アリュール商会
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あとで聞いた話である。
アリュール商会は今でこそ食料品から武器まで手広く商売を行っているが、今なお最大の売上を占めるのは宝飾品である。アリュール商会はもともと馬具を扱う一家だったのが、現会頭の父親ハバスの代、宝飾品を取り扱うようになって一気に貴族達の間で高い評価を得て大陸全土にまで商売を広げたという歴史を持っている。宝飾品については既に仲介だけではなく加工にも手を出しており、手代は全員宝飾品について目利きが出来ることが必須となっていて、当然、会頭に替わって商売を仕切る立場である番頭のマルキアも自分の宝石を見る目には自信を持っていた。
マルキアはその日、金獅子騎士団を巡る騒動で滞っていた業務処理のため、早朝からアルカサール支店で入荷していた宝石の等級分けを自らの目で確認し、内包傷を見つけた二つほどの等級を変更してから、加工場に届けるよう伝えた。
宝石の鑑定はひどく疲れる仕事だったが、それを終えることができマルキアは一息ついた。
自分の手で自分好みの薄目のお茶を丁寧に淹れ、それをゆっくりと啜ってしばし心を落ち着かせる。
会頭であるカエラからの呼び出しで、午後には王都にある本店に行く予定だったのでそれまでに鑑定が済んでホッとしていた。
もっとも呼び出しの理由がマルキアにはわからず一人首をかしげる。
大陸全土に網羅された支店から集まる全ての情報は本店にいる会頭のカエラの元に集まる。会頭という立場からそうなるのではなく、自然とそうなった。実は先代が存命の頃からそうだった。当時からカエラは、集まってきた大量の情報の真贋を見極め、関連を想像力で補い、最終的に全体像を把握する能力が突出していた。カエラが予想した未来予想図はかなりの精度で現実となった。その予想図を元にアリュール商会は戦略を決め、そして成功してきたのだ。
ずっとアリュール商会で働いてきたマルキアは、幼い少女だった頃からカエラのことを知っているが、常に圧倒される相手だった。そんなカエラのもとで働くことは、マルキアには刺激的で同時に幸福なことだった。
カエラの指示はなんであろう、とマルキアは考え、それからどうせ夕方にはわかるのだからと考えるのをやめた。マルキアの想像ではカエラは捉えきれないことはこれまでの人生で理解していた。
(……実際、カエラ様があのようにアーシュさんのことを気に入ることも予想できませんでしたしね)
アーシュを初めて紹介したとき、二人はなぜかひどく話があったようで、ずっと話をしていた。相変わらずアーシュはどこかずれた返事をしていたが、その返事のたびにカエラはなんとも楽しそうに笑っていた。カエラも浮世離れしたところがあるので、二人の琴線が触れ合い和音が鳴ったのかもしれなかった。
身体が弱く二十九歳の今まで浮いた話がひとつもないカエラが、以来アーシュと会うときは少女のように着飾っていることにマルキアは気づいていた。アーシュはアーシュで、未だに恐ろしいものを見る目と美しいものを見た感動がない交ぜになった視線でカエラの女性らしい身体をチラチラ見ていたし、まったくない話ではないのであろうが、それはそうとしてそのまま進めていいものかどうか迷う気持ちもあった。年齢差のことは当人同士の問題だから気にしないとして、何が二の足をふませているのかをマルキアは自問した。まず最初に考える懸念点はアリュール商会が乗っ取られると言うことだが、アーシュにはそんな意図はないのは間違いなかった。アーシュはそもそも金銭に何の執着も持っていない恬淡とした人格の持ち主だ。物欲も見せない。真の戦士とやらを目指しているようだが、それがなんなのかは今ひとつ判然としていないため、そのことは判断の材料たり得ない。真の戦士を目指すのであればアーシュは商会の主人にはなれないだろうが、むしろそれはカエラが会頭で居続けることを意味するから、アリュール商会にとってはありがたいほどだ。要はカエラが子を為す子種のもととしてはアーシュはまったく問題が無いはずだった。
ではなにが問題だと自分は認識しているのだろう。
だがなかなか答えは出なかった。
(……言語化出来ていませんが、アーシュさんの雰囲気がどこか引っかかるところが有るのかも知れません)
ぼんやり考えていると出発の時間になり、マルキアは立ち上がった。
そこへ焦った顔でコマがやってきた。筆頭手代メレーの下に付き、勉強中の二十代の女性だった。
商人というのは表情を読まれてはダメだからつい苦言がでた。
「コマ、顔に気をつけなさい。焦りはつけ込まれる隙になります」
「し、失礼しました!」
「それでなんですか?」
「金獅子騎士団の騎士の方がいらっしゃってこちらを」
受け取った手紙は正式な印による封もされていないもので、マルキアはそれを受け取って開き、読み進めた。読み終わり、手紙を火種で燃やした後、考え込む。
コマは興味津々と言った顔で立って待っていたのだが、待ちきれなかったのか
「なにがあったのでしょうか?」
と聞いてきた。
マルキアは無表情な顔を上げた。
「……マルキッソスさんが襲われて怪我をされたと」
コマは驚きの顔を浮かべた。
「あの……昨日、ここにいらっしゃった方、ですよね?」
「はい。しかも襲ったのが、同じくこちらに見えられたA級潜行者のバガンさんだとこの手紙には書いてあります。この手紙はマルキッソスさんの下の方が気を利かせて我々に伝えてくれたようです。それにしてもいったい何がーー」
マルキッソスはあの場でも執拗にバガンから情報を聞き出していたが、決して敵対的な感じではなかった。バガンも協力的で最終的には証人となる約束も出来ていた。いったんバガンを保護するための隠れ家に二人で向かったはずだ。
その途上で何かあったというのか。
余りにも突然の状況の悪化に様子を見るべきと考え、マルキアはいったん王都行きを取りやめた。
代わりに王都にはメレーに向かわせる。
マルキアはアルカサール支店の奥のデスクの前に座り続け情報収集に努めた。手代や取引先から入ってくる新情報によって刻刻と更新されていく状況は、想像以上に悪かった。
金獅子騎士団所属の幹部騎士が襲われ、しかもその下手人と思われる潜行者が逃亡している、ということになっていて、面子を潰された形の金獅子騎士団は驚くほど強硬になっているのだという。東西南北に作られた四つの門は全て封鎖され、アルカサールの出入りは金獅子騎士団の厳しいチェックがなければ不可能だという話だった。
通りは金獅子騎士団の団員たちがひっきりなしに哨戒し、怪しい者もそうでない者も捕まえていくという。
外の様子をうかがっていたコマが引きつった顔で帰ってきた。
「ほとんど歩いている人がいません。でも騎士の人たちがうろうろしています。なんか見たことが無い感じです……なんというか……戦争というか」
「そうですね。戒厳令、ということでしょうがそれだけではないでしょう。バガンさん一人を捕まえるという目的と考えてあまりにも規模が大きい」
「潜行者の人が次々と捕まっているらしいです」
「潜行者が? 潜行者を捕らえることにどういう意味があるのでしょう」
「……ダンジョンに潜られたくない、とか? すみません! 良く分かりません!!」
「ああ、そうか。抵抗する可能性のある人間、戦力となり得る人間を減らしているのかも知れませんね。確かに潜行者は騎士に対抗できる可能性があります。その戦力を削ぐと言うことは、大きなことを考えている可能性はありますが、しかしーー」
王都からほど近いアルカサールでこれほどの状況が起こっている以上、それは国家が認めていることであることが容易く推測できた。
マルキッソスが襲われてから都市封鎖で半日ほどのラグがあることもその推測の確度を高めた。
ということは、潜行者の排除が目的ではなく、潜行者を確保し、それの使い道が王国側にあるとすれば、と考え、マルキアはゾッとする想像と共に急ぎやるべきことを思い出し、顔を上げた。
「コマ、お願いがあります」
「な……んでしょう?」
「ピサール親方のところにいると思われるアーシュさんに、王都の会頭の元に行ってもらうようお願いしてきてもらえませんか?」
「客人に、ですか?」
「はい。悪い予感がします。そんな時に最終的に頼りになるのは残念ながら暴力だと思いますので」
コマをアーシュのもとに送り出し、その直後、二人の騎士がバイザーまで黒尽くめの甲冑を身に纏った兵士を引き連れてアリュール商会のアルカサール支店に足音高く入ってきた。
武器を装備したままの騎士は厳しい声でその場にいた全員に動かないよう命じ、逆らった者は黒尽くめの兵士が殴りつけて動きを止めた。
それからマルキアに向かって、
「騎士マルキッソス襲撃事件について、容疑者バガンと騎士マルキッソスが昨日ここにいたことはわかっている。事件に関わった疑いがあるため拘束する」
マルキアは内心の焦りを一切外に見せず無表情に頷いた。
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