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魔軍登場


      @


 あとで聞いた話である。


 完全な壊走だった。


 ヒルダはその様子を戦慄しながら見ていた。軍の指揮官として同じことが自軍に起こったら、という想像をして身の毛がよだった。


 魔獣の群れに対して必死に抵抗していた金獅子騎士団選抜は、竜の出現を機に変わった。それまでは崩壊を防ぐ守勢の軍の運用だったのが、竜を撃破するために攻勢に出た。


 大混乱の中、犠牲はあったもののなんとか竜を倒したまでは見事だった。


 竜を倒したことで、魔獣も何かを感じたのかいったん引いた。


 人間側も一息ついた。


 だが、恐るべきことが起こった。


 竜が復活したのだ。


 しかも異様な魔力を垂れ流しながら。


 そこからは一刻と保たなかった。


 金獅子騎士団選抜は大混乱に陥り、軍の体を失った。


 恐怖に駆られ、屍竜から距離を取ることだけを考え全員が四方に走ったためだった。一部、動きが奇妙に不自然な五十人ほどはまとまって動いていたが、それも秩序が残っているだけで戦力としては機能していなかった。


 屍竜は逃げ遅れたものを喰らった。ただ喰うのではない。身体をその牙で引き裂きながら、魔力を吸い取るのだ。そして口に残った肉は吐き捨てた。


 ヒルダたちはそれを遠くから見ていることしかできなかった。


 助けることも、屍竜を討滅することも、近づくことさえ出来なかった。


 屍竜は思いがけない速度で動きながら金獅子騎士団を追い詰め一人一人確実に仕留めていった。


 大柄な騎士の頭を啄み、倒れたその身体に噛みついて魔力を吸っていた屍竜が突然背後を振り向いた。その動きは野生の獣の警戒に似ていた。


 一瞬、自分たちが見つかったのかとヒルダは恐怖に駆られたが、違った。


 視線の先ににいたのは金獅子騎士団の騎士たちだった。騎士たちが隊列を作り上げていた。


 だが見慣れた姿とは異なり歪みがあった。片腕がなかったり、頭がないものもいた。


 屍鬼だとわかった。いわゆるアンデッドだ。言葉にならない雄叫びを上げ、アンデッドが一斉に武器を構えた。驚いた。「金獅子騎士団の騎士」としての意識を保っているようだった。


 アンデッドの騎士たちと屍竜の戦いが始まった。


 その戦闘を呆然とみていた人間側で、


「金獅子騎士団は集合せよ!」


 高い声が響いた。この状況で落ち着いた、どこか不思議な響きのする声だった。


 ヒルダには聞き覚えがあった。アルカサール男爵のドウゼス、商人出身の貴族の声に間違いなかった。


 生き残った金獅子騎士団選抜がその声に反応し動き始めた。


 ドウゼスは商人出身の割に人心を得ているようだった。


 生き残った金獅子騎士団は全部で三十人ほどだろうか。彼らが再編成され、軍として機能をし始める。黄金騎士と呼ばれるサルーンの姿もその中にあった。しかし満身創痍であることは変わらなかった。

 生きている金獅子騎士団がアンデッドの騎士達と協力し屍竜と戦いを開始した。


 ヒルダは何回か飛び出して参戦したい衝動に駆られた。だが唇を噛んでそれを押しとどめた。嫌な予感があったためだ。このあととてつもない何かが現れるのではないか、という予感だった。


 加えてヒルダたちはわずかに六人でしかない。戦闘に参加してもしなくてもそこまでの影響はないはずだった。


 戦闘は、アンデッドの騎士と戦意を取り戻した騎士達を相手になお、屍竜が優勢だった。


 攻撃を受けると屍竜の身体は傷つき、その度に毒々しい黒い血が傷口にわずかに盛り上がるが、噴き出したりはしなかった。心臓が動いてないためだろう。つまり出血による弱体化は期待できないのだ。一方でアンデッドになってない騎士や戦いに迷い込んできた魔獣の魔力を吸収することで、魔力の回復は可能のようだった。


 騎士団側は、生きた騎士は怪我をすると当然戦えないが、アンデッドの騎士も四肢を破壊されると戦闘を継続できない。


 既に戦える騎士の数は半数になっただろうか。


 気がつくとドウゼスが木で作られた見慣れぬ筺を非戦闘員の列の前に出していた。人が一人入れるほどの巨大な筺は輿の上に乗せられ、四人がかりでここまで運ばれてきたようだった。


 それを見てヒルダは目を細めた。


 異様な魔力がその中から感じられたからだ。


「黒き神を出しなさい」


 ドウゼスが命じ、ドウゼスの従者が二人がかりで筺の組み木を外した。筺はほどけるように分解し、四方の「壁」が倒れて、中身が姿を現した。


 それは干からびた人間に見えた。肌は黒く乾ききって骨と筋が浮き出している。


 鎧に身を固めたままうずくまったまま動かない。


 当然だ。干からびた人間は人間ではない。死んでいる。


 それが動いた。ゆっくりとあらゆる関節をギシギシと音を立て軋ませながら立ち上がった。


 ぎこちない動きの背後で魔力だけが圧倒的な密度と滑らかさと勢いで蠢き続ける。


 黒き神の顔が上げられ、眼窩の空洞と、ぽっかり開いた口腔がヒルダの視界に入った。


 ヒルダの背筋に冷たいものが走った。


 黒き神が吠えた。


 屍竜も対抗するように吠えた。


 黒き神は鎧を身に纏っているが、武器は持っていなかった。


 一方、屍竜は歩み寄り躊躇なく巨大な口を開いていつものようにその牙で黒き神を食いちぎろうとした。


 だが人の足ほどもある牙がその干からびた身体に突き立つ直前に、黒き神が腕を振るった。


 細い木の棒のような腕の先の握った拳が屍竜の頭部に触れると、信じられない轟音がして屍竜が上段のように吹っ飛び壁に激突した。


 見てなお信じられない光景だった。


 干からびた人間が、巨大な竜型を吹き飛ばす。


 神話の光景だった。


 だがその打撃は屍竜にとってはダメージと言うよりは単に怒りを買っただけのようだった。


 先ほどよりもさらに猛った吠え声を上げながら起き上がった屍竜は黒き神に襲いかかった。


 黒き神は早い動きが出来ないのか、ゆっくりと、しかし凄まじい剛力で対応を続ける。


 戦いは互角に見えた。


 アンデッドの騎士も残った金獅子騎士団の騎士も黒き神に助力を開始した。


 それでも大きな変化はなかった。屍竜に対して基本的にダメージが通ってないように思えるのが最大の問題だろう。


 生きている金獅子騎士団の騎士が少なかったため、血こそ流れる量は少なかったが、屍竜の牙と尾が縦横に襲いかかり、その度に破壊音と打撃音、そして剣が皮膚を切り裂く音が永遠と思われる時間続いた。


 黒き神は動きが鈍重であるため、どうしても屍竜に能動的な攻撃を加えることは出来ず、受動的な対応になる。生きている騎士とアンデッドの騎士がうまく屍竜を誘導できればいいのだが、屍竜と相対できるだけの戦力は黒き神だけだった。


 このままだと金獅子騎士団はすり潰される。その次に襲われるのは非戦闘員だとヒルダは歯がみした。


 だが、


「手伝うぞ」


 突然、屍竜が動きを止めた。


 小さな影が屍竜の尾を抑えていた。


 たった一人が今まで誰も動きを止めることが出来なかった屍竜の尾を止めていた。


 屍竜の濁った眼球が見えるわけもないのに向けられた先にいたのは一人の少年だった。


 その少年を視認した瞬間、ヒルダの息が止まった。胸が高鳴る。顔が紅潮する。


 このダンジョンで出会った少年(・・)だった。


 魔王かもしれない相手だった。


 少年は屍竜の尾を引っこ抜くように引っ張った。


 屍竜が宙に浮き、そのまま壁に激突する。


「ふむ。やれるな」


 少年は剣を抜いた。


 構える。動きを止めた身体から魔力が迸った。その魔力が一気に一つの方向に流れた。あわせるように少年の身体と実体の剣が動く。


 起き上がろうともがく屍竜の横に少年が滑るように近寄った。


 少年の持つ剣はいままで浅く傷つくだけでほとんどダメージが通ってなかった屍竜の尾の先をあっさりと断ち切った。


 屍竜が咆吼した。


 騎士団の間に呻くような衝撃が走った。


 屍竜が少年に対し距離を取ろうと動いた。屍竜がはじめて警戒あるいは怯えたようだった。


 少年が屍竜の前に立つ。


 ヒルダは覚悟を決めた。


「……我らも助力するぞ」


 ヒルダは振り返って仲間に告げた。


 仲間も頷いた。


 ヒルダも頷き返しそれから立ち上がった。


 そして、


「ようやく現れましたか」


 戦いの間、なぜか逃げるでもなくそこに留まり続けたドウゼスがわずかな安堵を滲ませて言葉を発した。


 自分たちのことかと思ったが、そうでないことはドウゼスが見ている方向からわかった。


 ヒルダは振り返ってドウゼスの視線の先を見た。

 そこには整然と並ぶ軍があった。一瞬、金獅子騎士団の増援かと思ったが違った。そもそもダンジョンの奥からその軍勢は現れたのだ。数は百人ほどだろうか。その百人は一目でただの百人ではないとわかった。おそらく一人一人が全員ヒルダ以上の戦闘力があるだろう。隠しきれない強者の気配があった。ヒルダは剣聖であり、地上では十指に入ると自負している。だがそれでなおこの百人には敵わないと勘が告げていた。


 姿もまた異様だった。全員が驚くほどレア度の高い武装を身につけているのは一目でわかったが武装は統一されておらず、所属を示すものも存在しなかった。身長は様々で黄金騎士に匹敵する巨漢もいれば、小柄な魔術師もいた。


 驚くほどの練度と驚くほどの魔力の量。そしてダンジョンの奥から現れたという事実。


 ヒルダの頭蓋に、魔王の軍、という言葉が脳裏に浮かんだ。

読んでいただいてありがとうございます。気に入っていただければブックマークをぜひお願いします。あと少し。

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