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騎士殺し


      @


 あとで聞いた話である。


 ギルバスの即応は見事だった。


 マイアも和解を諦めた。少なくとも一人殺された状況で和解はあり得ない。そんなことをすれば確実に戦闘集団として終わる(・・・・・・・・・・)


 双剣騎士団が対応したことで、斬り合いがあちこちで起こった。


 金獅子騎士団は黒い籠手を付けた三名が頭抜けて強く、その三名に対してギルバスたち上位陣が当たった。ギルバスはレベル二十七。双剣騎士団の中でも高位レベルを有する一人だ。


 レベルとはそもそも神霊との同期深度を意味する。魔術であれば各精霊と、剣聖流であれば剣精(ソーディオン)と、他にも一般的ではないものの様々な神々と契約を交わし精神通路を開通することも出来る。そして「魔術」とも「奥義」とも「奇跡」とも呼ばれるそれを使えば使うほど、馴染めば馴染むほど、同期をすればするほど、その通路は大きく、発動速度は早くなる。そしてそれは「奇跡」を使ってない間の肉体をも強化していく。


 その規模を数値化したものがレベルである。


 レベルが四十を超えれば、戦術級と呼ばれる「人間を越えた戦力」となることがある。


 マイアの風精霊との同期深度レベルはまだ二十四だ。戦術級にはほど遠い。


 それでも魔術師としてはかなり高レベルだった。レベル二十四の風精霊の魔術師ならば、傭兵になれば大銀貨五十枚程度の月収を得られるはずだった。


 マイアは魔術師としての能力以外にも騎士としての戦闘力も持つ。それも加味すれば大銀貨六十枚はもらえるだろう。


 マイアは直接戦闘を別の騎士たちに任せて、後衛のまま風精霊との通路を開いた。


 同時に詠唱を開始する。


「無限のアーエール。世界を彷徨うものよ。天を支える柱よ。我が祈りに応えて三なる奇跡をもたらせ」


 戦闘中であり瞑想しないままの特殊な詠唱法だった。戦闘が可能な魔術師が少ない理由がそれだ。


 マイアの覚えた呪文はロック式と呼ばれている。百年前の大魔術師ロックが成立させた形式であり、アーエールの権能を十段階に分け、それに番号を振り、番号を詠唱に組み込むことで簡略化を実現するという手法の魔術体系だ。現代の魔術師の中で一番多い術式であろう。


 神霊圧と呼ばれる精霊出現時の圧力が増した。


 頭上にあわやかな光の柱が立った。降臨光と呼ばれるもので、精霊の出現の前兆だ。


 精霊は他の神霊とは異なり、あらゆる場所に同時に並列で顕れる。


 直後、光の粒が空中で一つの姿を形取った。光の粒で作り出されたのは七本の角を持つ巨大な甲虫だった。風を支配する精霊アーエールだ。


 アーエールが鞘翅とその下に折りたたまれた翅を広げ、それを細かく震わせた。


 アーエールの三なる奇跡は、竜巻を発生させる魔術だった。熟練者は複数発生させ、自在に制御することが可能だ。


 マイアが扱える竜巻は二つ。


 マイアの魔力を消費して奇跡を発現しそのまま溶けるように消えたアーエールに代わって、突然現れた二つの竜巻は後ろから金獅子騎士団に襲いかかった。

 

「魔術師がいるのか!?」


 金獅子騎士団の焦りが声になって響いた。


 精霊が起こす現象は奇跡ではあるが物理現象でもある。攻撃に対応しなければ物理的な怪我をすることになる。


「くそっ!」


 罵声を上げた金獅子騎士団の騎士たちは、前後を「敵」で挟まれることとなった。たちまち二人が竜巻に巻き込まれて天空高く巻き上げられる。


 背後に敵を抱えたまま戦うことは極めて難しい。二人が巻き込まれたことで金獅子騎士団の一部に動揺が走った。


 これで撤退してくれればというマイアの期待は、再び一瞬で砕かれた。


 竜巻に巻き上げられた二人が剣聖流の奥義を発動したのだ。


 精霊圧が空中から放たれ、剣精を身に宿した二人が、風の皮膜を斬り破って、そのまま怪我もなくふわりと地上に降りた。


 それにあわせるように金獅子騎士団の残りの半数が一斉に魔術を発動した。地上に四人の剣聖流、さらに感じたことがない異様な精霊圧が三人分あった。その精霊圧は黒い籠手を着けた者達から発せられていた。


 相対する双剣騎士団も奥義を発動した。


 人間としては最上位の力を持つ者同士、人間離れした乱戦が始まった。


 その迫力は凄まじく、それまで興味津々という感じで見ていた人々が悲鳴を上げて逃げ出した。


 面を制圧する連撃が放たれ、それを相手は全て受け止める。


 剣が空気を斬り裂くと同時に、音速を超えた証明の衝撃波を発して地面を打つ。


 風のように地上を疾駆し、その直後に十ガルデ(メートル)飛び上がり、斬りかかる。


 竜巻に立ち向かう騎士もいた。


 竜巻も奇跡である以上アーエールがもたらした「核」がある。竜巻の中を移動し続けるそれを魔力によって破壊すれば、奇跡は消える。奥義を発動した後であれば対応可能だ。


 自分が放った魔術が消されたときのことを想定しマイアも剣を抜いた。


 マイアは魔術と剣の奥義を同時に発動することはできない。そして魔術発動はどうしても「間」を必要とする。即時対応が難しくそれには剣が便利なのだ。その「間」を嫌った魔術ギルドの後輩が嘆いていたことをマイアは思い出した。「いつか必ず僕が解決してみせます」といっていたその後輩は、異端として最終的にギルドを追われたと聞いた。


 マイアは剣を構えた。レベルが二十四であるマイアの肉体は常人に比べればはるかに強化されている。だが、闘技系の高レベルには敵わない。


 どれほど時間を稼げるか。


 そう思った瞬間、掲げた剣に凄まじい衝撃がぶつかってきた。


 慌てて両手で柄を抑える。マイアが佩いていたのは片手剣だ。短い柄しか付いてなかったが、マイアの小さめの手ならなんとか両手で握ることが出来た。


 目の前にいつの間にか立っていたのは、金獅子騎士団の若い騎士だった。


「魔術師め、面倒をかけさせたな。だがここまでだ!」


 初撃はかろうじて耐えたが、すぐ次の衝撃が下から来た。


「くそっ、生き汚い! 騎士の誇りを持たぬ魔術師が」


 罵り声と共に繰り返される斬撃。五度、攻撃をふせげたのは奇跡だった。


 六度目、既に痺れた腕で剣で受けるのが不可能で、マイアは前に倒れることでなんとか攻撃を避けた。剣はマイアの産毛を擦りながら皮膚すれすれを通り抜けた。


 だが、倒れ込んだことで次の攻撃を躱すことが難しくなった。剣はまだ右手にあるが、持ち上げることも出来ない。そして、逃げるための動きはもうできない。


 そのことがわかったのだろう。


「終わりだ!」


 と騎士は剣を振り上げた。死を前にして不思議なほど感覚が鮮明で、騎士の持つ剣もはっきりと見えた。柄の部分に女神が彫られているが、刃の輝きから大量生産品の安物の剣だと思った。こんな剣で切り刻まれて殺される自分が惨めだった。こんな死に方をするために魔術と剣技に膨大な時間を捧げたわけではなかった。そのお陰で二十八歳にもなって恋すらしていないのだ。


 死にたくなかった。


 謝れば許してくれるだろうか。


 一瞬でそこまで考え、同時に頭の裏側で全てを諦めた時、


「おお、マイアさんではないですか」


 聞き覚えがある声と同時に何かが飛び込んできた。飛び込んできた何かはマイアに降り下ろされた死を一撃で払った。


「うお!?」


 金獅子騎士団騎士が驚きの声を上げる。


 マイアに振り下ろされた剣を払ったのは瞬間移動のように入ってきた黒尽くめの人間の腕だった。凄まじい速度の刃を金属の籠手で弾くその技術はそれだけでもたいしたものだが、弾く際、単に叩くのではなく剣の腹をそっと押して落下のベクトルを最小の力で制御してほとんど音をさせなかったことは驚嘆に値した。剣の動きを寸毫の差も無く完全に見切っていればこそ出来る技だった。


 金獅子騎士団の騎士は黒尽くめの相手の実力を感じ取ったのか大きく飛び下がった。


「……何者だ!?」


 だが黒尽くめは答えなかった。


 黒尽くめはマイアの脇に手を回して何の躊躇もなくをひょいと起こした。


 その時、マイアは違和感を覚えた。身体に当たったその腕が人間にしてはひどく硬かったのだ。


(……鎧?)


 目を向けると、肘の辺りに空間があった。つまり肘の向こうが見えていた。いや、肘ではなかった。本来肘があるべき場所にあったのは四本の金属の棒と見たこともないカラクリだけだった。


 驚いて黒尽くめを見る。


 黒尽くめの顔はやはり黒い面頬に覆われていたが、こちらも有るべき場所に目がなかった。その代わりに、二つあるはずの目の中央の位置に怪しく光る眼球が一つだけ浮かんでいた。


 人間以外の何かが、人間の外骨格を無理矢理着ているーー。


 得体の知れないものを見たことで身体が竦んだ。


「ああ、やっぱりマイアさんだ」


 場違いに明るい声に、マイアは弾かれるようにそちらを見た。


 二十代の青年がこちらを見ていた。その顔には見覚えがあった。


 何の偶然か先ほど思い出した魔術ギルド時代の後輩のマルコールだった。最後に会ってから七年ほど経つがその間になにがあったのか傲慢そうな視線はすっかり消え、どこか卑屈な笑みが唇に張り付いていた。


「え? マルコール? え?」

「そうです。マルコールです。いやぁ、懐かしいなぁ。覚えていてくれたんですね」


 マルコールのすぐ横に、マイアを助けた黒尽くめと同じ姿をしているが、体型がまるで違うもう一人が立っていた。こちらはやけに細身で、加えて頭ひとつ分背が高かった。


「いやぁ、ビックリしたなぁ。今回の雇い主がマイアさんの知り合いだなんて」

「知り合いっていうか……」

「七年ぶりですかね! あんまり変わってないですよね! 苦労しなかったのかな。僕は苦労したんですよ! とにかく積もる話があるんですけど、ちょっと待っててください。先に用事を済ませるので」


 マルコールは「んー」と考え、一人を指さした。


「彼かな。ランザム、連れてきてください」


 その言葉と同時に、細い黒尽くめーーランザムが動いた。


 長い足を恐ろしい速度で動かして飛ぶように走る。その姿は風のようでマイアにはほとんど視認できなかった。


 そのまま、双剣騎士団のギルバスと剣で斬り合っている金獅子騎士団の大柄な騎士、その二人の間に当たり前の様に飛び込むと込むと、嵐のように切り結ぶ剣を右手を動かすだけで排除し、金獅子騎士団の大柄の騎士をひょいと抱えて、マルコールの元に連れ帰った。


 マイアはあっけにとられていたが、それ以上にその場で争っていた騎士達は驚いていた。ランザムの小脇に抱えられていた大柄な金獅子騎士団の騎士は自分の現状を理解できない様子で口を意味もなく開閉し続けた。


 騎士同士が争っている中に介入できる運動能力も異常であったし、騎士一人を捕らえるのもあり得なかった。


 ランザムにぶら下げられたままの大柄な騎士に向かってマルコールは腰を落として顔を近づけ、満面の笑みで


「ここで一番偉い金獅子騎士団の人ですよね? あー、僕、マルコールっていいます。ケオロンさん? とか言う金獅子騎士団の団長に呼ばれてきたんですけど」

「ケ、ケオロンは金獅子騎士団の団長に間違いないがーー……」


 そこで大柄の騎士はハッと何かに気づいた。


「マルコール? で、では君が騎士殺しか!?」


 マルコールは頭をかいた。


「あー、そんな風に呼ぶ人も居ますね。僕は騎士も魔術師も分け隔てしてないんですけどね」


 マイアは愕然とした。


 騎士殺しーーマイアも知っていた。有力な騎士を殺す三人組の暗殺者の名前だ。


 マイアは驚きの顔で、魔術ギルド時代の後輩を見た。


 そのマルコールの横には、今のマルコールの立場を示すように得体の知れない二体の黒尽くめの人型がマルコールを守るように立っていた。


読んでいただいてありがとうございます。気に入っていただければブックマークをぜひお願いします。

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