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無敵の移動販売車で行く、ゆるふわ異世界親子旅 〜あ、どうも。コーヒー屋です〜  作者: TAKABE


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2/13

さようなら、ゴリル

 ドアを叩く、低くて大きな音が夢の膜を破るように響いた。

 眠りの底からゆっくり浮かび上がりながら、孝太は片目だけを開く。車内はまだ薄暗く、フロントガラス越しに白んだ空がじんわり広がっている。


「おーい、コウタ。起きろ!」


 すぐ近くでゴリルの野太い声がした。

 寝起きの頭では、あれが人間の声ではなく、森で出くわす動物か何かに思えてしまう。


「ん……なんだゴリラか」


「ゴリルだ!」


 反射的に返すと、外から不満げな声が飛んできた。名前に敏感なあたり、やはりちょっと可愛いところがある。


「それより、ちょっと村へ来てくれるか?」


 声色は軽いが、どこか急いているようにも聞こえる。

 孝太はようやく身体を起こし、背もたれに頭を預けながら大きく欠伸した。ルミは後部座席で丸まったまま、すやすやと寝息を立てている。


「あー……わかった。行くよ」


 靴を履き、外に出ると、朝の空気がひんやりと頬に触れた。

 陽が地平線の向こうから顔を出してしばらく。体感では午前六時前後、こちらの世界でも同じ周期なのか、鳥の声や家畜の鳴き声があたりに満ちていた。


 ゴリルに連れられて村の中心へ向かうと、広場にはすでに多くの村人が集まっている。老若男女、ざっと見て数十人。まだ朝早いというのに、誰もが緊迫した表情で、ざわついたざわめきが空気を震わせていた。


「えーと、なにごとでしょうか?」


 孝太は、田舎の自治会でもこんな空気には滅多に遭遇しないと思いながら、頬をひきつらせた。

 視線を向けられるだけで背中に汗がにじむ。得体の知れない世界での“集団”は、単純に怖い。


 中央に立つ老人が孝太へ視線を向け、ゆっくり歩み寄ってきた。腰は曲がっているが、声には不思議な張りがある。


「おぬし、どこからきた?」


 直球すぎる質問だった。

 隠しようがないので、孝太は正直に答える。


「どこって……日本だけど」


「ニホン……知らぬな」


 老人は眉間に皺を寄せ、村人たちも「聞いたことがない」というように顔を見合わせている。


「とにかく、怪しい人間じゃない。ただの親子連れだ」


 ゴリルが庇おうと口を挟むが、それはすぐさま別の声に遮られた。


「長老! こいつは……!」


「ゴリル、お前は下がっていなさい」


 老人──おそらくこの村の長老と呼ばれる人物──はぴしゃりと言い放つ。

 ゴリルは悔しそうに歯を食いしばったが、逆らえないらしい。


「……はい」


 孝太は心の中でため息をつく。

 思えば、この村の人たちから見れば自分はかなり怪しい存在だ。


 夜の闇の中、奇妙な形の鉄の箱──車──に乗って現れ、見慣れぬ服を着て、妙に丁寧な言葉を話す。

 昨夜はみんな眠りにつき、細かく話題にならなかったのだろうが、朝になれば当然こうなる。


 長老は孝太をじっと見つめ、軽く頷いた。


「詳しい話はワシの家で聞こう」


「わかった。けど、その前に娘を連れてきていいか? ひとりにしておけない」


「かまわん。ゴリル、付き添え」


「はい。行くぞ。コウタ」


 ゴリルに促され、孝太は村の視線を背中に浴びながら車へ戻った。


 広場を離れた途端、ゴリルが低い声で言う。


「コウタ。このまま逃げろ」


 孝太は思わず足を止めた。

 ゴリルの声は、さっきまでとは別物だった。掠れた、押し殺した声。軽口を叩く余裕の欠片もない。


「やっぱ、ヤバい感じ?」


「このままいけば……しばらくは身動きとれないだろうな」


 そう言って、ゴリルは村の方角を一度だけ振り返った。その横顔は、いつもの豪快さとはまるで違い、どこか影を落としていた。


 孝太は苦笑した。


「そっかー……けっこう気に入ってたのに、残念だなぁ」


「また落ち着いたら来るといい。それまでに、長老は俺が説得しておこう」


「お前、いいやつだよなぁ」


 ゴリルは鼻を鳴らす。


「お前のためじゃない。そこのお嬢ちゃんが可哀想だろ」


「ロリコンだったか」


「処刑されとくか?」


「ははっ。冗談だよ」


 こういう軽口を叩けるあたり、やはりゴリルはいいやつだ。

 孝太は少しだけ安心して、車に乗り込んだ。

 エンジンをかけると、村の静けさに機械音がひときわ響く。


 運転席の窓をゆっくり開けて、


「じゃあ、行くわ」


「おう。気をつけてな」


「またな」


 短いやり取りのあと、孝太はアクセルを踏んだ。

 村の入口へ向かって車を進める。バックミラーに映るゴリルの姿は、すぐに遠ざかり、やがて小さくなって見えなくなった。


 村の広場から、エンジン音を聞きつけて、何人もの村人が慌てて飛び出してきた。


「ゴリル! 逃したのか!」


 息を荒げた若者が食ってかかる。

 ゴリルは悔しげに拳を握りしめ、首を横に振った。


「油断した。すまねえ!」


「待てーーっ!!」


 怒号とともに、若者を中心とした十数人が道へと走り出す。

 朝日を浴びて土埃が舞い上がり、足音が村中に響きわたった。


 だが、孝太の車に追いつけるはずもない。

 しばらく必死に走っていた村人たちは、徐々に歩みを落とし、やがて立ち止まった。


「……もう見えねえ……」


「くそっ、何者だったんだあいつら……」


 肩で息をしながら呟く村人たち。

 その背中には苛立ちだけでなく、理解できないものへの戸惑いが滲んでいた。


 そんな彼らをしりめに、ゴリルだけが道の先をじっと見つめ続けていた。

 風が吹き、草原を波のように揺らしていく。


 ゴリルは空を仰ぎ、ゆっくりと目を閉じた。


「神よ。あの者たちに良い旅を」


 その祈りに呼応するように、ひときわ強い風が吹き抜ける。

 旗が揺れ、木々がざわめき、空気が澄んでいく。


 まるで──

 孝太たちの背中をそっと押したかのように。

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