こんにちは、英雄
シルフィアと別れ、孝太は軽バンを北へ走らせていた。
森を抜けると視界が開け、風の強い荒野に出る。しばらく走ると、遠くで激しい戦いの光景が目に入った。
草原の中央で、英雄カルロスと英雄アバルト──互いに「国最強」と呼ばれる二人が剣を交わしている。火花が散り、地面が抉れ、周囲の風がざわめく。緊張感と殺気が漂う中、二人の死闘は圧倒的な迫力を放っていた。
「おー、すげーなぁ」
「かっこいいぞ!」
孝太とルミは、軽バンからその戦いをのんきに眺めていた。
アバルトが強烈な一撃を受け、弾き飛ばされると、そのまま軽バンの前まで転がってくる。
「くそっ……!」
アバルトが必死に立ち上がると、孝太とルミは窓から身を乗り出して声をかけた。
「がんばれー」
「がんばるんだぞ!」
振り返ったアバルトは、目の前の鉄の箱とその中に座る親子を見て、目を見開く。
そこへカルロスが怒鳴りながら駆け寄る。
「どうした! 怖気付いたのか!!」
「いや、カルロス。待ってくれ……なんだ、この箱は!」
戦いは中断され、二人は警戒しつつ軽バンを見つめた。
孝太は淹れ終えたコーヒーを二つ差し出す。
「あー……どもども。コーヒー、いる?」
カルロスとアバルトは声を揃えて拒否する。
『いらんわ』
孝太は肩をすくめ、静かにコーヒーをすすった。
「で……なんで戦ってるんだ?」
孝太はコーヒーを追加で淹れながら、緊張感のない声で問いかけた。
場にそぐわない孝太の態度で毒気を抜かれたのか、二人は互いに顔を見合わせて剣を置いた。
「アルドレアス子爵の領民が行方不明になり、探したら隣の領地で見つかったのだ」
アバルトは一度カルロスを見たあと、孝太が差し出したコーヒーを受け取った。
「こちらは、ダルキン子爵の家族が襲われ、犯人を探したら隣の領地で捕えられた」
カルロスも同じようにコーヒーを受けとる。流れに任せた二人は、暖かな湯気につられて口角を上げた。
「同じ時期の話なのか?」
孝太はお茶うけにナッツを取り出し、さながら井戸端会議のような雰囲気を作りあげる。
ここまでくると、もはや二人に戦うという選択肢はなくなっていた。
ナッツをつまみ、コーヒーを啜りながら雑談に興じた。
「いや、相手の理由は初めて聞いた」
「私もだ」
「最初に理由を聞かないのか?」
「英雄は、その領地出身者が無益な争いを生まないよう、代表として決闘をする」
「理由を詮索するのは、恩義に反する」
この世界なりのルールがあるのだろう、と察した孝太はコーヒーのおかわりをそそいだ。
「二人は友達なの?」
「よい好敵手であり、友でもある」
「会うのは久しぶりだな」
仲の良い英雄同士、貴族間での争い。
それに孝太のセンサーが反応する。
「……なんか怪しいな。どっちかの子爵に詳しく聞いてみるか」
孝太の呟きは二人に聞こえなかったようだ。
アバルトは軽バンを眺めだし、興味深そうに問いかけた。
「ところで今更だが、この奇妙な箱はなんだ?」
「私も気になっていたのだ。乗り物だろうが、こんなものは見たことがない」
「あー、俺も拾ったやつだから詳しいことはわかんねーわ」
説明を面倒だと思った孝太は、適当に話を流してはぐらかした。
迷い人であることは極力隠しておきたい。余計なトラブルには巻き込まれたくなかった。
そんな心情を察したわけではないが、無邪気な声でルミが叫んだ。
「ルミ、おなかすいたぞ!」
「ああ、すまん。そろそろ飯にするか」
これ幸いとばかりに後ろへ行き、調理スペースで何を作ろうかと食材をあさる。
カルロスとアバルトは、腑に落ちないまま、静かにコーヒーを飲み干した。
「あんたら、飯は食ったのか?」
「いや、まる二日食べていない」
「ずっと戦っていたな」
「タフすぎだろ」
よくもまあ、死ぬかもしれない戦いを続けたもんだと孝太は呆れた。
するとルミはにやりとほくそ笑み、二人に向かって口を開いた。
「ルミ、しってるぞ。ふたりは、しゃちくだぞ!」
「どこで覚えんだよ。そんな言葉」
「ママがいってたぞ。こうたはしゃちくだからーって」
「あいつめ……」
孝太は苦笑しながらも、軽く肩をすくめた。
カルロスとアバルトは、なぜかはわからないが笑ってしまった。
おそらく、孝太とルミが醸し出す暖かさに癒されたのだろう。
フライパンで特製の長いウインナーを焼き、トースターにバターを塗ったコッペパンを放り込む。
しばらくすると、焦げ目のついたウインナーの香ばしさ、肉汁の匂いに合わせて、バターが溶けはじめた。
焼き上がったパンにウインナーを挟み、刻んだピクルスを多めに乗せていく。
最後の仕上げに自家製トマトケチャップとマスタードで彩れば、くつろぎ珈琲の人気メニュー、スペシャルホットドッグが出来上がった。
「うむ。完璧な仕上がりだ」
「パパ、じょーずだぞ!」
「はっはっは。天才ですから」
「おじちゃんたちのぶんは?」
「ん? ああ、今から作る。先に食べてていいぞ」
「うんっ!」
ルミは出来立てのホットドッグを持って運転席へ移動し、覗き込んでいた二人の前で見せびらかした。
「これ、ルミのやつ!」
「お、おお……」
「うまそうだ……」
二人の腹の虫が地鳴りのように響いた。
ルミはそんな二人をしりめに、大きく口を開けてホットドッグに齧り付いた。
ぱきっ、と弾けるウインナー。
滴る肉汁が口の中へ広がる。
「おいひいぞー!」
ルミは満足げに微笑み、それを眺めていた二人は思わず手を伸ばした。
「ちょ、ちょっとだけ……」
「先っちょだけでいいから……」
側から見ると危険人物極まりない。
「セリフが犯罪者のソレだぞ」
「ーー!」
背後から声をかけられて我に帰った二人は、誤魔化すように視線を逸らした。
「……ったく。ほれ。あんたらの分だ」
孝太はため息をつきながら、ホットドッグを二本ずつ手渡した。
「うおおおっ!」
どちらからでもなく歓喜の声をあげ、カルロスとアバルトは無心でホットドッグを口へ運んだ。
「う、美味い」
「ああ……生きててよかった」
じわり、と二人の目元に涙が滲む。腹が満たされていくことで涙腺が弱くなったのだろう。
「おい。飯を食ったら行こうぜ」
孝太は自分のホットドッグを齧りながら、少し落ち着いた二人へ声をかけた。
「どこへだ?」
アルバトは口の中に残ったものを水で流し込み、首を傾げた。
「決まってんだろ」
孝太はホットドッグの包み紙を握りつぶし、運転席に座る。
「領主のとこだよ」
そして、軽バンのエンジンをかけた。
アバルトとカルロスは間を置いて頷き、孝太に促されるまま車へ乗りこむ。
孝太たちは無人の荒野を走りだした。領主の住む街を目指して。




