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僕は知ってる、君のこと

作者: さくらぎ舞
掲載日:2025/03/26

道端に咲いてる草花の名前を、ボクは知らない。

でも、草花はボクを、知ってる気がするーーー。


中学1年生のボクは、小学校5年の9月から学校に行っていない。友達の顔も忘れてしまった。夏休み明け、数ヶ月くらいは数人、担任の先生といっしょに家に来てくれたけど、それもいつか途絶えた。


「来ないでください」とボクがお願いしたからだ。


学校を休んでも「誰かが来るかもしれない」と思ったら、余計に緊張して頭痛もひどくなる。ボクは自分のテリトリーを守るために「もう来ないで」とお願いした。お願いしたといっても、それは母さんを通して、だけど。学校とつながっていることで安心したい母さんは、「また来てください」と最後に伝えるのだった。やめてくれよ、母さん。


誰も来なくなって、ボクはほっとした。淋しいなんて思わなかった。自分が自分の領域にどっぷりつかっていられることに、安心感をおぼえた。ボクは、一生学校に行くもんか、と思ったし、それについて不安はなかった。


学校に行くよりやりたいことがあったから。ボクはジイちゃんと一緒に畑にいく。何を手伝うわけでもなく、ただ、畑でボーッとしていることもある。母さんは、そんなボクの姿を見て「学校に行かずに、畑にいくなんて」とつぶやくけど、それは独り言のようで、ボクに聞かせようとしてるわけじゃない。


ときどき「畑で作物とか、そういうの、勉強したら?理科にもつながりそうだし」ということもある。勉強が遅れてしまうのを心配してのことだ。でも、ボクは勉強しない。そのかわり、畑仕事の流れを、ジイちゃんの姿を見て学んでるんだ。


「おい、今日はニラの種をまくぞ」

ジイちゃんが、畑の隅にある大きな石に座るボクに声をかけた。ボクはニラが好きじゃなかったけど、ニラの種はどんな形だろうと、ちょっとだけ気になった。


「濃緑ニラ、だと。まだ、タネまくの早いだろうけど、やることないしな」

ジイちゃんは、ホームセンターで買ってきた袋を、そうっと破ろうとした。気を付けて破らないと、大きく破れて種がこぼれてしまうから、慎重に力を込める。でも、ジイちゃんの指の力は、思っていたより弱かったみたいだ。


「おれ、やるよ」

ボクは、ジイちゃんの手からそうっと袋をもらって、すぐに開けた。

「ほお~」

ジイちゃんは、息を静かに吐き出すような声をあげた。ちょっと弱弱しかったから、ちょっと切なくなった。


袋の側面も慎重に開いて、ボクはニラの種を眺めた。小学1年生のころに担任の先生からもらった数粒のアサガオの種。それと似ている。黒いけど茶色い、三角形の小さな種から、ニラはどんな風に芽を出すんだろう。


ジイちゃんは、育苗箱をどこからか持ってきて、土を入れる。さらっと入れて、とんとんとやって、もう一度土を入れる。そこに、一粒一粒種をまく。ジイちゃんのやることを見て、同じように種をまいていった。


一通り作業を終えると、ジイちゃんは、優しい塩梅で水をかけてくれるジョウロをボクに渡した。

「よろしくな」


ボクは、畑の隅にある雨水を貯めたままの桶から、水を汲んだ。そのままにしてるから、桶の底に藻がついているんだけど、ジイちゃんはお構いなしに、その水がいいんだ、という。「科学的根拠は?

?」なんて、偉そうに質問したことがあったけど、ジイちゃんは「そんなのあるわけない、ジイちゃんの勘だ」とあっさり認めた。


水を汲んで育苗箱の外側にまず、水をかけて、柔らかく優しい水になるように呪いをかけた。そうしないと、ジイちゃんは「最初の水はきつすぎるからな、ちょっと逃がして、やんわりかけるのがコツだ」というから。


育苗箱のニラはどのくらいで芽を出すだろう。最近、少し暖かくなったとはいえ、「暑さ寒さも彼岸まで」。天候が安定しないから、長くかかるかもしれない。


ジイちゃんは、少し疲れたのか、あの石に腰かけた。ボクはジイちゃんの近く、地べたに座ろうとした。


「おい、花咲いとるから、気を付けや」

ジイちゃんが、ボクの腰を少しだけ、ポンとたたいた。

石の下に、その奥に根を張ったんだろうか、紫色の小さな花が咲いている。この花、そういえば、見たことがある。家の敷地と道路の間、アスファルトの隙間から生えている花だ。


母さんはその花をなぜか大事にしていた。

「何の花?」と聞いても、知らないと答える母さん。でも、草取りの際も、絶対に抜かない理由を教えてくれた。

「あの花、真夏でも真冬でもずっと、枯れそうになりながら、生き続けているのよ。そうして春になると、紫の花を咲かせるの。なんだかうれしいのよね。」


「ジイちゃん、この花の名前知ってる?」

「知らんわ~、でも、何もせんでも、今ごろの時期にちゃんと咲くんだわ。」

「おれ、あとで調べとく。」

ジイちゃんは、はは、と小さく笑って、汗を拭いた。

「なあ、人間様は何でも知らんと気が済まんけど、自然っちゅうもんは、人間様のことは何でも知っとるわい。お天道様もお月さんもな。この花もそうや。」


なんだか、ジイちゃんがとてつもなく大きく見えた。

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