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圧倒


       @


 あとで聞いた話である。


 ケオロンの身体は小刻みに震えていた。


 自分が強いと思っていた昨日までが夢のように遠かった。むしろそう思っていた自分に笑えてきた。


 どう見ても自分の半分も生きてないガキなのに、まるで敵う気がしない怪物に出会ってしまったことから始まって、ダンジョンの中に入ってみたら、怪物の群れ、さらには初代剣聖まで現れたのだ。


 この空間では自分はただの弱者だった。陰毛も生えそろわないガキに戻った気分だった。傭兵団で生まれ育ったケオロンは大人の気分で意味もなく殴られるため、周囲を伺い怯えながら生きていた日々を思い出していた。実際、ケオロンは初代剣聖とその背後に並ぶ魔人たちの気分を損なえばいつ命を奪われてもおかしくなかった。抵抗は無意味だと野生の勘が告げていた。


 だから初代剣聖に話しかけられた双剣騎士団の団長に同情した。


 自分が話しかけられれば恐怖で意識を失うまであり得る。


 だがケオロンが見る限りヒルダは緊張しているもののそれなりに対応出来ているようだった。


 あの中身も外側も化け物相手に会話が出来ているだけですごい、と思った。同じくある騎士団の団長、という立場であったが、尊敬に値した。さすが双剣騎士団だと思った。伊達に王下四騎士団に選ばれてないということだ。


「あ、あれは初代剣聖様? そんなまさかーー」


 ケオロンに追いついたマーセルが動揺した声を上げたので、ケオロンは慌てて肘で小突いた。一撃は脇腹にきっちり入って、痛みで呼吸が止まったのがわかった。すかさず耳元で警告する。


「余計な声を出すんじゃねえよ。注目されたらどうすんだ?」


 マーセルも色々あったおかげで自分も弱者だという認識が出来たのだろう。マーセルは必死に口を押さえてコクコクと頷いた。


 その場にはアリュール商会の会長とその護衛もいた。マーセルはきっちりアリュール商会会長を護衛してきたらしい。


 大商会の会長はさすがに優秀で状況をすぐに理解したようだった。


「……とんでもない状況ですね。死刑代わりにここに追放された者たちが全員アンデッドとして生きていた、ということですか……つまりここにいるのは全員当代の国王が恐れた者たちとも言えます。王国がどう反応するか。いえ、反応どころか勝ち目ないですね。初代剣聖様ひとりで実力も権威も越えてしまいます」


 アリュール商会会長はちゃんと小声で言った。それから心配そうに


「アーシュは……」


 と周囲を探した。


 つられて視線を動かしたケオロンの視界に双剣騎士団団長のヒルダが歩き出したのが見えた。


 向かう先は異様な変化を遂げていた「黒き神」ーーバルフォンスだった。


 サオロンは顔をしかめた。先ほどの初代剣聖とヒルダの会話から、初代剣聖がバルフォンスを敵と認定しているのはわかった。


 バルフォンスはもともと金獅子騎士団の騎士だった。正確には事務担当の騎士相当官だった。


 騎士団も組織である以上事務仕事が発生する。結団当初は事務仕事が得意な騎士が担当してきたが、平時の期間が増えるにつれ、戦闘力とは関係なく事務能力のみで人を雇うようになった。それが事務担当の騎士相当官であり、バルフォンスは三人いる金獅子騎士団の騎士相当官の一人だった。


 バルフォンスは剣聖流の初歩で躓くほど運動神経が皆無で、一見物静かな研究者タイプであったが、初代剣聖に強い憧れを抱いていて、仕事以外はずっとその研究をしていた変人でもあった。


 その変人が「金獅子騎士団の強化の方策を見つけました」と言ってきたのは二年前のことだった。


 初代剣聖について調べていたバルフォンスは騎士団の書庫で特殊な遺物を使い人間を精霊化する技術を発見したのだという。それによって、独自の魔術を構成し金獅子騎士団に対して供給することが可能になる可能性が高いということだった。


 実験は奴隷や攫ってきた人間を使わずバルフォンスが自分自身の身体を使って行った。


 結果は成功だったか失敗だったかはわからなかった。


 バルフォンスはどう見ても人間以外のものになり食事はもとより呼吸をすることさえ稀になった。独自の魔術は生まれなかったが、契約者に対して驚くべき量の魔力供給が可能になった。


 金獅子騎士団の中に魔力を得るためにバルフォンスと契約を交わし狂信的な「信者」となったものたちが発生し、『獅子のたてがみ』という結社が産まれた。本来、騎士団の中に分派が出来るのは認められなかったが、アルカサール男爵自身が許可を出したために排除はされなかった。その後「バルフォンス」に対する研究は進み、魔力の供給以外にも、精神を乗っ取る機能が発見されたりもしたが、そのバルフォンスにヒルダがゆっくりと近づいていて、バルフォンスはそのヒルダに気づいたようにギリギリ音を立てて身体を向けた。


 バルフォンスに戦闘力があるかどうかはケオロンは実験によって知っていた。アルカサール近郊に出現した魔獣相手にバルフォンスを持ち出し、そこに置いて魔獣にどう対応するかを見たのだ。もともと戦闘力が皆無に等しかったはずのバルフォンスが、魔獣を素手の一撃で斃すという結果だった。


 つまりバルフォンスは怪物になったと言っていい。


 しょせんケオロンと同レベルのヒルダには怪物の相手は出来ないだろう。


 その予想通りにバルフォンスに斬りかかったヒルダは、剣聖流の技を使ったにもかかわらず、あっさりと吹き飛ばされた。当代の剣聖が、剣聖流の初歩で躓いたバルフォンスに一蹴されたのは皮肉だった。


 ヒルダの戦意は衰えていないようですぐに立ち上がり、再度剣を構えた。


 強い覚悟が相貌に浮かんでおり、引くつもりはないのは明らかだった。


 息を整え、目を細めた。剣聖流の奥義を発動しようとしているのがわかった。剣聖流は自分の魂魄と剣精を同期させ、剣精に刻み込まれた魔力操作・肉体操作を自らの身体で実行することを奥義とする。


 今、大量の魔力がヒルダの体内に溢れ、それが人間では不可能な速度と精緻さで蠢いた。


 一瞬の後、突然魔力が身体から溢れるように放出され、それを追って身体が引きずられるように動く。


 先ほどの数倍の速度でヒルダはバルフォンスに向かって走った。


 走ると言うよりむしろ一条の光が宙を斬り裂くように見えた。

 

「ほう」


 初代剣聖が呟いた。


 それは剣聖流の奥義の一つである「光の矢」という技だった。


 魔力で強化された全身の筋肉とあらゆる関節が完全に連動した状態で、魔力が籠もった突きを敵に放つ、それだけの技だ。だがその威力は絶大で、手に持つ武器が剣ならば鋼鉄の盾を軽々と貫通し、破城槌でそれを行えば城壁に大穴を開けうる大技だった。


 基本的に「光の矢」を受け止めることは出来ない、と言われている。防具は悉く貫通してしまうため機能せず、武器をあわせ弾くことも「光の矢」の貫通力が強すぎて不可能なのだ。「光の矢」に「光の矢」をぶつけると双方の武器が破壊されることはわかっているため、「避ける」のが正しい対処法とされていた。


 だがバルフォンスは「光の矢」を正面から受けた。その受けた技は技でさえなかった。ただ膨大な魔力をそのまま「光の矢」に叩きつけただけだった。


 拮抗したのは一瞬だった。


 魔力と魔力がぶつかり、反発し、次の瞬間、大量の魔力は対消滅した。


 「光の矢」に「光の矢」をぶつけた際に発生する現象を技無しで再現したのである。


 再現であるため対消滅のあとに発生する反動を避けることは出来なかった。


 反動は剣を持たないバルフォンスの身体に殺到し、バルフォンスはその反動に対して魔力を叩きつけて打ち消した。怪物にふさわしい魔力量を誇るバルフォンスならではの強引な解決法だった。


 一方、反動はヒルダの剣にも逆流し、ヒルダの剣は一瞬で粉々に砕けた。


 それでも吸収しきれずヒルダの身体が吹き飛ぶ。


 ヒルダの身体が壁に叩きつけられる寸前、それを受け止めた人影があった。


 壁に激突する寸前のヒルダを、先ほどの「光の矢」を放ったときのヒルダを遥かに超える速度で移動して救ったのはもう一人の怪物ーーアーシュだった。


「アーシュ!?」


 アリュール商会会頭が悲鳴に似た声を上げた。


 凄まじい速度の鎧に包まれたヒルダの身体を、飛び上がったアーシュは驚くほどの身体のバネで受け止め、勢いを吸収した。


 一瞬、壁に文字通り横に向いたまま立ち、それから身体をひねって地面に音も立てずに降りた。


 抱えていたヒルダは意識を失っているようで、力が入らないその身体をアーシュに支えられている。


 それを見ながらケオロンは震えていた。


 わかっていた。


 理性としてはわかっていたが改めて衝撃を受けていた。


 目の前で展開されたのは人間にできる動きではなかった。ヒルダとバルフォンスの戦いまでは理解できる。だがその先、アーシュがヒルダを救った動きはまるで理解できなかった。


 紛う方なき怪物だった。


 その怪物に逆らわなかった自分の判断に感謝した。


 怪物ーーアーシュは化け物ーーバルフォンスの方を向いた。


 その様子に違和感を感じた。


 なぜならばバルフォンスが危険なのはわかるがそれ以上に危険なのはアンデッドの軍団であることは明白だからだ。


 アンデッドは全員、バルフォンスと同等かそれ以上の相手であるのは間違いない。初代剣聖に特別な思いがある現剣聖でもない限り、警戒が必要なのはただの事実だ。


 だが、


「王子!」


 アサンドロがアーシュに向かって駆け寄った。


 アーシュが当然のように抱えていたヒルダをアサンドロに預けた。その様子には警戒や距離はなく家族のような親しさしかなかった。


「まったく王子を迎えに出たらなんだか良く分からない相手に出会うことになりました。迷惑な話です」

「そうか。それでその顔なのか」

「もちろんです。王子以外の人間には素顔を見せるわけにはいきませんからな」


 アリュール商会会頭がアーシュに駆け寄った。


「アーシュ、大丈夫ですか?」

「安心しろ。問題ない」

「あの、知り合い、なのでしょうか?」

「王子は私にとって弟子の一人です。もっとも師匠は王を含めて王子の周りのもの全員でしたし、すぐに私より強くなってしまいましたが」

「剣の握りを教えてくれたのはアサンドロであるのは覚えているぞ」


 初代剣聖が近づいてきた。


「よくやったな」

「うむ。真の戦士とは女子供を守るものだ。そうであろう、父上」

「その通りだ」


 アーシュがバルフォンスの方を見た。


「あれは父上が言っていた狂い霊か」

「そうだ」

「ならば排除せねばならないな」

「うむ。正統なる人間霊を宿すものとして当然だ。あれはすでに自らの意思はなく周囲に影響を受けるだけの存在だ。いずれ悪神に育つ」

「わかった。俺がやろう」

「できるのか?」

「当然だ。俺はまだ修行中の身ではあるが、あの程度の霊圧に負けるわけがない」

「うむ。ではやってみろ。万が一のことがあれば骨は拾ってやる」


 アーシュが気負った様子もなくバルフォンスに向かって歩き出した。武器は鞘に収めたまま手だけ前に伸ばす。


「霊には霊で対応する」

「そうだ。それでよい」


 アーシュの身体から魔力があふれ出た。その魔力が身体の周辺に留まりゆっくりと循環を開始したのがわかった。


 ケオロンは不思議なことに気づいた。


 その魔力がアーシュの身体からわずかに大きなサイズで固定されたまま身体から徐々にずれるように浮かび上がっていくのだ。


 魔力が固まりのまま完全にアーシュの身体から抜け出た。


 アーシュの頭の上に一回り大きな魔力で出来た人型の存在が浮いている、そんな風に見えた。その人型の魔力の固まりは、神々しさとそして圧倒的な存在感を発していた。


 ざわり、とケオロンの身体の中の何かが反応した。剣聖流を学び会得した繋がり。

 

 ーー剣精(ソーディオン)


 剣精とは初代剣聖が自らの魂魄を加工し精霊の域にまで高めたあと、肉体から切り離した人工の精霊、つまり人工の神である。


 バルフォンスが目指したものもそれだった。だが加工が不十分だったのか精霊というよりは邪霊というべきものに成り下がり、さらに肉体からの切り離しも出来なかった。


 今見ているものは、まさしくバルフォンスが目指した新たな剣精だとケオロンは気づいた。


 バルフォンスもそのことに気づいたように後ずさった。


 既に思考力は消えてなくなっているはずだが、その圧はわかるのだろう。動きに怯えが感じられた。


 アーシュと人工の精霊は歩みを緩めることなく近づく。


 それは攻撃でさえなかった。


 ただ、近づき触れただけだ。


 それだけでバルフォンスの威圧感が雲散霧消し、身体から力を抜けて頽れた。


 金獅子騎士団の騎士は反応できないほどの一瞬のことだった。


 ダンジョンに静寂が満ちた。


 すでにあれほど圧倒的だった屍竜(・・)も「黒き神」も、いなかった。


 半壊した金獅子騎士団と、気を失ったヒルダといつの間にか現れていたその仲間、ケオロンとともに封印のダンジョンに入ってきた面々、そして魔軍だけがそこにはいた。


読んでいただいてありがとうございます。気に入っていただければブックマークをぜひお願いします。次回が最終回の予定です。少し時間がかかるかも知れません。

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