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王都


       @


 アポリオンに到着したのは俺とマルキアとミガールの三名で、残りの三名は拘束した強盗をアルカサールの金獅子騎士団に引き渡すべく戻った。


 アリュール商会の番頭のマルキアは衛兵と顔見知りのようで、ほとんど何のチェックもなくむしろ丁寧な対応で城門をくぐることが出来た。


 高い城壁に囲まれたアポリオンは古い町だった。


 建物はアルカサールよりもずいぶん高く古びていた。アルカサールは二階建てが中心だったが、アポリオンは三階以上ある建物が多かった。基本的に石造りで、地面も石畳が敷かれていた。その感触は固くて滑りやすく、踏ん張りが効かないため、ここで戦うときは工夫が必要だろうと俺は思った。おそらく建物の壁を利用した三次元的な動きが重要になるだろう、と歩きながら周囲を見回していると、


「気になりますか?」


 とマルキアに聞かれたので、


「戦士は戦場になることを常に想定するべきなので、どう戦うかを考えていた。古いが立派な街だな」

「なるほど、さすがです。もともと『傲慢』のダンジョンの攻略を目指す潜行者たちが集まって出来た街だと聞いています」

「む? それはアルカサールではなかったか?」

「アルカサールはデルモンテ王国が建国されたあと、潜行者達によって混乱していた王都に秩序を取り戻すために造られたとのこと。言わば人工の街です」

「毎回通うとなると潜行者達にとっては不便だな」

「そうですね。戦争が終わったことで治安の回復が重要事だったのだとは思いますが……これが有名な剣聖碑です。初代剣聖の功績を称えて建国王が建てたものだとか」


 俺はよく整備された広い広場の中央に立った五ガルデ(五メートル)ほどもある黒くて硬そうな石の構造物を見た。よく見ると剣の形をしていた。


「強い人だったのか?」

「剣聖と呼ばれる人は、現在大陸に七人います。それぞれ千人と戦える、と言われています。しかし初代剣聖については格が違うとされています。一人で古竜と戦って勝った、と」

「古竜か。戦ってみたいものだ。真の戦士であれば勝てると、父上も言っていた」

「アーシュさんが言うと本当に勝てそうですね」


 マルキアの案内で古都を歩いた。


 アルカサール以外は初めてなので、なんだか不思議な感じだった。


 活気はアルカサールよりない。だが悪い意味ではなく、落ち着いている、と言っていいかもしれない。人の行き来はそれなりにあるのだが、その面々の顔がどこかアルカサールより穏やかなのだ。


 アルカサールならば人混みの中の五人に二人はいる潜行者の姿が基本的になく、そのため武装している人間がほぼいないというのも大きな理由かもしれなかった。


 例外的に騎士らしき統一された金属鎧を身につけた人間が要所要所に立哨している。


 治安維持組織という意味だろうが、それ以上にここには『王』が住んでいる、ということで、皆安心しているのだろうと俺は思った。


 父上の周囲の人間もそうだった。


 圧倒的な強者である『王』の存在、その加護が届いているという意味はそれほどに大きい。


「お?」


 突然、道ばたで声が掛けられた。声を掛けてきたのは職人風の男だった。


「あ」


 反応したのはミガールだった。なんだかひどく慌てていた。


「ちょ、おま」

「姉御じゃねえか。今日はどこで飲むんだ? 行くぜ? なにしろ姉御のいるところが俺たちのパーティ会場だからな!」

「う、うるせぇ! 見たらわかるだろ! 仕事中だ!! あっち行け!」


 親しげに声をかけ来た男をミガールは手を振って追い払った。


「そんなぁ」


 ミガールが早足で歩くせいで俺たちの速度もあがり、傷ついた男は取り残された。


 だが、続いて


「あ、ミガールさん、そろそろつけを払ってもらわないと」

「あ!? う? あ、明日、明日、店に行くから!」

「約束ですよ? またすっぽかしたりしないでくださいよ?」

「余計なことを言うな!」


 逃げた先にさらに、


「ミガールさん、いい酒入りましたよ!」

「ミガールさん、一昨日酔っぱらって壊したテーブルの弁償について話をさせてもらいたいのですが」

「いいところに! ミガールちゃん、あんた出禁!」


 とにかくミガールは知り合いが多かった。


 そしてその知り合いはすべてミガールの存在を認識すると積極的に声を掛けてきた。喜んでいる者も怒っている者も全員同じだった。


 俺は感心して、


「王というのはもしかしてミガールのことか?」


 と聞いた。


「は? お前、何言ってんだ? ……ですか?」

「皆、お前のことを好きなようだ。お前の顔を見ると最初に悦びと安堵がある。そのあとはそれぞれのようだが。俺の知りうる限り、そのような対象は王だろう」

「どこの国だよ、それ。普通王様ってのは城の奥でふんぞり返っているもんだ」

「そうなのか? なぜだ? それでは民の不満を聞くことはできないだろう?」

「民の不満など聞く意味はないだろ? どうせ本当の王様はそんなものは気にしないんだから」


 マルキアが咳払いをして、


「ミガールさん?」


 と言い、ミガールは慌てて口をふさいで、それ以降は話しかけても首を振ったり頷いたりするだけで、口を開かなくなった。


 たどり着いたアリュール商会はずいぶん大きかった。


 大きい商店が建ち並ぶ通りの一角にあり、アリュール商会は小売りはやってないようだったが、人が忙しそうに頻繁に出入りしていて、活気があった。


 マルキアに気づいたものたちが挨拶をしてくるのを、マルキアは一つ一つ丁寧に対応しながら奥へ進んでいった。


 ミガールのことは皆知っているようで気にしていないようだったが、俺への好奇の視線を向けてくるものは多く、だが口を開いては誰も何も聞いてこなかった。


 そこからマルキアが連れてきた人であれば「理由があるはず」だし「必要なら紹介してくれるはず」という信頼が感じられた。


 入ってすぐのところは見本置き場になっているようで、様々な種類の武器が名札を付けて並べられていた。


 それとは別に隅には床に直接十本以上の剣が乱雑にまとめられて転がされていた。


 それに視線を向けると、


「剣はサンプルとして取り寄せたものの一部です。大口の相手でして、量が必要なのですが、質も落としてはいけませんからね」

「ほう」

「ですが残念ながら質が悪く、アリュール商会が扱う品として不適切という判断になりました。なのでピサール親方に一から打っていただきたい、というお願いをずっとしていたのです」

「うむ。ピサール親方の打つ剣はいい出来だ」

「はい」


 そこへ、


「よろしいでしょうか?」


 年かさの手代がやってきて、マルキアに声を掛けた。


「メレーさん、どうしました?」


 メレーと呼ばれた手代はちらっと俺を見た。マルキアが頷き、


「この方は大丈夫です」

「わかりました。まだ推定の状況ですが念のためご報告です。ゴンザ商会さんが、動いているようです。知人から聞いたのですが手当たり次第に鍛冶の親方の囲い込みをしようとしているとのことでして、急がないとこちらの参入の可能性がなくなります」


 マルキアは顔をしかめたあと頷いた。


「そうですか。ゴンザ商会さんらしい動きですね。報告ありがとうございます。しかし大丈夫です。おかげさまでめどはつきました」

「それでは……」

「はい。ピサール親方が受けてくださいました」

「……ホッとしました」

「私もですよ。この朗報を早く会頭にお伝えしたいと考えています。会頭は奥に?」

「いらっしゃいます。それと今日は調子がいいようです」

「それはよかったです」


 マルキアは笑顔を浮かべ、それから俺を伴ってさらに奥に向かった。ミガールもついてきた。


 一番奥の分厚い扉の前で、


「申し訳ありませんが、会頭には先に私の方から説明をしたいと思っています。ここでお待ちください」


 マルキア一人が部屋に入っていき、ミガールが守るように扉の前に立った。


 しばらくして、


「入ってきてください」


 マルキアの言葉のあと、俺は扉を開け部屋に入った。


 部屋は大きさも小さく家具も最低限だった。壁には一枚だけ絵が掛けられているが、それ以外は「飾り」的なものはなく、実用的な木製のテーブルと椅子が二脚。何より目立つのは部屋の半分を占める「寝台」だった。


 そして部屋に充満する嫌な気配。


 この気配は知っていた。


 戦士には身近な「死」の気配だった。


 だが別の理由で俺は動けなくなった。


 寝台の上で半身を起こしてこちらを見ている女性の姿に俺の視線が釘付けになっていたからだった。


 寝台の上にいたのは二十代後半の女性だった。下ろした黒い髪が肩に掛かり、どこか熱っぽく潤んだように見える目。小さく整った鼻。艶やかな笑みが浮かんだ唇。なによりバランスがおかしいほど圧倒的に大きく前に突き出た胸部脂肪。


 身につけた薄くふんわりとした夜着では隠しきれないその姿は俺の脳髄に強烈なデバフを叩き込んだ。


 鼓動が早まり息が苦しくなり、視野が狭まり、膝が砕けそうになるのを俺は何とか耐えた。


 罠だったのだ。


 しかも『怪物』が発するのはデバフだけではなかった。俺はなぜか不思議な安らぎを感じていた。


 訳が分からなかった。


 そしてその『怪物』について、俺を罠に誘い込んだマルキアが言った。


「アリュール商会の会頭のカエラ様です」

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