こんにちは、海賊
海岸沿いを走らせていると、軽バンでも高級車に乗ってドライブしているような、不思議な錯覚を抱く。
「うみーっ!」
「でかいよなぁ。あの先には何があるんだろうな」
「んー……ふぁみれすっ!」
「そりゃ、ご機嫌だな」
「ルミ、おなかすいたぞ」
「あー、そうだな。飯にするか」
砂浜から離れた場所で車を停め、後ろに積んでおいた新鮮な魚たちを運び、砂浜で石を重ねて簡単な釜戸を作った孝太は、薪にするための流木をルミと集め始める。
「パパ、これ!」
「おう。それはなんだ?」
「えくすかりばー!」
「ルミは勇者様だったのか」
「わるものは、こうっ!」
自分の身の丈はあろうかという細い木を左右に振り、ルミは駆け回って遊ぶ。
やれやれ、と孝太はため息をつき、乾いた流木を集めていった。
やがて充分な量が集まり、金網を置いて火をつけた孝太は、炎が大きくなるまでに魚を捌いておこうと、クーラーボックスを開いた。
やけにカラフルな魚たちは、あちらの世界でも南国あたりにしか生息していなさそうな、見慣れない色をしている。
市場で聞いた話だと毒はなさそうだが、知らない魚には、やはり抵抗感を抱いてしまった。
「色がなぁ……スカイブルーだもんなぁ……カキ氷でしか見たことないわ」
「それ、たべられるの?」
「たぶん。ブルーマダイとか言ってたし」
「まだい! おいしいやつだぞ!」
「そうであることを願うわ」
覚悟を決めて捌いてみると、中身は普通の白身魚で、安心すると同時に少しだけ残念な気持ちになった。
「んー……シンプルに塩焼きと、ホイル焼きにするかな」
「おさしみは!」
「刺身はやめとこう。ちょっと怖い」
「パパ、びびりだぞ!」
「人生ってのは臆病なくらいが上手くいくんだよ」
そんなやり取りをしながら下ごしらえを終え、金網へブルーマダイを乗せると、魚の身に含まれていた油が溶け始め、食欲をそそる香りが立ち昇る。
「うまそうだな」
「おっさかな♪ おっさかな♪」
待ちきれないのか、ルミは焦げ目がつき始めた魚を何度も箸でさわり、まだかまだかと持ち上げる。
「こら。そんなに触ると逆に遅くなるぞ」
「……そうだぜ。魚はじっくり焼いた方が美味いぜ」
「……どうしてこう、飯の度に邪魔がはいるかね」
振り返ると、大柄な浅黒い男が仁王立ちしていた。
潮風を浴びてカサついた髪を後ろで纏め、右手に大きなモリを持っている。
「で、服はどうしたの?」
「はっはっは! クラーケンにとられちまったぜ!」
「ふんどし一丁は最先端すぎるわ。ちょっと待ってろ」
鍛え抜かれた体を惜しげもなく晒し、白い歯を見せながら豪快に笑う男へ、孝太は軽バンに積んでいた長袖のシャツを渡す。
「ほら。これでも着てろよ」
「おお! 悪いな!」
百九十センチはありそうな男には、中肉中背の孝太の服では小さすぎて、今にも弾け飛びそうなくらいシャツは引き伸ばされた。
「これはこれで気持ち悪いな」
ふんどしとピチピチのシャツを身につけたマッチョは、さすがに目の毒である。
「すまんが、俺にも魚をわけてくれないか」
「ん? いいよ。たくさんあるし」
「はっはっは。お前はいいやつだなぁ!」
ばし、ばし、と背中を叩かれ、孝太は反射的に前へ。力加減というものを知らんのか、と言いたそうに振り返り、ひとつ息を吐いた。
「はあ……で? あんたは何者なの?」
「俺はバリマス。海賊をやっている」
「海賊かぁ。その海賊さんが陸で何してんの?」
「小舟に乗って食料を調達していたら、クラーケンに襲われてこのザマさ!」
「クラーケンってなに?」
「でっかいイカだ!」
ブルーマダイの塩焼きを口へ運びながら、バリマスは楽しそうに笑った。
おそらく馬鹿なんだろうな、と決めつけた孝太は、あまり関わりたくなくて適当に逃げようとした。
「じゃ、俺たちはこれで。残りは食っていいから」
すっ、と手を挙げて別れを告げ、ルミの手を引いて軽バンヘ行こうとした。
「つれないこというなよ! はっはっは!」
しかし、バリマスに回り込まれてしまった。
「いや、急ぐんで」
「はっはっは!」
「おい……」
「はっはっは!」
「いい加減にしろ!」
「つれないこというなよ! はっはっは!」
方向を変える度に回り込まれて、さすがに鬱陶しくなった孝太は声を荒らげたが、バリマスは気にした様子もなく、ひたすら笑顔を浮かべている。
「はぁ……で? なんか用があんの?」
さすがの孝太も諦めて、バリマスに用件を訊ねた。
「クラーケンを一緒に退治しようぜ!」
「いや、無理」
「おふね、のれる?」
「のれるぞー! 俺の自慢の船にな!」
「わーい! ルミ、てつだう!」
「おうおう! 今日からお嬢ちゃんも海賊だ!」
「だから、無理……」
「お前も来るよな?」
「パパもいくぞ!」
「……わーったよ。クソ」
二人に強引に押し切られ、孝太は力なく首を縦に振った。
バリマスは狼煙をあげはじめ、それがもくもくと空へ広がると、遠くから髑髏マークを帆に描いた船が近付いてきた。
「お頭ーーっ!」
「おーい! こっちだぞー!」
「ねえ、パパ。おおきなふねだぞ!」
「そうだな。モロに海賊船だけどな」
「あくまのみ、あるかな?」
「あったらいいな。こいつらを全員海に沈めたいし」
「パパ、かげきだぞ!」
海賊船は浅瀬の限界まで近寄り、小型の船をだしてバリマスを迎えにきた。
孝太は軽バンヘ移動し、どうにかしてこれに乗ったまま乗船できないかと考える。
「行くのはいいが、こいつも乗せてくれ」
「なんだその奇妙な箱は!」
「俺とルミの部屋みたいなもんだよ」
「ふーむ……よし、お前ら! 全員おりてこい!」
バリマスに呼ばれ、海賊船から続々と人が降りてくる。
そして、海賊たちは軽バンの周りを数人で囲み、下から一気に持ち上げた。
「そいやーっ!」
「力任せにもほどがあんだろ」
小舟を四隻ならべ、その上に置かれた軽バンは、海賊船から垂らされた数本のロープで縛られ、人力で甲板まで持ち上げられた。
「さあ! 行くぞ! えーと、名前なんだっけ」
「俺は孝太。こっちがルミ」
「よし! 孝太、ルミ! 出発だ!」
「おーっ!」
「はぁ……」
軽バンと孝太、そしてルミを乗せた海賊船は、弱い風を帆で受けて、じわじわと陸から遠ざかっていった。
「おふね、のれたね!」
「ソウデスネ」
無邪気に船旅を楽しみはじめたルミを見て、頭痛がした孝太は、ひとり頭を抱えたのだった。




