エピソード1
朝、目が覚めた瞬間、違和感が全身を駆け巡った。
いつもと何かが違う。いや、何もかもがおかしい。
アオイは布団の中で身体を起こすと、まず腕を見た。
細い。妙に白くて滑らかで、力強さがない。
次に髪が肩に触れる感触に気づいた。
「……なんだこれ?」
寝ぼけ眼で髪を掴んでみる。さらさらとした長い髪が指の間をすり抜けた。
昨日までの短いスポーツ刈りはどこに消えた?
そして、ふと胸元に目を向ける。
「え?」
見たことのない膨らみがあった。
……いや、まさか。
慌てて布団を跳ね除け、確認のために鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、見知らぬ少女だった。
いや、よく見れば目元や輪郭に見覚えがある。だが、どう考えてもこれは自分じゃない。
「は……?」
声まで高い。
震える手で頬をつねる。痛い。
どういうことだ?
混乱しながら部屋を見渡し、携帯を手に取る。
親友の高橋正一の名前を見つけると、ためらうことなく発信ボタンを押した。
『……もしもし? どうした、朝っぱらから』
「おい、俺だ、アオイだ」
『……え、誰?』
「だから俺だって! 大場アオイ!」
『え、お前、なんで女の声……?』
正一の戸惑う声が、現実の異常さを決定的なものにした。
「……クソッ!」
まさか、こんなことが本当に起こるなんて。
その時だった。
鏡の奥の自分が、にやりと笑った。
――いや、違う。
自分じゃない。
そこには、もう一人の誰かがいた。
『おはよう、大場アオイ。』
耳元に囁くような声。
『お前の新しい人生、楽しめよ』
そして、かすかな笑い声が聞こえた。
アオイは、全身に悪寒が走るのを感じた。
* * *
十分後、アオイはジャージを羽織り、震える手でドアを開けた。
急いで外に出ると、正一の家へと向かった。
道中、通り過ぎる人々の視線が、いつもと違うことに気づく。
「……なんで、みんな俺を見てんだ?」
心臓が高鳴る。まるで、自分が異物になったような感覚。
やがて正一の家の前に着くと、ドアを乱暴に叩いた。
「正一! 俺だ、開けろ!」
数秒後、ドアが開くと、正一が目をこすりながら姿を現した。
「……あんた誰?」
「おい、冗談やめろ。俺だって言ってんだろ!」
正一は戸惑いながらアオイをじっと見つめ、言葉を詰まらせた。
「まさか……本当にアオイなのか?」
アオイは無言で頷いた。
「そんな……どういうことだ? 何が起きてるんだ?」
正一の顔に浮かぶ混乱と不安。それが、現実の異常さをさらに際立たせた。