘厳な門構えは、アルドレアスの財力を見せつけるかのようだ。
「止まれ」
門を守る衛兵が、四人の歩みを止める。
アバルトは一歩前にでると、屋敷の中まで届きそうな声で叫んだ。
「領主様にお会いしたい!」
その迫力に、衛兵は後退りをする。
「通らせてもらう」
金縛りのように動かない体へ何度も命令したが、衛兵は立ち塞がることができなかった。
静かに立ち昇るアバルトの怒りが、後ろを歩く三人にも伝わってきた。
屋敷の中へ入ると、さすがに止めなければならないとメイドや使用人が袖を掴む。
しかし、そこらの一般人が英雄の歩みを止められはずもなく、アルドレアスとダルキンがほくそ笑む扉が開かれた。
「領主様!」
「おお……アバルトか。その方が来たということは、勝ったのであろう?」
「ちっ……負けおったか。カルロスのやつめ」
アルドレアスは喜び、ダルキンは怒りを示す。
しかし、背後から現れたカルロスの顔を見て、二人は言葉を失った。
「残念ながら、決着はついておりません」
「き、貴様ら……!」
アルドレアスはガラス製の灰皿を手に取り、アバルトへ投げつけた。
アバルトはそれを避けもせず、額から血を滲ませた。
「領主様。此度の決闘、本当に必要だったのでしょうか?」
「と、当然であろう!」
「しかし、互いの理由を重ねると、決闘まで至るようなことと思えません」
「それを決めるのは貴様らではない。飼い主である我々だ!」
「……飼い主?」
「英雄なぞ、所詮貴族の飼い犬よ! 黙って尻尾を振っておればよい!」
「……それが本音か!」
ついに怒りの沸点に達したアバルトは、剣を握りしめた。今にも切り掛かりそうな雰囲気を壊すように、孝太はそっと前に歩み出る。
「なあ、あんたら」
「誰だ? 貴様は」
「通りすがりのコーヒー屋だよ」
「こおひい? 何者か知らんが、貴様には関係なかろう。引っ込んでおれ」
「関係ねーよ。ああ、もちろん関係ない。通りすがりだからな。だが、こいつらは飲まず食わずで二日も戦っていたんだ」
「だからなんだ?」
「その忠義に対する言葉はねーのかよ」
「あるわけなかろう!」
「だろうな。どうせ、お前らは賭けでもしてたんだろ? どっちが勝つのか、ってな」
「ぐっ……貴様……どこでそれを……」
「アルドレアス殿!」
「はっ!?」
しまった、とアルドレアスが口元を隠したときには、アバルトの剣が唸りを上げていた。
「ーーっ! アバルト!」
「邪魔をするな! カルロス!」
だが、かろうじて追いついたカルロスが、自身の剣で受けとめる。
その余波は、室内を揺らしそうな勢いであった。
「おちつくんだぞ!!」
「……ルミ殿」
ルミは二人が喧嘩でもしていると思ったのか、涙を浮かべて叫んだ。
その声で我にかえったアバルトは、そっと剣を引く。
「……すまぬ」
「いや、気にするな」
カルロスは胸を撫で下ろし、二人の子爵へ向き直った。
「英雄を用いた賭け事は違法行為であると知っておられますよね?」
「ふんっ! 証拠はなかろう!」
「……ここにきて開き直られますか」
呆れたようにため息をついたカルロスの肩を叩き、孝太は懐からボイスレコーダーを取り出した。
「証拠はあるんだよなぁ。ここに」
「それは?」
「声を録音できる機……道具だ。やるよ」
孝太が再生ボタンを押すと、アルドレアスが墓穴を掘った会話が流れ出した。
「お預かりします」
「くそっ……!」
「……お静かに」
「ぐっ!!」
ボイスレコーダーを取り上げようと立ち上がった二人は、アバルトのひと睨みで、力なくその場で座り込んだ。
「アバルト、私は王都へ向かい、此度の決闘の顛末を報告してこよう」
「頼む。さて、子爵殿。処分が決まるまで、地下牢でお待ちください」
「うぅ……」
それからしばらくして、子爵を牢へ入れたアバルトと、王都へ向かう準備を終えたカルロスは、孝太とルミを軽バンまで送り届けた。
「さて、行くか。ルミ」
「うん!」
「コウタ殿と出会えて助かりました」
「そうだなぁ、礼なら金貨百枚で勘弁してやろう」
「それは大金ですな」
「ははっ。まあ、ツケにしといてやるよ。また気が向いたら来るわ」
「お気をつけて」
「おう。あんたらもな」
「ばいばーい! おじちゃーん!」
孝太は緩やかに軽バンを走らせ、手を振る二人に別れを告げた。
やがて軽バンが見えなくなり、アバルトとカルロスは顔を見合わせる。
「また来ると思うか?」
「いや……」
「私もそう思う」
「では、私は王都へ行ってくる」
「ああ、気をつけてな」
二人はまるで雨があがったように、晴れやかに笑った。
ひとしきり笑ったあと、カルロスは王都へ向け歩き出した。
不思議な乗り物にのった、不思議な親子によって救われる。
運命とはそんなものなのだろう、とアバルトは肩の力を抜く。
「神よ。彼らに良い旅を」
そして、幸太とルミの旅路を祈り、街の中へ戻っていった。
二人が訪れたときのために、もっといい街にしておこうーーと決意しながら。




