異変
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あとで聞いた話である。
ある日の早朝、潜行者宿『暁の虹』で宿の主のベルケスとその娘ライザが朝食の準備をしながら会話をしていた。
「最近、アーシュ、ちょっと変じゃない?」
「お前もそう思うか。俺もちょっと思っていた」
「なんというか上の空というか」
「そうだな。仕事がうまく言ってないのかもと思って、ピサール親方にそれとなく聞いてみたが、まったく問題ないらしい。むしろ親方の方が自信を失っていて、夜こっそり練習しているって言っていたぞ?」
「じゃあ、何が問題なの?」
ベルケスは少し考えてから、
「わからん。っていうか、聞いてみりゃいいじゃないか。お前、けっこう仲がいいだろ」
父親にそう言われてライザは考え込んだ。
「……なんか嫌な予感がするんだよね」
「ならなおさら聞いてみろ」
「うん。そうだよね。わかった。そうする」
さっそくエプロンを外しはじめた娘に
「っておい? 今すぐか?」
「当然。どうせ聞くなら早いほうがいいでしょ」
ベルケスはエプロンを適当に畳んで放り出したあと足取り軽く二階に駈け上がっていく娘を見送ることしか出来なかった。
アーシュの部屋の前に立ったライザは、少し髪を整えると、ノックもせず声も掛けずにいきなり扉を開けた。
いつものことだったが、これもまたいつものように早朝にもかかわらずアーシュは既に起きていて、部屋の中央で不思議な座り方で瞑想をしていた。
そして毎回そうなのだが、この姿のアーシュにはどこか威厳があってライザは目撃する度に息を呑んで立ち止まるのである。
瞑想しているアーシュはどこか近寄りがたい何かが感じられた。威圧感と同時に神秘的な気配を発している。
そしてライザはドキドキしながらそのアーシュをしばらく眺めて、それから気合いを入れ直して大声で言うのだ。
「おはよう!」
ライザの言葉に目を開けた途端、アーシュはいつもの穏やかな気配に戻った。
「おはよう」
だが、ライザは眉をひそめた。気に入らなかった。アーシュに余裕があったからだった。ライザを見る度にどこか動揺していたり恥ずかしがっていた初々しさが気がつくとなくなっていた。
だがライザは直後に笑顔を作った。
「朝食の準備そろそろ出来るよ。降りてきて」
「そうか。助かる。わざわざ連絡ありがたい」
「うん、じゃあね」
部屋を出て降りてきた娘を階下で父親が迎えた。気になって階段の下まで来ていたようだった。
「どうだった?」
ライザは返事をせず放り出していたエプロンを改めて着けて、朝食の準備に戻った。
ベルケスもライザの顔を伺いながら、準備に戻った。
しばらくしてアーシュが降りてきて、出来たばかりのパンとスープをいつものように美味しそうに食べ終え、
「相変わらずうまかった」
「おう。これも宿の自慢だからな。うまい飯と看板娘が、『暁の虹』の売りだ」
「うむ」
すぐに別の客も降りてきて朝食を取り始め、一方朝食を終えたアーシュが部屋に戻ったのを見て、ライザがエプロンを外しはじめた。
「ん? どした? まだ降りてきてない客いるぞ?」
「父さん一人でやって。私はアーシュをつけるから」
「は?」
「アーシュが変になった原因は宿の外にあると思うの。だからそれを確認しないとわからないでしょ?」
「いや、でも」
「じゃあ、父さんはアーシュが変になったままでいいの!?」
「そ、そりゃ心配だが……」
「あ、降りてきた。じゃあね!」
ライザは顔を隠すようにスカーフを被ると、アーシュのあとを追って宿を出て行った。
ちょうど客が降りてきて、その対応に追われてベルケスは見送ることしか出来なかったが、すぐにライザが駆け込んで戻ってきたので仰天した。
思わず手を止めて、
「ど、どうした? あ、そうか。もしかしてアーシュに見つかったのか?」
だがライザは首をぶんぶん振って答えた。
「アーシュが騎士の人に捕まっちゃったの! ど、どうしよう!?」
ベルケスは衝撃で手にしていた包丁を取り落とした。
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