エピソード20
幽霊の怒りは収まらず、周囲の空気はますます張り詰めていた。
「まだ……足りない……!」
幽霊はアオイと正一を睨みつける。その視線には、これまでの怨念と絶望が入り混じっていた。
アオイは深く息を吸い込み、一歩前に出る。
「なぁ……復讐を終えても、お前の魂は救われねぇんじゃねぇか?」
幽霊の表情が一瞬揺らぐ。
「……何を……?」
「確かに、藤木の罪は暴かれた。お前の無念は、俺たちが知った。でも、お前はそれで満足なのか?」
アオイは幽霊を真っ直ぐに見つめる。
「復讐を果たして、お前の苦しみが本当に消えるなら、それでいい。でも、そんなことじゃ、お前が本当に望んでたことは何も変わらねぇんじゃねぇのか?」
幽霊は沈黙する。
「……俺は……俺は……!」
震える声が、夜の闇に響く。
「お前は助けてほしかったんだろ?」
正一が、涙を浮かべながら口を開く。
「俺は……俺はお前を見捨てた。お前が最後に俺に助けを求めた時、突き放した。俺は……お前を救えなかった……!」
正一は拳を握りしめ、涙をこぼした。
「だから、今度こそ、お前の証を残す。お前がここにいたこと、俺が忘れないようにする。誰にも忘れさせないようにする……!」
幽霊の身体が揺らぐ。
「……本当に……?」
「約束する。」
正一が涙を拭いながら、はっきりと誓った。
その瞬間、幽霊の周囲の気配が変わる。怒りと怨念に満ちていた空気が、少しずつ薄れていく。
「俺は……もう、いいのか……?」
幽霊の声が、少しだけ穏やかになる。
アオイと正一は、静かに頷いた。
「お前が消えることが、終わりじゃねぇ。お前の存在が、忘れられなければ……それが、お前の救いになるはずだ。」
幽霊は、ほんの一瞬だけ微笑んだように見えた。
そして、彼の姿は、ゆっくりと薄れていった。
アオイと正一は、その場に立ち尽くしていた。
「……終わったのか?」
「いや……まだ、最後の試練が残ってる。」
アオイは自分の手を見つめた。完全に女性として馴染んでしまった体。
「呪いが……解けるかどうかは、これからだ。」
正一は静かに頷いた。
二人の戦いは、まだ終わりではなかった。
幽霊の姿は薄れ始めていた。
「……これで……終われるのかもしれない……」
彼は微笑みながら、静かに消えていく。その表情には、長い間背負ってきた怨念が溶け、安らぎが宿っていた。
「……消えた……?」
アオイと正一は息を呑み、互いの顔を見合わせた。
次の瞬間、アオイの体が淡い光に包まれた。
「……!?」
熱が引いていく。全身に馴染んでいた違和感が、ゆっくりと解けていく感覚。
「これって……呪いが……?」
アオイが手を広げると、女性らしい指先が徐々に元の形へと戻っていく。髪も短くなり、身体つきも変化し始めた。
「戻れるのか……?」
正一が静かに見守る中、光が消えた。
「……おい、アオイ。」
正一の視線が、アオイの顔をじっと見つめる。
「……あれ?」
アオイは自分の体を確認した。
確かに、ほとんどの変化は元に戻っている。
しかし――
「……なんだよ、これ……」
胸に手を当てると、わずかに柔らかい感触が残っていた。髪も完全には短くならず、肩にかかる長さで止まっていた。
「完全には……戻ってねぇ?」
正一が眉をひそめる。
「……後遺症、か。」
アオイは苦笑する。
「幽霊の呪い、完全には消えなかったみてぇだな。」
正一は微妙な表情を浮かべながら、ふっと笑った。
「まあ……お前、ちょっと可愛くなったし、いいんじゃねぇの?」
「うるせぇ!!」
アオイは正一を思い切り叩いた。
「とにかく、元にはほぼ戻れたんだ。これで、ひとまずは終わりってことにしようぜ。」
アオイは静かに夜空を見上げた。
幽霊はもういない。しかし、その存在は確かに彼らの心に残り続ける。
そして、これからも忘れずにいることが、彼への最大の弔いなのかもしれない。




