それは電撃のように
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あとで聞いた話である。
双剣騎士団の団長であるヒルダは死を覚悟していた。
避けがたい事情で、「封印のダンジョン」と呼ばれる危険過ぎるために王国から公式に封印指定されていたダンジョンに潜り、わずか一層目のことだった。
二つの頭を持つ魔獣に襲われたのだ。
恐ろしいほど狡猾なその魔獣は、大広間の木の上に隠れ潜み、潜行者パーティの中央に飛び込んだ。
潜行者パーティは外に向けての防御力は高いが、中に入り込まれると脆い。
最初に打ち倒されたのは遠距離攻撃の魔術師だった。
そのことに対応が遅れた。
前衛の防御役が慌てて大盾を構えて魔術師を食い殺すために魔術師の上に覆い被さっていた魔獣に突進していった。
その突進が首の一振りではね除けられた。魔獣は三ガルデ(メートル)ほどの高さがあり、重量も七バガス(トン)以上あるだろう。タンクの双剣騎士団の騎士エラルはレベルは32で、身長は二ガルデ(メートル)と人間の中では体格に恵まれていたが、魔獣の力には敵わなかった。骨が折れたのか苦鳴と同時にうずくまる。
だがその隙にヒルダが気持ちを立て直していた。
ヒルダは二十二歳。女性であるが双剣騎士団の団長を務めている。それは初代団長の血を引いているだけではなく、実力を伴った上での抜擢だった。
実際ヒルダは剣聖位を持っている。レベルは28.
ヒルダは腰の左側に佩いていた短めの剣を二本抜いた。
これは双剣騎士団の初代団長ガリクの得意武器だったものであり、ヒルダの得意武器でもあった。柄がやや大きめに作られており、攻防共に二本の剣を組み合わせて行うのである。
双剣は百年前の名工ダイラスがダンジョン産の複合金属版を加工したもので、「硬化」の魔術によって極めて高い切れ味を誇っていた。
ヒルダは防御は考えていなかった。
とにかく一撃を加えて魔獣を引かせる必要があったためだった。獣であれば、「手強い」と思ってくれれば、本能で距離を取って様子をうかがってくれるはずだ。
ヒルダは全身の筋肉を使って身体を駒のように回転させて双剣で連撃を放った。
厳しい訓練の成果でほぼ同じ場所に着撃する。一撃目が魔獣の剛毛を切り飛ばし、二撃目は皮膚に届いたのが手応えでわかった。
だが次の瞬間、高熱を感じながら吹き飛ばされた。全身を激しい衝撃が叩き、大広間の壁にぶつかる。
ヒルダを吹き飛ばしたのは、魔獣の二つある頭部の攻撃されていない方の頭部だった。
その頭部が魔術を放ったのだった。
魔獣と呼ばれるモンスターの一部は魔術を使用することはヒルダも知識としては理解していた。
だが、魔術を使う魔獣は竜種など超大型の災害級のものに限られると思い込んでいた。実際、ヒルダがこれまで遭遇してきた魔術を使う魔獣は竜種に限られていた。
喰らった魔術はおそらくはファイアブレス。
高温を纏った衝撃波のようなものだった。
肌が一瞬で煮えたぎり、気泡を生じさせて弾けた。
ヒルダは凄まじい痛みを無視して体勢を立て直し、同時に左に跳んだ。
魔獣が襲いかかってくる可能性を考えたからであったが、目の前の魔獣は想像以上に狡猾だった。
ヒルダが面倒な獲物だと認識した魔獣は、ヒルダ以外を先に仕留めようと動いたのだ。
ひと噛みで何でも屋のフォーシスがやられた。フォーシスはレベル34だった。
レベル32のタンクとアタッカーの双方をこなすハイダルが右腕の一撃で打ち倒された。タンクのエラルはまだ動けない。
抵抗がなくなったと考えたらしい魔獣は、最初に狙ったパーティの魔術師ーーこのパーティのヒルダ以外の唯一の女性マイア(レベル24)に向けて大きく口を開けた。
口の間から滝のようによだれが垂れているのが見えた。
何かが切れた。
気がついたらヒルダは何も考えないまま走っていた。
マイアを救えるとも、魔獣を倒せるとも考えてなかった。
ただ本能のままに、突進していた。
魔獣とマイアの間に身体をねじ込む。このままだとヒルダも噛み殺されるだけだった。
そして、自分の身体に食い込む牙の感触を待ったが、その牙の感触が届く前に、衝撃的なことが起こった。
得体の知れない少年ーー十七歳くらいの野生児めいた格好の少年が駆け寄ってきて大型の剣の一振りで双剣騎士団の精鋭五人を圧倒した魔獣を斃したのだ。
驚くほどあっけなかった。
魔獣は首の左側から胴の右側までを切断され、即死した。
ヒルダはあっけにとられることしか出来なかった。
人間離れした凄まじい動きだった。剣がわずかなぶれもなく、剣を嗜む全てのものが夢に見る完全な軌跡で空を斬り裂いた。
そもそも魔獣の剛毛をものともせず、剣の一振りで脂肪も筋肉も骨も完全両断することなど、人間の手に可能だとは思えなかった。
ヒルダたち五人を死の淵まで追い詰めていた魔獣をあっさり斃した少年は、なんだか突然ぎこちない動きになって、心配になるくらい真っ赤になって、その上現れたときと同じように唐突に走り去ってしまった。
ヒルダは完全な剣技を見た衝撃からまだ立ち直っておらず、礼を言うことさえ出来なかった。
ヒルダは悩むまでもなく撤退を決意した。
先ほどの魔獣がこの階層に一匹しかいないボス的な存在なのか、それとも数体いるのかが不明である以上、ここにいることはかなりの確率で全滅を意味する。さらに迷えば迷うほどその確率は上がる。
フォーシスを簡易的に治療を施し、動けないメンバーを動けるメンバーが担いで、ヒルダは封印のダンジョンから脱出した。
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