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地獄


     @


 あとで聞いた話である。


 地獄だった。


 敵も味方も魔術を使い、その度に炎が、冷気が、風が発現し動くものに襲いかかる。


 剣が閃き、牙が食い込み、血がしぶき、絶叫と悲鳴と叱咤の声があちこちから上がり続ける。


 そんな地獄で金獅子騎士団の騎士の一人ファルサは歯を食いしばり死の恐怖と闘いながら必死に剣を振っていた。


 アーシュという名の少年に敗北するまでこぼれるほどあった自信は一度の敗北で大きなヒビが入った。失われつつある自信を取り戻すために参加したダンジョン攻略であったはずなのに、結局のところファルサに決定的な敗北感を与えることになった。


 ダンジョンにはファルサが経験してきた戦場、訓練、執行現場、その全ての苦痛や恐怖を遥かに超えるなにかがあった。


 間断なく襲ってくる無数の魔獣。人間を遥かに超える大きさで、その巨大さにふさわしい一撃で岩を砕くほどの膂力、しかもその狡猾さにおいて人間に等しいか人間以上だった。あげくに魔術を使うのだ。


 今も、金獅子騎士団の精鋭と黒尽くめの得意な武装を身に纏った補助騎士の組んだ防御陣地に魔獣の群れが襲いかかってきている。


 すでに隊列は乱れ、戦える人間は武器を手に魔獣と対峙していた。


 その最終防衛ラインの内側に非戦闘員が固まっている。アルカサール男爵と「筺」はさらにその中央だ。


 その二つはなんとしても護らなければならなかった。


 騎士として主君の身体は自分の命に代えても守るべき対象であるし、「筺」は金獅子騎士団の戦力の要だ。


 ファルサの右側、奥の位置で金獅子騎士団の最強戦力である黄金騎士サルーンも、ぱんぱんに筋肉が詰まった二ガルデ(メートル)を越える巨大な体躯で、通常の二倍の巨大な戦鎚を自在に振り回しながら、五ガルデ(メートル)を越えるサイズの岩大蜥蜴と戦っている。岩大蜥蜴の武器である硬質化した尾と戦鎚がぶつかる度に、人間の戦いとは思えない轟音があがる。


 その技は力強く、人間としては圧倒的だ。人間ならば百人相手でも無双できるだろう。


 だが、それでもこのダンジョンという地獄の中では余りにも頼りなかった。


 神話の戦いに迷い込んだ子供のように感じた。


 その不安を押しつぶし戦っていると、


「北面! 崩壊です!!」


 突如上がった報告の声に愕然としながら剣を振るう。


 今、金獅子騎士団の攻略部隊は前後に敵を抱えていた。周囲全てを敵に囲まれる不利を避けるために幅の狭い通路になんとか誘導した結果だった。ファルサ自身は南面で戦っていたのだが、背中を狙われる可能性があると言うことになる。


 背筋が凍るような絶望の中、


「予備兵力はない! ファルサ、ガンギヌ、北面を支えよ! あれを出す!」


 副団長のカリギュラが叫ぶように命じた。


「おう! 安心しろ! ここは俺が支える!」


 黄金騎士サルーンが「おおおおおおおおおおおおおおお」と雄叫びを上げながら、全力で戦鎚を振るった。岩大蜥蜴の側面に激突し、爆発に似た音が上がった。そのパワーで岩大蜥蜴がわずかに宙に浮いた。


「行けぇい!!」


 その隙にファルサは身を翻して北面に向かって駆けだした。本心を言えば逃げ出したかった。だが、そもそも逃げ出す先がなかった。周囲は右も左も魔獣が棲息する場所でここまで来たルートさえおぼつかないダンジョンだ。ここで組織だった戦闘を継続し可能な限り魔獣を排除しながら移動するのが生き延びる可能性が最も高い方法だった。


 ファルサは泣きながら走った。


 北面は想像よりもずっと危機的な状況に陥っていた。


 戦列はすでに崩壊して戦える騎士が各個に対応している。だが数が多い魔獣相手に一対複数の局面があちこちで現出しており、戦闘力を失ったあと身体をむさぼり食われているものもいた。


 地面に倒れ魔獣が覆い被さり首を食い切られる寸前の同僚を体当たりで救う。


 だが救ったはずの同僚の右腕の肘から先は既になく、絶え間なく続く流血に、ほとんど動けない。


「くそっ」


 同僚を背後に運ぶ人手など残ってなかった。


 ファルサは剣を抜き、右手に剥き身で持ったままそれを振るって魔獣を牽制しながら、左手で同僚を抱え上げた。


 呼吸はしているが反応はない。


 それでも安全地帯に運ぶ。


 だが、その時、


「竜だ……」


 呻くようなガンギヌの声が聞こえた。


 思わず振り返った。


 ダンジョンの向こうに現れた新たな敵は、それまでの魔獣より頭二つ分大きかった。


 そして魔獣の壁の上から見下ろす鱗に覆われた頭部。その瞳はその他の魔獣とは異なる叡智の光を帯びているように見えた。


 ファルサは息を呑んだ。


 竜種は強大な魔力と圧倒的な戦闘力で魔獣の中では別格と言える存在だ。


 竜種は地上にも棲息するが、基本的にアンタッチャブルである。不用意に触れて怒らせれば、街一つ滅びてもおかしくない。


 初代剣聖が竜種の王の一柱と三日三晩戦い続け、ついには種族を越えた友誼を結んだという伝説があるほどだ。だから竜種の近くに住む人々は、初代剣聖のお守りを持つという。


「騎士殺し! 出番だ!!」


 副団長が叫んだ。


「マジっすか!?」


 不満げに、傭兵『騎士殺し』が進み出た。


 ダンジョンの中であるにもかかわらず鎧を身につけず、黒いローブという魔術師ギルドの魔術師のような格好をしている。


 その傍らには逆に全身を鎧で固めたような細身の騎士が二体。


 この二体が人間でないことはファルサはすでに知っていた。


 自動人形と言うべきだろうか。恐るべき戦闘力を持つ魔術で動く『兵器』だ。


「竜と戦うのは聞いてないなぁ。竜って魔獣なの?」

「いいからやれ! 特別報酬を出す!」

「そういうことなら頑張りますか」


 騎士殺しはスクロールを取り出した。ダンジョンで産出されるものではなく、騎士殺しが自ら書いたものらしい。


 騎士殺しが、スクロールに魔力を流しながら


「セット、モードティフォン」


 と言った。


 その瞬間、スクロールが輝き、二体の人造騎士ーーランザムとブルガーが動いた。両手の手首の内側から仕込み剣が飛び出す。


 いきなりトップスピードで駆け出す。


 人間ではあり得ない動きだった。


 竜の直前で垂直に飛び上がり、一度竜の身体に足を掛けてさらに上に飛び上がり、竜の左右の眼球に対して躊躇なくそれぞれ両手の仕込み剣を振るった。


 金属音が鳴って、剣が竜の眼球に弾かれた。


「え?」


 落ちながら再度身体に向かって仕込み剣を振るう。再び甲皮に弾かれた。


「あー、これ無理ッスね」


 スクロールをしまいながら騎士殺しが早くも駆け戻ってきた。そのまま陣地の内側に飛び込む。


 副団長が焦った声を上げた。


「お、おい!」

「騎士と違って切るところがないですよ、あれ。目にもなんだか防護があるし、騎士用の装備じゃ無理ッス。特別報酬は諦めます。残念ですけど!」

「くそっ、使えない! だ、誰か竜の相手を!」


 ファルサは竜を見た。竜は何事も無かったかのように先ほどと同様ゆっくりと近づいてきていた。


 竜が近づくと自然と魔獣が道を空けた。魔獣たちの間にも明確な序列があるようだった。


 そしてその序列の一番下にいるのが人間だ。


 ここが自分の命を燃やすべき場所だ、とファルサは覚悟を決めた。


 死ぬのは決まった。


 ならばその死をせめて役に立つものにしなければならない。騎士として恥ずかしくない生の終わり方を示さなければならない。


 ファルサは「偽神」魔力供給の通路を開放した。


 魔力の供給源である偽神は「筺」に入れて持ってきている。


 そこから魔力を引き出し、全身に巡らせた。


 全身に力が満ちた。


 剣を構える。


 竜がこちらを見た。強烈な意思がファルサを貫く。


 ファルサは居竦む気持ちを振りほどくように雄叫びを上げた。


読んでいただいてありがとうございます。気に入っていただければブックマークをぜひお願いします。

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