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人間論

嗚呼、俺は何をしてるんだ。たいした奴でもないのに。俺は、画家である。といってもアマチュアではあるが、芸歴十年の24歳。親父が経営する、サイコロマート森川店で本業を営みながら、制作に励んでいる。俺は、絵画の師匠である、南武夫先生のアトリエと自分の部屋で絵を描いている。今日、ある、コンテストからの審査通知が家に届いた。結果は入選であり、賞状もいただいて、正直、ほっとした。嬉しかった。今年の冬は寒い。もうすぐ、クリスマスだ。今年、八回目の入選。時計は朝の五時半。素晴らしい、クリスマスプレゼントになった。賞状。さらに、来年、西宮と東京にある、美術館での発表も決まった。俺は自宅の車庫から、愛車であるウィングロードの運転席に乗り込み、神戸の街を走り、職場に着いた。サイコロマート森川店。親父は営んでいた、酒屋をつぶし、コンビニへと職替えをした。俺の名前は、森川薫。絵だけが取り柄の淋しがり屋であまえたな男だ。俺は喫煙所で煙草を吸って、店内へと。

「薫君、おはよう。賞、どうやった」

「うかりました。入選です」

「そうか、おめでとう。ええ、クリスマスプレゼントになったな。はよ、彼女、作りや」

「それはそうですけど。今、絵のほうが大事なんで」

「何、言うとるねん。彼女がおったら、もっとテンション上がって、絵も売れるようになるって」

「そうですかね」

「そうや、当たり前やろ。まあ、ええわ。ほな、薫君、商品、着いてるから、陳列、頼むわ」

「はい、近藤さん」

俺は、この近藤さんが好きだ。面白くて、人間味のある、ダジャレ大好きな、髭のおじちゃん。近藤さんが、この仕事に就いて、もう、二年か。俺は、おむすび、弁当、パン、食料品から乾電池などの生活必需品まで、すべての商品の陳列を終え、店内の掃除を始めた。

「奥さん、もう、亡くなってから、一年になるんか。一周忌とか、どうするの」

「家にお坊さんが来てくれるみたいで。親父と俺とだけで」

「へえ、そう。早いなぁ。確か、命日が12月の23日やったな」

去年、俺は、店の副店長であった、お袋を亡くした。糖尿病が悪化し、すい臓癌も患い、52歳で死んだ。やさしい、お袋だった。俺が、十年前、画家になりたいとお袋に言ったとき、

「薫に好きなことが、やっと見つかってよかった。頑張りなさいよ」

と頭を撫でてくれた。俺の学校嫌い、不登校も認めてくれた。俺は、小中といじめによる登校拒否児。家で絵ばかり、描いていた。14歳の春に、親父の大学時代の先輩にあたる、南先生を紹介してもらい、弟子入りした。南先生は才能ある画家の一人だ。尊敬できる、思いやりあふれる、頼もしい師匠である。去年、南先生の作品がアメリカ、ハリウッドで約、二億円売れた。ハリウッドに招待された南先生は、むこうでも絵画教室の講師として活動し、大きな賞を受賞した。でも、南先生はおごりのある人ではない。そういった自慢話も一切しない、謙虚な人だ。アトリエで過ごした初日。14歳の俺は、南先生に、

「今日は、のんびり、デッサンでもしていってね。絵は楽しいよ」

と言われ、俺が書いた、デッサンを褒めてくれた。その日の帰り際に。

「君のデッサンは迫力がある。君とは楽しく絵が描けそうだよ。僕に弟子入りしてくれるかな」

「はい。勿論です」

「ありがとう。また、君のような友人が出来て嬉しいよ」

と、笑顔で俺に言ってくれた。俺は絵を愛している。毎日、絵と暮らしている。でも、正直に彼女とか恋人というものに、全く縁がない。俺は女を知らないのだ。斎藤さんの言う通りなのかもしれない。彼女が出来たら、モチベーションもテンションもあがるのかも。

「おっさん、少年ジャンプないんかい」

 大きな男の声が聞こえた。レジには斎藤さん。頭を下げ、斎藤さんは、レジの前にいる男に、

「申し訳ございません。今、少年ジャンプは品切れをしておりまして。お取り扱いがないんです」

「おっさん、この店の悪い噂、流したるわ。覚えとけよ」

「申し訳ございません」

 アイツ、小中の同級生の中島だ。中島寛太。俺は、この男から、しつこい、言葉のいじめを受け、鼻に唾をかけられて、それ以降、不登校児になった。

 すると、漫画を立ち読みしていた、男性客が中島を取り押さえ、警察手帳をポケットから取り出し、中島に手錠をかけた。

「お前を営業妨害の疑いで署に連行する」

「何が警察や。この店の悪い噂、ほんま、流したるからな。覚えとけよ」

「黙れ、お前は容疑者や」

 中島は警察官に連れられ、無言で黒いワゴン車に乗せられた。本当に危ない。でも、なんで中島がうちの店に来たのだろうか。

「斎藤さん、大丈夫ですか」

「おお、大丈夫やで、怖い時代になったな」

「アイツ、俺の小中の同級生なんです。なにしでかすか、わかりませんよ」

「そうやな、ほんま、気を付けなあかんな」

 俺達がレジで話をしていると、女子高生のバイト店員、真美が出勤した。笑顔だ。何かいいことあったのかな。

「薫さん、近藤さん、お疲れ様です」

「おお、真美ちゃん。今日、えらい、機嫌良さそうやん。彼氏でも出来たんか」

「はい。同級生の男子が彼氏になりました。クリスマス、彼氏の家でお泊りなんです」

「そうか、薫君も、はよ、彼女、見つけや」

「は、はい」

 俺は真美の笑顔に癒され、煙草の発注を始めた。大変な作業だ。今、1999年。来年、2000年。時代か。ある意味、やばい時代になってしまったのかもしれないな。俺は煙草の発注を澄まして、事務所のベッドで横になった。受賞、中島の営業妨害。真美に彼氏ができたこと。俺も彼女を作ったほうがいいのかな。様々なことを思い浮かべて、俺は眠りに就いた。


「おい、起きろ、薫。もう、夜の九時やぞ。仕事や。神崎さん、今、一人でレジやから手伝え」

親父に起こされた、腕時計を見ると、九時五分。もう、こんな時間か。仕事だ。レジだ。

「わかった、寝とって、すまん」

「明日、経営者会議や。店、お前に任す。何か、会議で言うとくことないか」

「そうやな、うちの店、ワインの種類が少ないやろう。もうすぐ、クリスマスやし、ワインの種類を増やしたら、どうや」

「わかった。確かにそうやな。会議で言うとくわ」

 親父に中島の事を話した。警察、警察というと逆に、変な事件が多くなるのではないかと親父と話し合った。そして、俺はレジで多くのお客さんに接している、パート店員で主婦の神崎さんの横で仕事を始めた。ありがたいことにうちの店、儲けが良い。常連客に感謝しなくては。俺は、お客さん相手に、商品の袋詰めを始めた。忙しい。神崎さんと笑顔でお客さんに接する。この仕事は大変だけど、やりがいがある。正直、楽しいことのほうが多い。すると、いつも、マルボロを買ってくれて、仕事の愚痴と冗談で俺を笑わせてくれる、長い髪の美女、通称マルボロ姉さんも来てくれた。このお姉さん、銀行員であるらしい。金を触っていると、ノイローゼになると、いつも、愚痴をこぼし、後は笑い話で俺には優しく接してくれる。

「マルボロですか」

「そう。そんなんより、兄ちゃん、何時に仕事が終わるの」

「俺ですか。今日は十時半までです。それが何か」

 マルボロ姉さんは俺に白い紙を一枚、手渡してくれた。そこには、携帯の電話番号が書かれていたのだ。

「兄ちゃん、私の名前は鶴村弓枝。今日、この後、友達とカラオケ行くねん。兄ちゃん、仕事が終わったら、電話頂戴。『カラオケめだか』におるから、一緒に遊ぼう」

「お、俺でいいんですか」

「あんた、かわいいもん。たまには、遊ばなあかんで。仕事ばっかりやったら、あかん。はな、電話、待ってるわな」

 と、愛くるしい顔つきで店を出た。神崎さんが笑って、小声で言った。

「薫君、良かったやん。たまには、遊ばな。あのお姉さん、きれいやね。マルボロ姉さん。カラオケ、楽しんできいや」

「は、はい。つ、次のお客様、どうぞ」

俺は神崎さんとレジ。他の常連さん達も笑っている。いつも、缶ビールと缶コーヒーを買ってくれる、スキンヘッドのおじさんが、

「兄ちゃん、幸せ者やで、あの人、女優におりそうな、きれいな人やで。誘われて、良かったな」

と嬉しそうに大声で笑う。俺は幸せ者だ。おじさんもマルボロを購入してくれて、嬉しそうに、「ほなな」と言って、店を出た。「ありがとうございました」と俺と神崎さんは、おじさんに頭を下げて、「お待たせしました。次のお客様、どうぞ」と、常連さん相手にレジを打ち、商品をレジ袋にしまう。嗚呼、後、十分で仕事が終わる。俺ってかわいいのか。マルボロ姉さん、ありがとう。


 俺は仕事を済ませ、うきうき気分で、カラオケめだかへ向かった。嬉しい。マルボロ姉さん、弓枝さん。俺は、カラオケめだかの駐車場に車を停めて、弓枝さんに電話した。

「もしもし、今、着きましたよ」

「そう、8号室におるから、来てね」

「はい。ありがとうございます」

 よかった。弓枝さんの声だ。俺は8号室の扉を開けて、弓枝さんと、もうひとりの綺麗な女性に笑顔で迎えてもらった。弓枝さんは煙草をもみ消し、大きく笑い、

「ほんまに来てくれるとは、思わへんかったわ。兄ちゃん、紹介するわ、この人、私の友達、黒田真紀ちゃん」

「おお、真紀です。よろしく。あんた、かわいいな。そりゃ、弓枝も誘うわ。今日は楽しもな」

「はい、勿論」

真紀さん、美女だ。少し、死んだ、お袋の若い頃に似てる。目が大きく、口が大きく。弓枝さんは、カエルっぽい、顔。唇が色っぽい。俺は、二人が歌う、いろんな曲に癒され、笑い、俺も一曲だけ、歌った。すると、真紀さんが、

「今日は二人で、楽しみや」

と部屋から消えた。弓枝さんと二人っきりだ。俺の初恋。弓枝さんは俺の頬にキスをした。

「なあ、私と付き合ってくれるか」

「も、勿論です」

俺と弓枝さんはキスをした。ファーストキス。遅すぎる。ファーストキス。そして、弓枝さんを助手席に乗せて、俺は自宅へと走った。車の中で何度もキスをした。そして、自宅に到着。部屋で二人、ベッドの上で。俺は弓枝さんを抱いた。初めてのセックス。やっと、俺にも彼女が出来た。

「あんた、童貞」

「は、はい」

「そか、私が初恋か。弓枝って、呼んでみて」

「ゆ、弓枝」

「ぱーちゃく」

と言って、弓枝さんは俺のおでこに自分のおでこをくっつけた。俺は笑った。笑うことを選んだ。

「あんた、いくつ」

「俺、24です」

「私、三十路、30歳のおばさんやで。こんな、私で、ほんまにええの」

「はい。勿論。ゆ、弓枝は、きれいだから」

二人で朝まではしゃいだ。俺が絵をやっていることも話せた。弓枝は部屋に置かれている、俺の作品を見て、母親からの愛が少ない描写だ。と指摘してくれた。南先生にも同じことを言われた。そうなのかな。母親からの愛。お袋の一周忌か。弓枝の寝顔を見ながら、俺は、新しいキャンバスに絵を描き出した。そして、煙草に火を点けて。時計は朝の5時。今日も仕事だ。

「なあ、あんた、何で、半分、関東弁なん」

「亡くなった、お袋が神奈川生まれで。逗子のほう」

「ふうん」

すると、電話が鳴った。神崎さんからだ。何の用だろう」

『薫君。すぐ、来て、斎藤さんが刺された』

『わかった、すぐ、行く』

「弓枝、大変なことになった。仕事、行くわ」

「うん。私、寝とってええかな」

「ええで」

俺は車を飛ばし、店へと急いだ。そこには多くのパトカーと警察官。斎藤さんが。どういうことだ。髭面の警察官に聞かれる。

「兄ちゃん、中島寛太容疑者を殺人未遂で逮捕した。すまん。うちら、警察のミスや。昨日の営業妨害で一旦は逮捕したんやけど、すぐ釈放したんや。何か、心当たりあるか」

「そう言われても。しっかりしてくださいよ」

 神崎さんも二人の警察官に事情を聴かれている。兵庫県警のテープが店の中、店の外、事務所まで張られている。写真を撮る、警察官もいる。中島が、何故。

「確か、少年ジャンプが売り切れで、それで、この店の悪い噂を流す、とか言うたんやな、中島」

「そうです」

「中島との関りは」

「小中の同級生です」

「中島を見たのは」

「昨日が、中学校の卒業式以来です」

「わかった。中島から個人的に恨みを買うようなことは」

「ないですけど、アイツにかなりエグイ言葉でいじめられてたのは確かです」

「兄ちゃん、学校は」

「小中と登校拒否です。フリースクールへ行ってました。小中で学校へ行ったのは、ほとんどなくて。中学校は卒業式しか行ってません」

 この警察官は、俺に煙草を吸って、落ち着けと言い、俺は捜索されている事務所で煙草を吸う。この後も、中島から具体的に、どういう言葉でいじめられたのか、聞かれた。中島が俺に何か恨みでもあるのか。斎藤さんは、レジで中島に、また、この店の悪い噂を流すと言われ、中島がレジから去ったあと、駐車場の掃除中に、腹を刺された。その時、中島は、

「この店は悪い店や」

と大声で叫んでいたところを警察官に取り押さえられ、逮捕された。

「薫君、私がついてて、ほんま、ごめんな。私、事情聴取、終わったから、斎藤さんのところへ行ってくるわ。確か、平野病院やったと思う」

「うん、わかった」

事務所での事情聴取は続き、髭面の警察官から、店を二日、閉めてくれと言われた。でも、何故、中島が。すると、親父が帰って来た。

「薫、もうええで。後は俺が警察と話する。お前、家で寝とけ」

「わかった」

髭面の警察官も、二十人ほどいる警察官も俺に一礼して、

「もうええからな、ゆっくり休み。後はお父さんと俺等、警察に任せて」

と言った。俺は、不可解の中、店を出て、いったん、平野病院に寄り、斎藤さんの意識が戻ったことを知る。でも、まだ油断できない状態。神崎さんは、付きっきりのようだ。そして、苦虫を噛んだかのように、家へと帰った。また、携帯が鳴る。師匠からだ。

『テレビ、観ました。森川君、大丈夫』

『はい、何とか』

『少し、絵を休みなさい。言ってる意味、わかりますよね』

『はい、わかりました』

『全く、酷いことをする。何かあったら、いつでも、電話ください』

『ありがとうございます』

 俺は弓枝を抱いて、テレビも消して、眠りに就いた。


夕方。親父が家に帰って来た。弓枝を紹介すると、親父は一瞬、笑い、「ゆっくりしていき」と言って、仏壇に手を合わせた。俺は、弓枝を自宅まで送っていくことにした。助手席に弓枝を乗せると、彼女の告白があった。

「私な、嘘ついてた。ほんまはな、銀行員じゃないねん。あんた、話が分かる人やと思って」

「何してるの」

「AV女優やってるねん。もう、八年ぐらい。こんな私でも、許してくれるか」

「別にかまへんよ。立派な仕事や。俺だって、コンビニと絵やし」

「ありがとう。薫、お金だけはあるよ。なあ、気晴らしにどっが行こうよ」

「今日はやめとこう」

「そうか。私、その犯人、中島、知ってるねん。家、近所でな。子供の頃から、自転車で傘持って、追い掛け回されてたんや。あんなん、おかしいで。私、薫とも同じ校区やね」

「そうやな。中島、かなり、おかしいな。俺、今日は疲れたから、寝るわな。送るよ」

「ありがとう」

俺は、弓枝を助手席に乗せて、国道を走った。斎藤さん。助かってくれ。そう思うばかりだった。


 俺は、弓枝を送り、帰宅して、部屋で一人。コーヒーを飲む。テレビを付ける気にもならない。神崎さんから、メールが来た。『斎藤さん、大丈夫みたい。何とか医師と普通に喋ってるって』。そうか。何とかなったか。中島、お前、何が目的だ。俺は、ベッドで横になり神崎さんにメールを返す。楽しいクリスマスとはいかなくなった。お袋の命日もある。部屋には三十枚のキャンバス。俺の誇りだ。コーヒーを飲み干して、親父がいる仏間へと階段を下りた。

「薫。あの姉ちゃん、ええ子やないか」

「まあな」

仏壇に手を合わせて、夕飯のハンバーグ弁当を食べる。親父はビールを飲み、煙草に火を点けた。

「斎藤さんに、ほんま、悪い事をしたわ。俺、責任者やからな」

「親父が悪いわけちがうよ。中島や」

「いや、俺がしっかりしとったら、少年ジャンプは売り切れへん。俺の発注ミスや」

「そうでもないよ。あんな、あほの中島が悪いだけで」

俺もビールを飲むことにした。親父が語るのは、店ごと、もう少し、変えられないかということ。商品の配置に発注に量に。親父は日本酒を開け、俺に商売の難しさを話す。親父の性格からして、コンビニに完璧はないということを言いたいようだ。客と店員の安全性も。警察との距離も。親父は悩む。俺は、親父に忠誠を誓う言葉を交わし、再び、部屋に帰り、眠った。


朝。何もすることのない朝が来た。師匠は絵を描くなと言ったが、一枚クレパスでキャンバスに向かい、仕上げた。赤、青、黄、緑が基調の、地球をイメージした抽象画。時計は10時7分。弓枝に電話をして、家に来てくれと誘った。弓枝は30分ほど経つと、家に車で来てくれた。セックス。抱き合う男と女。俺達は、弓枝の運転する車で西へと向かった。赤穂岬を飛ばす、弓枝。普段の会話。中島の事。店の事。AV女優の仕事の内容。ドリンクホルダーに二つ、お揃いの缶コーヒーが。



今日は、お袋の命日。灘のお寺からお坊さんを呼び、親父と二人、仏壇に手を合わす。お経。線香。お袋の遺影は笑顔そのもので。あんな参事、引きずってはダメだ。やることやって早く、忘れないと。テーブルに置かれた、寿司をお坊さんと親父と三人で食らう。俺は、コーラを飲み、親父は日本酒を呑む。明日がクリスマスイヴか。真美は、お泊りか。弓枝とは明日に逢う予定。何かプレゼントしなくちゃな。俺は、車に乗り込み、駅前のデパートへと向かった。指輪を買いに。バックミラーを直す。アクセルを踏む。お袋が、もし、生きていたら。と想う。久々に煙草に火を点けて。

アクセサリーの店。優しそうな、目の大きな店員さんがいる。店は混んでいる。弓枝に指輪か。予算三万まで。店内を見る。いろんな指輪が置いてある。ピアス、ブレスレット、ネックレス。やっぱ、どれもいい値がする。すると。

「お待たせしました。プレゼントですか」

「まあ、はい。指輪を」

「クリスマスですもんね。私達も忙しくて、すみません。ご予算は」

「うう、三万程度で」

「了解しました。こちらのシルバーの指輪。二万三千円程になりますが、いかがでしょうか」

店員さんは笑顔で俺に接する。当たり前の事か。シルバーな。これでいいかな。

「じゃ、これで」

「かしこまりました」

女性にプレゼントだなんて、生まれて初めての事だ。店員さんはケースの鍵を開け、指輪を取り出した。弓枝に指輪。少しの優越感あり。店員さんは、「何かありましたら、ご相談に乗りますので、アクセサリーの事なら、いつでもお越しください」と、嬉しそうに言った。清算を済ます。店を出る。駐車券を右手に持って、地下駐車場へと歩いた。自販機の缶コーヒー、今日は買うのをやめておこう。車に乗り込み、家に帰った。




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