中年のマルキッソスの悩み
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あとで聞いた話である。
金獅子騎士団の幹部の一人マルキッソスは騎士団の西の詰め所に隣接されている留置所の中を歩いていた。
留置所は天井が低く窓は小さく数も少ないため常に暗く空気も湿っていて、マルキッソスの眉間には自然に深い皺が刻まれていた。
途中、立哨している騎士に、
「強盗容疑で取調中のA級潜行者に確認があるんだが、どこにいるか知ってるか?」
「あ、おはようございます。そいつならーー」
同じことを繰り返し目的の牢にたどり着いたマルキッソスは、腰に下げていた鍵束の中から鍵を選んでそれで頑丈な錠前を開けて中に入った。
中にいたのはひどくみすぼらしい布の上下を着た三十代と思われる男で、入ってきたマルキッソスに怯えた顔を見せた。理由はすぐにわかった。身体のあちこちに普通ではあり得ない怪我をしていて、指にはまともな爪が残っていなかったし顔にも痣があった。腕には火傷と思われる丸い焦げが点々と残されていた。
明確な拷問のあとだった。
マルキッソスは顔をしかめた。
拷問は建前としては禁止されている。もちろん、きれい事ではどうにもならず、自白を引き出すのに多少の恐怖や痛みは必要だということはマルキッソスも認識していた。だが目の前の男の身体に残された傷の量は、「嗜虐的」な気配があった。つまり、尋問係の金獅子騎士団員が楽しみで容疑者を痛めつけたのだと思われた。
うんざりした。
男についてわかっていることは、もともとA級の潜行者であり、博打にはまって金を失ったあと、仲間と共にアルカサールと王都を繋ぐ街道でアリュール商会の一行を襲って捕まったということだけだった。アリュール商会の客分アーシュの仲間だと疑われてもいた。だからマルキッソスは確認をしたかった。
「聞きたいことがーー」
マルキッソスがわずかに動いた瞬間、男は必死に身体を隠し、
「や、やめてくれ! もう全部話しただろ!」
「違う。そうではなくてーー」
「お前たちが金を貸してくれたんだろうが! それでなんでこんなことするんだよ……」
マルキッソスは驚きながらも目を細めた。
お前たちが金を貸した?
疑問に思ったマルキッソスは、怯える男をなんとかなだめすかし、必要なことを聞きだしたあと、表情を消して留置所を出て、今度は西の詰め所のジーケンを訪ねた。
ジーケンはちょうど巡回から帰ってきたところだったようで、マルキッソスの訪問に驚いた顔で対応した。
会議室に入り、ジーケンは懐から取り出した茶葉で自ら二人分の茶の用意をしたあと、その香りにうっとりとした表情を見せて、
「どうぞお飲みください。皇国の一級品ですよ」
「お、おう。もらう。それで身体はどうだ?」
ジーケンは自分の身体に触れた。それからいぶかしげな顔をマルキッソスに向けた。
「……痕ひとつ残っていなくて怪我をしたと言うことが信じられないのです。私は本当に斬られたのでしょうか? いや、その瞬間の熱さは覚えているのですが」
「覚えてないのかよ」
「覚えてないですし、信じられないんですよ。なんかみんなで俺を騙そうとしてません?」
「お前を騙して何の得があるんだよ」
「いや、でもですね。傷とかないんですよ? 変じゃないですか」
「ぶっちゃけ中身が見えていたぞ」
「中身? 中身ってそんなわけないですよ。そんなことになったら死んでますって」
「だからお前はほとんど死んでたんだよ!」
「傷ひとつないのにどうやって死ぬんですか」
マルキッソスはため息をついた。
「わかったわかった。そうだな。死にかけてるってのは俺がそう思っただけだわ。次はお前に関しては死にかけてても助けず、ちゃんと周りに意見を聞いて死にかけているっていう意見を集めて、最後にお前自身に死にかけているって自覚してるか確認してから治すようにしてもらう。あと出来れば傷も残してもらうようにする」
「そうですね。そうしてください」
「で、聞きたいことがあるんだが」
「なんです?」
「金獅子騎士団はいつから金貸しになった?」
「……」
「言え。言わんとひどい目を見せるぞ。どうせ俺にとってはお前は一度死んだと思った相手だ。この際、殺しても気にせんことにした。助けがいがないこともわかったし」
「ま、待ってください! ……え? ほ、本気ですか?」
「本気だ」
「話します! 俺が知っていることは全部話しますから! もっともただの噂ですけど!!」
一刻後、マルキッソスは別の場所で、自分の子供であってもおかしくない年齢の男に深々と頭を下げていた。
「すまん!」
その男ーーアーシュはアルカサールのアリュール商会の支店で頭を下げたマルキッソスを前にいぶかしげな顔をした。
「何のことだ?」
その反応にマルキッソスは戸惑った顔をした。同じ部屋にいたアリュール商会の番頭のマルキアとベルケスの方をちらっと見て、それから咳払いをした。
「どうも間違った情報で俺たちはお前を疑ってひどい目にあわせたらしい。金獅子騎士団を代表して謝罪する」
「ひどい? あ、俺を騙した件だな!」
「そ、そうだな……確かに騙したようなものだ」
「就職の面接だと思っていたのに違ったのは傷ついた。せっかくちゃんと言えたのに!」
「む? 何を言っている? ま、まあいいか。なんかわからんが謝っておく。それで身体は大丈夫だったのか? 騎士団はひどい尋問を行っていたようだが……」
「身体? なんのことだ?」
「あ、そうか。あの再生魔術を使えるのなら、問題は無いのか」
「何を言っているのか全然分からん!」
マルキッソスは困った顔で、マルキアを見た。
「……こいつはいつもこうなのか? 話ができんというか」
「アーシュさんは自分のリズムで生きていらっしゃるので」
「ま、悪い奴でないのはわかるが」
「はい。マルキッソスさんもご存じのように、困っている人を見ると当たり前の様に手を差し伸べてくださいます。アリューリュ商会の客人にふさわしい方かと」
商人であるマルキアがここまで手放しで褒めるのはひどく珍しいことだったが、それを否定したのは褒められた当の本人だった。
「待て。俺は悪人を目指しているぞ。真の戦士とはそう言うものだ」
「ほう、お前は真の戦士を目指しているのか?」
「ああ、そうだ」
「お前は剣聖流か。しかも古流だな。どこの一派だ?」
「なんだそれは?」
「初期の剣聖流は真の戦士とやらを目指したという話を師から聞いたことがある。余りにも過酷な道で、初代様しか実現できなかったとか言ってたが、そうではないのか?」
「知らんが父上は真の戦士を実現していらっしゃるぞ。もちろん父上は偉大な方だが、俺にも出来るとおっしゃっていた。だから俺は真の戦士となるためにここに来たのだ」
「父上とは?」
「父上は父上だ」
助けを求めてマルキッソスが左右を見るが、答えられるものはいなかった。
マルキアが声を落として、
「どこかの王だとことですが……」
ベルケスも困った顔で、
「どこの国かは相変わらず要領をえん」
マルキッソスはアーシュを上から下まで見た。
「どう見ても王子……ってことはなさそうだが」
「そうですね。なにかアーシュさんなりの勘違いがあるのかも知れません。しかしそれでアーシュさんの何かが変わるわけではありません」
「それはそうか」
「それにしてもマルキッソスさんとは今まで通りの関係を続けられそうでよかったです。なんだかんだ言いつつも市民のことを真に考えてくださる騎士の方だと考えていましたので」
「そんないいものじゃねぇよ。俺は組織に所属する身だから何かあったときは組織の側に立つのが筋だと思っていた。だが今回のことで金獅子騎士団が腐りきっていることがわかった。膿は出さねばいかん」
「膿、ですか? とはいっても組織というのはあのようなものではないでしょうか」
「え? そうなの? そういうもの?」
「はい。残念ながら」
「そうだな。確執があるのはわかったが、その確執の元が派閥っていうのならどうにもならんぞ。潜行者ギルドだって派閥はある。悔恨の暁だって六人の中に派閥はあった」
「いや、だけど、ちょっとおかしくないか? 派閥って言っても、魔王信仰とか普通じゃないだろ。それともけっこうカジュアルにそういうのみんなやってるの?」
マルキアとベルケスがあっけにとられた顔でマルキッソスを見た。
「……魔王信仰だって?」
「いや……それはさすがに」
余計なことを言ったことに気づき、マルキッソスは咳払いをした。
「本来騎士団の恥をさらすものではないと思うが、巻き込んでしまった後だからな。ここで聞いたことは他言無用で頼む」
「……わかりました」
「……わかった」
「やはりおかしいことのようだな。だが金獅子騎士団の一部で魔王信仰が行われているのは間違いないようだ」
「ば、馬鹿馬鹿しい……魔王なぞ信仰してどうしようってんだよ」
「そうです。人類の敵ですよ? 人類であれば殺してくる相手を信じるなど」
「俺もそう思っていたよ。だがな、お前たちも知ってるだろ? 歴史上魔王信仰者は存在していた」
「それは……そうですが……」
「魔王はな、力を与えてくれるんだよ」
「……」
「リスクを覚悟で力を欲しがるものはいる。そして騎士団なんてものは、強さを求める阿呆が売りたいほどいる。その結果ってことだな……ああくそっ。言っていて頭を抱えたくなる状況だな、こりゃ」
「どうするんですか?」
「奴らは何を企んでいるのか高利貸しまでやっているらしい。その証人となってくれる人間を探している。アーシュが捕まえた強盗もそいつらから金を借りた結果強盗に堕ちたようだが、さすがに強盗の証言は証言として認められん。周りにいないか? 金を借りていて、そんでまだぶっ壊れてなくて、出来れば口が硬い奴がいい。あまり騎士団の恥を吹聴されても困るからな」
マルキアとベルケスが顔を見合わせた。お互いに心当たりがないことを確認したちょうどそのタイミングでドアを叩く音がして、手代が一人入ってきた。
手代は何事かマルキアと話した後、一人の男を連れて来た。
バガンだった。
バガンはアーシュを見つけるなり嬉しそうな声を上げた。
「やっぱりここにいたのか師匠!」
「む」
マルキッソスとマルキアたちの会話の間、手持ち無沙汰に立っていたアーシュがバガンを見た。バガンはアーシュに駆け寄ると、
「ようやく借金完済したぜ! これで晴れて自由の身だ!! というわけで師匠! もう逃げられないぜ? 覚悟を決めて俺の師匠をやってくれよな!」
「だから何度も言っているが、俺はまだ至らぬ身だ。人に教える余裕などない」
「わかってるって! だから師匠の身の回りの世話をやるからよ、それで空いた時間に、何をすればいいかだけ教えてくれればいいんだよ。そうしたら俺はそれを一人でやる。そして迷ったり困ったりしたら相談に乗ってくれればいい。なにも手取り足取り教えてくれって言っているわけじゃねぇよ。俺だって基礎は出来てる……出来てるのか? 出来てるかい?」
「よう。バガンじゃねぇか」
バガンが振り返り、マルキッソスを視認して顔をしかめた。
「う。なんでマルキッソスさんがいるんだよ」
「久しぶりだな。どうした?」
「うるせぇ。金獅子騎士団とはもう関わりたくねぇよ。せっかく金を返し終わったってのに、近づいてくんなよ」
マルキッソスがまじまじとバガンの顔を見た。
それから肩に手を掛け、逃げられないようにして
「……詳しく話を聞かせろ」
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