ギルド長の苦情
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あとで聞いた話である。
アルカサールの潜行者ギルドのギルド長であるワーガルは柔らかい椅子の座面にもかかわらず痛んできた尻の位置を変えた。
ワーガルはデスクワークばかりですっかりなまった、と苦々しく顔を歪めた。昔ならばダンジョンの中に一月潜行し続けても、不満など感じなかった。
ワーガルは現在五十四歳。やや肥満気味の中背の元S級潜行者であり、四十で引退しギルドの仕事に関わるようになり、二年前にギルド長となった。
そして今日はギルド長として、今回の金獅子騎士団の「暴挙」に抗議するために都市庁に来たのだが、男爵は他行中で控え室で待つように言われて既に二刻以上経っていた。
控え室はそれなりに豪華な部屋ではあるが、部屋の調度に興味がないワーガルは既に飽きていた。だから、ドアが外から叩かれたときには心の底からホッとした。さっさと金獅子騎士団の『暴挙』を止めさせ、捕まった潜行者を解放させ、その上で後処理を行いたかった。金銭的な保証も必要だろう。その額はちゃんと交渉しなければならない。落とし所を考えていたところで、部屋に入ってきた人物を見て、ワーガルは舌打ちをしそうになった。
入ってきたのは期待していたアルカサール男爵のドウゼスではなかった。
顔は見知っていて、ドウゼスのもと都市庁で政務を行っている法衣騎士の一人ミラノ卿だと思われた。
法衣騎士というのは、武力ではなく政務力で奉職する下位貴族である。ミラノ卿も領地ではなく給金でアルカサール男爵に仕えており、その政務力の高さから側近と言われていた。
交渉相手といては手強い。
ワーガルは不満を押し殺し、
「閣下の懐刀と噂のミラノ卿に対応していただけるとは恐縮ですな」
「ギルドの長となれば相応の対応が必要かと」
そう言ってミラノ卿は一礼してワーガルの前の席に腰を下ろした。この控え室で話し合いを行うつもりだと思われた。無駄を嫌うと評判のミラノ卿らしい対応だった。
ミラノ卿はワーガルより一回り若いだろう。頬が削げた長身の持ち主で、座ったワーガルより頭ひとつほど高い位置に頭があった。
頭の上から降り注ぐ独特の威圧感を振り払うようにワーガルは咳払いをして、
「お忙しいのですか」
と聞いた。だがミラノ卿は冷たい表情のまま、
「そうですな。なので無駄な世間話は不要です。ご用件を」
取り付く島のない言葉にワーガルは鼻白んだ。だがギルドを代表してここにいる以上、このままでは終われなかった。
「……では直裁にミラノ卿にお聞きしたい。なんのつもりですか、あれは!」
「なんのつもりとは? またあれとは? 言葉は正確に使って頂きたい」
「ギルド所属の潜行者達が理由もなく次々と拘束されている。ただちに中止し、解放してもらいたい。このままではダンジョン攻略が滞ってしまうぞ。ダンジョン産の産物は国家の戦略にも関わってくる重要なものだ!」
「ダンジョン産の産物が重要なことはわざわざ説明いただかなくとも存じあげておりますとも」
ワーガルはカッとなった。
「このままだとダンジョン攻略を停止せざるを得ないぞ!」
だがワーガルがとっておきの脅しとして用意していた言葉はあっさりと投げ返された。
「やむを得ないでしょう」
「……本気か?」
「本気とは? 私は冗談を口にする人間ではないことはご存じだと思いますが」
「何考えてやがる……」
「金獅子騎士団団員を襲った潜行者が逃げおおせている状況です。むしろアルカサールの治安を取り戻すために当然の処置ではないですか?」
「じゃあ、その金獅子騎士団の連中が潜行者を次々と捕まえているのはなぜだ! さっさとバガンの阿呆を捕まえれば良いだろうが!」
「疑わしいからです。バガンは逃走の際に、仲間である潜行者の助けを借りていると考えています。金獅子騎士団の警戒から逃れきるには仲間がいないと不可能ですから」
「そ、その仲間が潜行者だという証拠はあるのか?」
「潜行者ではないと言う証拠はありますか?」
「いや、ないが、あ、そう、それは巨人の証明だぞ! いないということを証明することは出来ないと確かそういう論文がーー」
「バガンは潜行者ですよ? 彼の知人にも潜行者が多い。協力者に潜行者が混ざっているというのは当然の推測です」
「う……あ……だがーー」
全てを反論されワーガルはうろたえた。
「い、いや、だが、ダンジョンは攻略を続けなければ、モンスターが……」
「それについては後日、騎士団をもって対応する予定です」
「ダンジョン攻略と戦争は全然違う! 騎士団にダンジョン攻略ができるわけがない!」
「ダンジョンを攻略するつもりはありません。モンスターの処理を行うだけです。対モンスターであれば騎士団も野外での経験を積んでいるので問題は無いでしょう。加えて我らにはダンジョンの専門家も加わる予定です。なんの問題もありません」
ワーガルは押し黙った。押し黙るしかなかった。
結局、ワーガルは面会を切り上げ帰ることになった。
疲れた顔で都市庁内を歩いていると、ちょうど帰ってきたらしいアルカサール男爵一行が現れた。
壁際に移動して、二十人近い男爵一行が通り過ぎるのを待とうとすると、男爵がワーガルに気づいて足を止めた
「ギルド長ではないですか」
ワーガルは丁寧に一礼した。
「はい。ご相談があり閣下をお伺いしたのですが、お留守ということで、ミラノ卿と話しあわせていただきました」
「それは失礼した。所用で出ておりました。要件は無事に?」
「はい……要件は、その……なんというか」
「ミラノの言葉は私の言葉と思ってくださってけっこうですよ」
ワーガルの言葉を遮るように男爵は言った。そしてそれは追加の話し合いは受け付けない、ということを意味していることを、ワーガルは正確に感じ取った。
ワーガルは失望した。
目を伏せ、一歩下がる。
ワーガルの目の前を歩き出した男爵一行は横切っていった。男爵の背後に付き従っているのは黒尽くめの鎧を身につけた十人の騎士だった。その騎士達が通り過ぎるのをなんとはなしに眺め、はじめて気づいた気配にワーガルは思わず目を見張った。
(……なんだ、こいつら。凄まじい魔力だぞ?)
男爵に続く十人が全員、最高クラスの潜行者を越える程の魔力に満ちていた。
しかも十人全員がほぼ同じ魔力だった。
異様だった。同時に驚くべきことだった。これほどの高密度の魔力を持つ人間は潜行者の中にも基本的にいない。少なくともワーガルは見たことがなかった。魔力量が比較的多い魔術師としても最上位、賢者クラスの人間だろう。つまり国家にたまに一人現れる、そのレベルの存在だった。それが一箇所、十人もの数が揃っている。
全世界で最強の騎士団は、ユーファイ皇国の紫雲騎士団であると言われている。ユーファイ皇国は皇主の権威が深く浸透している国家であり、皇国全土の最優秀の人間を、集めているからこその最強であるのだが、その紫雲騎士団でさえあり得ない光景だった。紫雲騎士団は戦術級の騎士で揃えられているというが、彼らでさえ魔力量はこのレベルではない。
いったいどうやって集めてきたというのか。
驚愕しているワーガルの前を最後の黒騎士が通り過ぎ、その顔を見てワーガルは愕然とした。面頬の下から覗く顎に見覚えがあったのだ。その二つに割れて、右側に二つのほくろが並んでいるという特徴は間違えるわけがなかった。ワーガルにとっては教え子である潜行者のひとりだった。
「イッカン? イッカンじゃねぇか!」
だが間違いなくイッカンであるはずの黒尽くめの騎士は反応を見せず歩き続けた。
駆け寄ったワーガルは、
「邪魔だ。八号、丁重にお帰り頂きなさい」
男爵の言葉で、別の黒騎士が動き出し、ワーガルは凄まじい力で羽交い締めにされてイッカンから引きはがされ、そのまま排除された。
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