アリュール商会本部にて
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あとで聞いた話である。
王都アポリオンにあるアリュール商会の本部は突然のアルカサール支部封鎖とマルキア拘束の報に大混乱に陥っていた。
アルカサールの包囲を突破してその情報を届けたミガールの前で、マルキアに次ぐナンバー2であるメレーはうろうろ歩き回り、突然立ち止まっては頭を抱えて低いうめき声を上げた。
ミガールはうんざりした顔で、
「いつまでやってんだよ、それ」
「そ、そうは言われましても、ど、どうしましょう? まずいですよね? このままだと……で、でもなにをすればいいのかーー」
「いや、待ってるしかないだろ?」
「で、ですが待っている間に新たに別の問題が起こったら……」
「シャキッとしろ! あんた本当にダメだな。ピンチに弱すぎる」
「面目ありません……」
「マルキアさんがいるときはそれなりに頼りがいがあるのに……別人みたいだぞ?」
ミガールがそう言うとメレーはけろっとした顔で、
「それはそうですよ」
「はん?」
「マルキアさんが判断すれば何が起ころうと責任はマルキアさんのものです。私はその判断を私の全力をもって実現する努力をすればいい。しかし責任が伴う判断というのはまったく状況が違います」
ミガールは長いため息をついた。
「……そんなんだからナンバー2なのに支店をまるっと任せられないんだよ。このままマルキアさんの下でこき使われ続けていいのか?」
「むしろそれこそが私がもとめる状態です」
「……なんだそれ。支配されたいって変態かよ」
「そういう風に考えてる人、それなりに多いと思いますよ」
「マジか。ってか、マルキアさんがいなくて、あんたがそんな調子なら……会頭に伺うか」
メレーの気配が変わった。厳格な顔つきで、
「それは出来ません」
ときっぱりと首を振った。
「……なんでだよ」
「お忙しい会頭を煩わせることは出来ません」
「いや、でもさ、あんたが決められないなら、会頭に決めていただくしかないだろ。それに今あれだろ? 会頭は客人と食っちゃべってるだけだろ?」
「な、な……ま、まぁ確かにそうですが、いやしかしですね」
メレーは顔をしかめ、腕を組んで考え込んだ。
しばらく唸ったり、歩き回ったりしたあげく、
「そうは言っても、こちらから能動的にご迷惑をおかけするのは畏れ多い……」
「まぁな。気持ちはわからんでもない。商会の人間にとって会頭はちょっとした女神だからな」
「女神以上です」
「わかってる。わかってるんだけどさぁ、じゃあ、どうすればいいってんだよ……マルキアさん、帰ってきてくれないかなぁ……」
「本当に、心の底から私もそう思います。にしてもどうしましょう……」
二人して悩んでいるだけで解決策はまったく出てこなかったが、なんとなくそのままでいい気はしていた。二人は待っていたのだ。
そして、待っていたとおり
「少し良いですか?」
と現れたのはアリュール商会会頭のカエラだった。
メレーとミガールは弾かれるように立ち上がり背筋を伸ばした。何となくわかっていた。困っていると現れる。だからこそ女神なのだ。
カエラが現れただけで、雰囲気ががらりと変わった。穏やかな温かな気配が部屋に満ちた。カエラに続いてアーシュも現れ、メレーが用意した椅子に座ったカエラの背後に立った。
「邪魔をしてしまったでしょうか?」
「そんな! そのようなことは全く、かけらもございません! 我らの時間は全て既にカエラ様とアリュール商会に捧げております!」
「むしろどうかされましたか?」
ミガールの質問にカエラが困った顔になった。
「困ったことになりそうです」
「聞かせてください」
「アーシュさんから色々話を聞きました」
カエラの後ろでアーシュが重々しく頷いた。
「うむ」
なんだこいつ、という顔でメレーがアーシュを見た。ミガールも同じ顔をしていた。
「その結果、放っておけない事が分かりました」
「どういう意味でしょう?」
「アーシュさんが金獅子騎士団の詰め所に連れて行かれたのは知っていますね?」
「はい」
「そこに異常な魔力量を持つ者がいたそうです」
「へぇ」
たまにそのような異常個体が現れることがある。魔力量は魔術の手数に直結するため、そういった特殊個体は騎士団や魔術師ギルドがこぞって求めたがる。そういうレアものを金獅子騎士団が手に入れた、ということだろうか、とミガールが考えていると、
「その相手は中年で、にもかかわらず過去にないほどの魔力量とのことでした。それほど魔力量が多い騎士が金獅子騎士団に入ったのであれば、噂になっているはずですが、そのような噂を聞いたことはありません」
ミガールは驚いた。金獅子騎士団の入団者まで目を配っているとは、カエラの情報網はどこまで広がっているというのか。
「一方、通常の人間の魔力量を増やす方法があります。実際に一度だけですが、特定契約者に対する無限に思われる魔力供給の記録があるのです」
「は? それができるのならばなぜ騎士団や魔術師ギルドはそれをやらないのでしょう?」
「それが新規の神格を構築する術式だからです。困難どころではない」
「ど、どういう意味ですか? 新規の……神格、つまり神? ですよね?」
「魔術の元になる精霊とは基本的には自然に存在する神格です。しかし、遠い昔より神を創造する手段はありました。ミガールはわかっているようですね?」
「いや、わかってはいますが、それはありえませんよ」
「でも実際に可能だった方が一人います。ならばそれは不可能ではないということ」
「で、では、初代剣聖様と同じことをやっていると!?」
「はい。初代剣聖様はそれを新たな神格ーー剣精の構築に成功しました。ただ剣精は魔力を与える精霊ではなく、魔力を特定の形に使う「道」であり、それは精霊と変わりません。一方で、古代のオージャン王国で大賢者と呼ばれていたカルディアが同じ事をやろうとしたことがあります。その結果失敗し、「扉の王」が発生しました」
「……魔王への道しるべ、と呼ばれた疑似魔王、ですね。本来ダンジョンの中にいるという魔王が、地上に出現した、と話題になりましたが……」
「はい。その際、疑似魔王を呼びだしたカルディアとその弟子二十余名が無限に思われる魔力を使い、討伐のための連合軍に抵抗した、と言われています。なので、金獅子騎士団の周辺で誰かが疑似魔王を意図的に作っている可能性はあります
「なぜ、そんなことを……」
「わかりません」
既に色々聞いていたのか驚く様子もないアーシュが口を開いた。
「理由は明確だ。カエラにも言ったが、彼らは真の戦士を目指しているのだ」
「……どういう意味だ? あと会頭を呼び捨てにするな。殺すぞ」
「いえ。かまわないのです。私がそう呼ぶようにお願いしたのです」
「な、なんですって……!?」
「続けるぞ。真の戦士にたどり着く方法は人によって様々だ。たったひとつというわけではない。疑似魔王とやらでそれを得られるのであれば、真の戦士を目指す者であれば躊躇なくそれを目指すだろう」
「……呼び方についてはあとで説明してもらうとして、そもそも真の戦士とはなんなんだよ?」
「あらゆる敵とあらゆる状況に対応出来、そしてその敵と状況を打ち破れる存在だ」
「なんですか、その抽象的なのは……説明になってないのでは?」
「いや、わかるぞ。それは臨機応変、常在戦場ーー剣聖流の極みの話じゃないか?」
「ほう。そうなのか?」
「そういえば古流では『真の戦士』と呼ばれる存在を目指す、と聞いたことがある……」
「戦うものは当然目指さねばならん。当然、俺も目指しているぞ」
「しかし無理だろ。たどり着かねぇよ」
「常にそこを目指していればいつかは必ずたどり着く。死の寸前でいいのだ。そこに向かって進むことにこそ価値があるのだから。それに目指していれば、こんなことにも気づく」
そう言ってアーシュは音を立てずに外を指さした。
「なんだ?」
「武装した人間が複数この屋敷の周辺で動いているぞ」
ミガールとメレーは壁の向こうを透かし見るように周囲を見回した。もちろん何も見えなかった。
「武装? 巡回の兵士か? 犯罪者への牽制のために兵士が歩いていることはあるが……」
「ほう。王都では重装備の兵が巡回しているのか」
「重装備、だと? ちょっと待て」
ミガールは足を忍ばせて部屋の外に出た。すぐに帰ってくる。
「騎士が囲んでいる、間違いない。どういうことだ?」
沈黙が降りたあと、カエラが静かな声で言った。
「行きましょう。アリュール商会には隠し立てするようなことはありません」
「し、しかし……」
ためらうメレーを置いて、カエラがアーシュの方を向いて、
「護衛をお願いしていいですか?」
「ああ、いいだろう」
カエラがわずかな畏れも感じさせない足取りで歩き出した。そのすぐあとをアーシュが追った。二人をメレーとミガールはあっけにとられて見送ったあと、慌ててあとを追った。
アリュール商会の本部を出ると、騎士姿の男たちが二十人、さらにその配下と思われる兵士が三十人立っていた。
カエラは彼らの前に臆することなく立った。
「何のご用でしょうか?」
やわらかな雰囲気を消したカエラは一転威厳のある口調で訊いた。
「金獅子騎士団の方々だとお見受けしますが、なぜアポリオンへ?」
堂々としたカエラに一瞬、怯んだ金獅子騎士団の騎士だったが、すぐに気持ちを立て直したようだった。隊長章を付けた口ひげのある騎士が、
「アリュール商会の会頭だな?」
「はい。どういったご用件でしょうか?」
「アルカサールに対する工作活動の疑いで逮捕する」
カエラは笑みを浮かべた。途端に空気がどこか柔らかくなった。だがカエラの口から出た言葉は、柔らかさとは無縁のものだった。
「拒否します。金獅子騎士団には王都での警察権の執行権はないはずです」
一瞬鼻白んだ口ひげはすぐに憎々しげに口を歪めた。
「生意気な……ならば強引に連行するだけだ」
顎をしゃくると同時に、横に立っていた騎士たちが前に出る。
一方、カエラの前に進み出たのはアーシュだった。
「お前らでは無理だ」
「なんだお前は」
「名前か? 名前はアーシュというぞ。まさか人間かどうかを聞いているのか?」
「馬鹿は放っておけ。連行しろ」
横の騎士が動く前にアーシュは口ひげに一歩近づき、驚く暇も与えないまま片腕で口ひげをひょいと持ち上げた。
プレートメールを着込んだ騎士を片腕で、だった。
そのことを騎士達は一瞬で理解した。
ありえないと。
プレートメールの総重量は三十アルフォン(kg)ある。体格に優れている騎士の体重に加えると総重量で百四十アルフォン(kg)は越えるだろう。それを片腕で持ち上げることなど、ありえることではなかった。
騎士達が一歩下がった。無意識の行動だった。
あっけにとられているのはメレーとミガールも同様だった。ミガールはアーシュの強さについては多少知識があったが、メレーは目の前で見るのは初めてだった。
一方、カエラひとりは薄い笑みを浮かべたままアーシュの顔をじっと見ていた。
アーシュは鎧下の首の部分を掴んでいるため、捕まった騎士は声も出せないようだった。
「ふむ。弱いな」
「……!」
「こんなことでは真の戦士に至ることなどできないぞ。それでいいのか?」
声を出せない口ひげの騎士の喘鳴が響く。
「さて、どうするべきか。手足をへし折って放り出すか、それとも首を折った方が後腐れがないか……ふむ」
ゾッとする検討を始めたアーシュに向かってカエラが口を開いた。
「アーシュさん、いったんそこまでで大丈夫です」
「む? そうか?」
カエラの言葉にアーシュはあっさりと手を離した。その気になったらいつでも捕まえられると思っているからこその潔さであることは明確だった。
手を離すと同時に口ひげの騎士は重い鎧ごと地面に大きな音を立てて落ち、しばらく動けない様子だった。立ち上がるのに介助が必要なほどだった。
口ひげの騎士にカエラは近づき、怯えた口ひげの騎士に対し笑みを浮かべた。
「考えたのですがアルカサール男爵閣下に直接お目通りして弁解することにしました」
口ひげの騎士は驚いた顔をした。
「案内してくださいますか?」
カエラのやわらかな口調からは威厳が一瞬で消え、穏やかな空気が広がった。
口ひげの騎士は頷くことしか出来なかった。
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